はじまりの歌

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 ジャパン・タレント・オーディション、略してJTO。これまでに四回行われてきた、テレビ局が手掛ける人気のオーディション特番だ。

 

 五度目の開催となる今回もこれまでと同様に、まずはビデオ審査の予選で篩にかけられる。そして、参加者が決勝に駒を進められるかは、観覧者の投票と審査員の判断で決められる。


 初代チャンピオンの歌姫はアジアツアーを行うほど国内外問わず有名だし、前回王者のバンドは若者に大人気で、今クール視聴率ナンバーワンのドラマの主題歌を担当している。

 

 優勝すれば明るい未来が待っている、そんな夢のあるオーディションだ。


 今年は例年通りのオーディションが開催された後、年末にはこれまでの参加者の中から視聴者投票と審査員推薦で決まった人のみで行われるファイナルがあるらしい。


 そのファイナルに出場するには、今回のオーディションで結果を出すしかない。芸能界への野望を持った参加者は、最後のチャンスと言わんばかりに熱量が凄まじく、パフォーマンスはレベルの高いものばかりだった。


 そうとも知らず、軽率にオーディションの参加を決めてしまった僕はテレビ局の控え室で、ひとり震えていた。

 

 僕以外の全員が夢を叶えに来ているのに、僕だけが大した熱量もないまま、ちっぽけな興味で参加を決めてしまった。


 場違いだ。

 消えていなくなりたい。

 疎外感とプレッシャーに押し潰されそう。


 まさか僕なんかが決勝に進むなんて、ちっとも予想していなかった。こんなはずじゃなかった。予選にだけ参加してすぐに帰る予定だった。


 テレビの撮影はこんな風に行われてるんだなぁって、ちょっと見学できたらいいなぐらいの気持ちだったのに。


 だけど今更辞退するなんて、大迷惑なことをするわけにはいかなかった。通過できなかった参加者にも、僕に投票してくれたひとにも合わせる顔がない。



 次が最後だし頑張ろう。

 そう思うけれど、なかなか震えは止まらない。

 

 チワワ状態になっているのは僕だけで、他の参加者たちは決勝に向けてヘアメイクを整えたり、発声練習を行っている。


 みんな、優勝を掴み取ろうと本気だ。

 それだけの思いをかける場所、芸能界。

 

 嗚呼、律はこんな世界にいるんだ。

 十代の頃から、たった一人でトップに君臨し続けてきた。

 

 どれほどの重圧を抱えてきたのだろう。

 何度、心が折れそうになったのだろう。

 僕には到底知り得ない程、多くの困難があっただろう。


 だけど、律はそんな苦労を見せることなく、スーパーアイドルとして存在し続けている。

 

 それがどんなに凄いことなのか、この世界の入口に立って、僕はやっと理解した気がする。


 僕には似合わない世界。

 ……興味本位で参加するべきじゃなかった。

 

 何の覚悟もないまま、オーディションの参加を決めたことを後悔している。律の世界を覗いてみたい、そんな理由で参加を決めるべきではなかった。


 控え室から一人、またひとりと参加者たちが減っていく。僕は青ざめながら、後悔と緊張のダブルパンチに吐きそうになっていた。

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