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 イントロが流れ始める。

 それは僕らのはじまりの歌、律のデビュー曲。



 (この世界は眩しくて、息もできない)


 緊張でマイクを持つ手が震えている。

 もう決勝なのにまるで初めてステージに立つみたい。全く慣れそうにない。


 決勝だからだろう、準決勝までとは違う豪華に組まれたセット。

 照明が眩しくて、審査員席も客席もよく見えない。



 (律のために、律に向けて歌おう)

 

 近づきたいのに、近づきたくない。

 その瞳に映りたくはないけれど、大好きだってことは伝えたい。

 矛盾している、そんな気持ち。


 だけど、今までもこれからも、たくさんのありがとうを送りたい。何もできない僕だけど、ずっと貴方のことを応援してる。

 

 もしも律にこの声が届くならば、想いが伝わりますように。

 そんな願いを込めて、僕は大事に大事に彼のデビュー曲を歌い上げた。


 一呼吸置いて、一斉に立ち上がった客席からは割れんばかりの拍手と歓声が送られる。


 こんな風に鳴り止まない賛辞をもらうのは生まれて初めてだ。これから先、こんな景色は見られない。少しだけ緊張がとけてきて、僕はその光景を目に焼き付けようと客席をゆっくりと見回した。


 反応を見る限り、お客さんには好評のようで少し安心した。じゃあ審査員は……と横を見る。


 ヒット曲を連発する音楽プロデューサー、芸能プロダクションの敏腕スカウトマン、名だたる賞を総なめした映画監督、バラエティで見ない日はない事務所経営も行っている大物芸人。

 

 準決勝までと変わらない面々は、事前に聞いていた通り。



 「……ッ!」



 それなのに、どうして。

 どうして貴方がここに……。


 審査員席の真ん中に堂々と座り、柔和な笑みを浮かべて拍手を贈る人を見つけて息を飲んだ。

 


 (…………りつ)


 会いたいのに、会いたくなかった。

 僕の神さまが目の前にいる。


 そう理解した途端、自分で気づかないうちに一筋の涙が流れ落ちた。それを確認した律は驚いて、目を丸くした気がした。

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