わたしの話
わたしは、どこにでもある平凡な家庭に生まれた。
小学6年生になった今まで、普通に暮らしてきた。
ちょっと変わっていることと言えば、わたしの家の近くにある神社に、ほぼ毎日行っていることだ。
その習慣は、わたしが随分と小さい頃から出来た。
7歳になった時、お父さんお母さんと一緒に家の近くの神社に行った。いつも通うことになった、わたしを江戸時代に送ったあの神社のことだ。
その日、わたしは七五三で、着物を着ていた。
神社に行って、小さな祠の前で手を合わせた。
何事もなく終わったのだけれど、わたしは随分とはしゃいでいた。
まぁ、当然だ。
7歳の子どもが、なんだかよくわからないけれどお祝いと言われ、美味しい物も食べさせてもらって、好きな物も買ってもらう約束をして、はしゃぐなというのは無理だ。
パパ、ママ、こっちだよー!
そんなことを言いながら、着物でパタパタ動くわたしを、お父さんもお母さんも微笑ましく、だけどハラハラしながら追いかけてきていた。
普段とは違う格好で、慣れていない幼い子だ。
本当なら、止めるべきだったのだ。
わたしは駆け足のまま、神社の階段に向かってしまった。
階段を降りる時、わたしは着物に足を引っ掛けた。
世界が、グラリと揺れた。
どこまでも広がりそうな青空を見ていたかと思ったら、急激に視界は下へと向かい、硬い石で作られた階段した見えなくなった。
あっ、わたし、顔打つ。
頭も打つ。
身体中打つ。
全部が、ゆっくりと見え、感じ始めた。
このままわたしは、階段に身体を叩きつけて、多分、動けないほどに大怪我をする。
そう思っていた。
けれど、不思議なことが起こった。
なにが起きたのかは、自分でもよくわからない。
お父さんとお母さんが言うには、階段で突然こけてしまったわたしが、不自然と、誰かに投げられたかのように上手に回転して階段下まで落ちて行き、さらに着物の袖が階段下の手すりの突起部分に上手く引っかかって、奇跡的な体勢でふわり、ピタリと着地した、らしい。
着地した後は、驚きもあるけれど、なぜかはだけた着物が上手く絡まって、わたし自身は身動きが取れなかった。
お父さんとお母さんがすぐに駆け寄って、動けないわたしを助けてくれた。
その後、めちゃくちゃ怒られた。
怒られた後で、めちゃくちゃ泣かれた。
お父さんとお母さんは、わたしに怪我がないかを何度も何度も確認して、その後神社に向かって何度も何度もお辞儀していた。
その事があってから、お父さんとお母さんがお仕事お休みの時は、たまに神社にお礼に行くようになった。
でも、この頃はまだたまに行くくらいだった。
今度は、9歳の時だ。
風がそれなりに強い日だった。
場合によっては、電気が止まることだってあり得るかもしれないとテレビのニュースが言っていた。昼間はまだ大丈夫だろうが、夜はわからない、と。
夜に停電が起きてしまったらすごく困る。
仕方なく、お父さんが近くのコンビニに、懐中電灯に使う電池や、ロウソクなどを買いに行くことになった。
わたしも暇だからそれについて行くことにした。
家から一番近いコンビニは、ちょっと歩くけれど住宅街ど真ん中にあり、車で行くよりかは歩いて行った方が楽だ。
お父さんとわたしは、ちょっと散歩がてら、ふたりで歩いてコンビニに向かった。
コンビニで買い物をして、帰り道に通るあの神社に寄ることにした。
停電起きてもいいけど、無事に今日を終えられますように、ってお願い事するんだってお父さんは言ってた。
お父さんは熱心にお願い事してたけど、わたしは神様が大変そうだなって遠慮して、あいさつだけしておいた。
お参りも終わって、家に帰ろうとする。風はどんどん強くなってきていた。
神社の階段を降りる時、あの時は驚いたなんてお父さんが言う。
わたしのことをちょっと気遣いながら。
あれ以来、階段を降りる時はお父さんもお母さんもすごく警戒してくる。
もう大丈夫だよ!なんて言いながら、わたしも気を付けて階段を降りた。
降りきって、さあ帰ろうかと歩き出した時だった。
強い風に混じって、雨も降り始めた。
しかも、結構な大雨。
これはマズイとお父さんもわたしも二人して家に走った。
家が見えて、家の外にはお母さんが傘を差して立っていた。
横降りのせいで、傘の意味なんてほどんどなかっただろうに、それでも外に出てきてくれていたのは、わたしとお父さんを心配してのことだろう。
おーい!
