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頭を抱え込んでいる間に、気がつけば最後のひとりになっていた。
(よりによってトリだなんて……)
誰が順番を決めたのかは分からないけれど、今は目に映る全てのものが憎たらしい。くじ運の悪さをこんなところでも発揮しているのだろうか。
トリなんて、そんな大役を担えるような才能を持っていない。審査員の方からは準決勝のときにお褒めの言葉をかけられたけれど、あれはお世辞みたいなものだ。
僕は何も持っていないのに。自慢できるものなんてひとつもない。
ずーんと重たいものが心臓に伸し掛る。
「……らさん」
「…………」
「吉良さん?」
肩を叩かれてハッと顔を上げれば、出番が近づいた僕を呼びに来たADが目の前に立っていた。
ついてくるように言われて、極力周囲に目を配ることをせず、ただ前を歩くADの背中を見つめて歩いていた。今、他の情報を頭に入れたらパニックになりそうだから。
ADが歩きながら収録の流れを説明してくれる。
インタビュー映像が流れ終わって指示が出たら、ステージの立ち位置に立つこと。そこからは君だけのステージだから、後悔しないよう、全てを出し切ること。予選と違って、歌い終わったらインタビューがあるからそのまま司会者の言葉を待つこと。
緊張をほぐそうと優しく話してくれるけれど、僕の脳内はそれどころじゃなかった。
昔から何の取り柄もなかった。
良くて予選通過が当たり前。決勝なんて初めてだ。しかもこんな大舞台。
緊張しない方がおかしい。
いつの間にかスタジオの入口に到着していて、ADは「頑張って」と柔らかい微笑みを投げかけてくれる。それにぎこちなく頷いて、僕はスタジオに組まれたセットに上がるタイミングを伺った。
スタジオでは、場を盛り上げるために、紹介用VTRを兼ねたインタビュー映像が流れている。
準決勝が終わってから撮影したけど、一気に緊張がとけてふわふわしながら答えたせいで何を言ったのか、今となっては記憶にない。
「吉良くんは東雲律さんの大ファンだと聞いてます。これまで歌ってきた曲は全て東雲さんの曲ですが、決勝でも期待していいんでしょうか?」
「はい」
「おお、それは楽しみです。吉良くんにとって、東雲さんはどんな存在なんですか?」
「僕にとって…………神さま、みたいな存在です」
「はは、熱狂的ですね。さて、それでは最後の質問です。このオーディションに勝ったら、貴方は何を望みますか?」
なんて退屈で面白味に欠けたインタビューなんだ。動画の中でコメディアンが軽快に話を振ってくれているのに、コミュ障が滲み出ていて、いたたまれない。
そんな自分の声を聞きながら、羞恥に耳を赤くした僕はセットの入口に立った。
「…………律と、一緒に歌いたい」
暫くの沈黙の後に出した答えが、静まり返ったスタジオに響き渡る。
それは、僕の唯一の夢。
誰にも話したことはなかった。
ずっと秘密にして、墓場まで持っていくつもりだった。だけど、緊張のあまり無意識のうちにぽろりと溢れてしまった。
どうか律に届きませんように。
ただのオタクが一緒に歌いたいだなんて、烏滸がましいにも程がある。
全世界に発信されてしまったことを後悔する暇もなく、スタッフさんに指示されて、僕は立ち位置に足を進めた。
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