第二章-Knight of Awakening

第21話【死に進み】

「…………っ!」


目が覚めた。そこは闇の中などではなかった。むしろ明るい、太陽の下。


(草………?)


地面は草原。あまりにも不自然だ。先刻までいたショッピングモールに芝生などなかった。

あの穴の向こう側なのだろうか。そう思い周囲を見渡すが、黒い穴はなかった。


(ここはどこだ?)


まずはそこからだ。それを解決できなければ帰る手段など思いつくはずもない。

しかしどう考えてもおかしい。目の前に広がる自然は福岡の中心である中央区や博多区には存在し得ないものだ。そしてあまりに広すぎる。

ふと思い出した。


(あの穴の中で、誰かと話したような気がする‥‥けど、よく覚えてない…………)


ただ、この言葉だけは頭に焼き付いている。

〝タイムスキップ〟。それが何かは分からない。この場所も分からない。


「手詰まりじゃねぇか…………」


(どうする…………近くを歩き回ってみるか? 危険がないとは言い切れない状況で…………)


「…………進まなくちゃ」


―――これが駄目だった。俺は今、盗賊に捕まっています。

森の中に入った瞬間、数の暴力で押さえつけられた。


「おいお~い、お前、金持ってそうだなぁ…………寄こせ」


頭領だと思われる大男が歪な笑みで見つめてくる。気持ち悪い。

奴らの手にはボロボロの鉄武器が。おいおい、銃刀法違反どこ行った?


(まさかとは思うが‥‥俺、異世界転移した?)


それならこの状況にもまだ納得がいく。海外に転移したと言われてもここまで科学力のないと説得力が無い。ただ、そもそも異なる世界と言うならまだ信じられる。


「だから、金持ってないって…………」


弱々しく言葉を発した。こいつらに殴られた傷はほぼ完治しているのだが、演技で油断を誘う。


(ゲームやなろう系と同じに考えるな‥‥やるなら首、顎、目、股間‥‥チャンスを待って、速攻で制圧する‥‥!)


「そんな怖い目で見んなって、おい。‥‥こいつにある権能、恩恵を探ってくれ」


「はーい!」


頭領の声掛けで出てきたのは白い髪に紫の目の少女。十六歳ぐらいか‥‥。


(幼く見える仕草…………こんな子供まで‥‥)


「ごめんね~、ちょぉーっとくすぐったいけど我慢してね」


少女に背中を出された。縛られているこの状況を含めて屈辱だ。


「しつれいしまーす」


笑いながら背中に触れる。冷たく柔らかい指が肌を滑る。


「…………っ」


(こいつ‥‥何やってんだ…………⁉)


一瞬変態的思考者かと思ったが、さっき頭領が言った「恩恵」とか「権能」に関係しているのだろうか。そうでなかったらコイツマジでブン殴る。関係していてもブン殴る。精神年齢無視。


「うーん‥‥あ、【剣士の加護】持ってるよこの人」


「ほぉ…【騎士】が持つ加護かぁ‥‥怪しいなぁ…………」


(騎士? 剣士? 何を言っているんだコイツらは…………!)


「俺は、騎士なんかじゃねぇよ…………」


「どうかなー、囮じゃないの?」


「こんな間抜けな【騎士】いるかよ」


「確かになぁ!」


イラァ…………


だが、今だ。この油断の一瞬。ここしかない。


(【全力】を引き出す!)


ブチリ。スイッチが切り替わる。意識が変化し、肉体が暴れる。


「やるぜ」


「は?」


腕に巻きつけられていた縄を引きちぎり、低い体勢で取り巻きの顎をブン殴った。


「縄を力でやりやがった⁉」


「やっぱり【騎士】なんじゃ…………」


「オレは音花新、白雪六花の騎士(ナイト)だ」


「そうかい、自己紹介どうも。じゃあ死ね」


合図で待機していた盗賊が襲い掛かってくる。人数は多い。だがサッカーと同じだ。


「一人で十人を相手にしなけりゃ、指揮官は務まらねぇよ」


【パーシヴァル】の本領発揮だ。視界内にいる敵の視線、武器、距離、体格、呼吸を把握。

視覚外の敵も音と気配で把握。空間把握能力はサッカーの必要スキル。


「見えたぜ」


ルートは確定した。剣の側面を蹴ることで破壊。斧を振る腕を破壊。足を破壊。顎を破壊。

そうやって数人を戦闘不能にした。ただ、あの頭領と少女はどうするか。


――――ザッ、ザザザザッ!


「…………は?」


思考に集中したその一瞬、何かがオレの身体を貫通した。剣ではない。


〝氷〟だ。氷塊。何故こんな場所に氷が。いや、それ以前に今、後ろから刺さった。

背後にいたのはあの少女。だが、彼女の手には氷は握られていなかった。


「な、んだ…………ごほっ…………っ」


「ざんねん。きみとは仲良くできると思ったのになぁー………じゃあね、誰かの騎士様♪」


(…………死ぬ? あの穴から生き残ったのに?)


その直後に盗賊に殺されて終わりだって? ふざけるな。

俺は、死ねない。死にたくない。


「死にたく、な‥‥」

「バイバイ♪」


少女から突きつけられる死の宣告。それが脳に届く前に俺は死んだ。


「ねー、レングリッド。この騎士様、貰ってもいい?」


「構わんが‥‥何する気だ?」


「私の騎士になってもらうの!」


「騎士ぃ?」


「そ。死んだ骸騎士(むくろきし)になって、私を守るの」


「えげつねー‥‥というかお前、護衛欲しかったのか、それなら部下まわすってのに」


「いいや。この子がいい」


「なら自分で頑張れよ? お前以外【魔法使い】はいねーんだからな、【リーリル】」


「うん!」


――死んだのか、俺。まさか同い年くらいの女の子に殺されるとは。…………いや、まだだ。

―――まだ終わってない。


俺の魂は、少しだけ先の未来に飛んだ。死んだ一分後。


「…………よう」


「えっ?」


「なんじゃと⁉」


その【無傷の身体】で、限界を超えた大声を出した。


「盗賊だぁあああああ! 誰か助けてぇえええええええ!」


「無駄だ! こんな場所に来る衛兵や騎士なんて―――――」


「助けを呼んだのは誰かな」


「…………お前は…………【剣聖】………アルタイル⁉」


「助けに来たよ、君を」


「…………マジか」

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