お父さんが大きな声を出した。
気付いたお母さんが、びしょ濡れで走ってくるわたしとお父さんを見て、呆れたように笑ったのを覚えている。
そして、その顔が突然凍りついたように固まって、
危ない!!!
と、お母さんが聞いたことのないほどの大きな声を出していたのを、よく覚えている。
お母さんの声に、お父さんもわたしも振り返った。
ガンガンと地面に、壁にぶつかりながら、それなりに大きな木の板が飛んできていた。
どこかの看板のものなのか、それとも何かの一部なのか、強い雨と風に剥がされて、吹き飛ばされてきたようだ。
突然のことで、わたしは動けなかった。
お父さんも一瞬、身が固まった。
だけどすぐに、お父さんがわたしを抱きしめた。
板は迫ってくる。
わたしたちにぶつかる、きっと、ただじゃすまない。
少なくともお父さんは、かなり痛い思いをするだろう。
でもどうしようも出来なくて、ギュッと目を閉じた。
お父さんに強く抱きしめられて、わたしも強く抱きしめ返した。
キンッ!
なにかの音がした。
衝撃は無い。
わたしは、恐る恐る目を開ける。
お父さんも無事で、なにかに驚いている表情をしていた。
わたしが後ろを振り返ると、綺麗に割れた板がテンテンと転がり飛んでいる様子が見れた。
それに気を付けつつ、お母さんが傘を放って駆け寄ってきて、わたしとお父さんを抱きしめた。
良かった、良かった、神様がきっと守ってくれたんだよ。
ずぶ濡れになりながら、お母さんは言った。
わたしは目をつぶっていたし、お父さんはわたしを抱きしめて板から背中を向けていたので、実際なにが起きたのかわからない。
少し遠くから見ていたお母さんが言うには、わたしとお父さんに板がぶつかりそうになった瞬間、板が突然割れたらしい。
それはとても綺麗に、鮮やかに、真っ二つになったそうだ。
それからというもの、わたしはお賽銭をするわけでもなく、お願い事をするわけでもなく、ほぼ毎日神社に行くようになった。
お父さんもお母さんも、神様に感謝しないとね、と言っていたし、わたしも助けてもらったお礼を言いたい。
小学校からの帰り道、必ずこの神社を通る。
9歳からだから、3年間。
3年間は、ほぼ毎日神社に通った。
わたしは、平凡な家庭に生まれたし、平凡な生き方をしてきた。
わたしの変わっている習慣や、変わっていた出来事といえばそれくらいだ。
それ以外は、わたしの人生、どれも普通だった。
というより、強く普通を意識した。
9歳の頃から、わたしがほぼ毎日のように神社に行くことに、同級生は不思議がって好き勝手言ってきた。
わからなくもない。
普通に帰る時でも、家に帰らずそのまま遊びに行った時でも、遠足でクタクタになった日でも、わたしは神社に足を向ける。
気味悪がられるのもうなずける。
それでも、わたしは神社に行くことをやめなかった。
自分の命が救われた、ということもあるのだけれど、実際のところ、理由はなかった。
ただ、なんとなく。
なんとなく、わたしは毎日でもあの場所に行きたくなるのだ。
例え、学校のみんなから不思議がられて、イヤなことを言われ始めても。
行くのをやめられないのであれば、周りを変えるしかない。
わたしは、神社に行く以外は変なところなんてないように、そして目立つことのないようにした。
人付き合いは良すぎることもなく、悪すぎることもなく。
笑ってお話しして、イヤなことは角の立たないように気を付けながらもイヤだと言って、悪口とかは絶対言わない。
特定の誰かやグループに入っているわけではないけれど、その代わり誰とでも気兼ねなく話せた。
だからまぁ、親友とかいなかった。
好きな人とかも出来なかった。
深く関わることがなかったから。
でも、わたしはそれでよかった。
すごくかっこいい子を好きになっても、なんかイケイケの女の子に絡まれて大変そうな女の子とかよく見るし。
仲良さそうに話していたかと思ったら、数日後にはまったくしゃべらなくなっている友達同士とかよく見るし。
そんなことになったら困る。
勉強でも、運動でも、他のことでもそうだ。
満点を取るためにすごく勉強することはなかった。
拍手をもらえるくらいにキラキラなダンスを練習することもなかった。
歌でも絵でもゲームでも、全部ほどほどに出来るくらい。
ほどほどに出来るくらいを目指していた。
神社に毎日行くちょっと変わった子だけど、目立つこともない普通の子がわたしだ。
たまにすごく運が良いだけの女の子が、わたし、平盛縁だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます