異変の起こり

 ひとまず、わたしはエニシの客人として迎えられることになった。

 エニシの家はかなり大きなお屋敷だった。

 お侍さんの家系だそうだ。

 エニシって子どもじゃん、客人だのなんだのとか言っても無理じゃない?と言ってみたところ

「おれは数え年で十四だ。元服前の跡取りだぞ。研鑽も積み、若頭として発言力も認められている。客人を招く事くらい許してくれよう。まぁ、異国の、ということにするので怪しまれはするだろうがな」

と答えた。

 もっと簡単に言って、と返したら面倒くさそうな顔をしていた。

 まとめると、エニシは今13歳。お家内の立場は相当高い方らしい。来年には成人として見られて、なんだか大変とのこと。

 昔の時代って、大人になるの早いんだね。

 それに加えて、エニシはすっごく強いらしい。

 なんか……すっごいらしい。

 他の大人たちからの評価がとても良い。

 なので、結構無茶を言っても許されちゃうのだとか。

 わたしの服装や持ち物から、外国の人のお客さんで無理やり通すって言ってた。

 すごいなエニシ。

「エニシは強いんだね」

「ああ、強い。だが、おれの評価はそれだけではない。今や徳川公の時代だ。戦国の世は終わりを迎えたか、それともナリを潜めたか……ともかく、多人数を相手取り、命を奪いに向かう軍の戦から、己の命を守る局所的な護身への剣に目を向けられつつある。おれは、そこに先駆け重きを置き、新たな剣術の発案、指南の模索に尽力している。その点が大きいだろう」

「……むぉ」

「……おれはすごいヤツだと知っておけ」

 難しく喋ろうとするの、わざとじゃないだろうねエニシくん!

 はたして、こんな夜更けに突然現れたわたしだったが、めちゃくちゃ怪しまれながらもなんとかお屋敷に泊めてもらった。


 ○


 夜が明け、早朝。本当に早い。数時間しか寝てないと思う。

「ヨル、出るぞ」

「わかった。それまでなにするの?」

「何を寝ぼけている。自分の名前だろうが」

 エニシはそう言うと、そのまま部屋を出て行った。

 慌てて追いかける。

 エニシは、部屋のすぐ外で待っていた。

 すぐそこにいるとは思っていなかったわたしと、外に出る準備とかでまだもうすこし時間がかかるだろうと思っていたエニシ。

 お互い身体をびくつかせて驚いた。

「びっくりした」

「おれの科白だ」

「かしろ?ってなに?」

「……おれの方がそう言いたい、ということだ」

「おれのセリフってこと?エニシはわかりにくいなぁ」

「時代が違えば、同じ言語でも随分変わるな。で、着替えなくても良いのか」

「あー、なるほど。わたし、着替え持ってきてないもん」

 わたしがそう言うと、エニシはわたしの姿を上から下まで確認した後、ふむ、と頷いた。

「わざわざ今日は小袖に変える必要も無い、か?隠密というわけでもないし、ヨルが良いならそうしよう」

 小袖ってなに、と思ったけど聞かないでいた。多分、着物のことだろうと思う。

「これから町に行くぞ」

「合点承知でありんす」

「無理に馴染もうとしなくていい」

 エニシは、スタスタと前を歩いていく。

 わたしもそれに続く。

「今、町では区画ごとに実力者を決めて守っている。おれの担当もある。昨夜、怪異の報告があった。その収集をする。ヨルにも関係があるかもしれん」

「おぉー、探偵っぽいね」

「ヨルの時代ではそう言うのか」

「警察の方が合ってるかも」

「よくわからぬな……」

 おぉ、この時代、警察もないのか。

 似たようなのはあるんだろうけど。

 タイムスリップって、結構大変なんだなぁ。


 ○


 江戸の町、それは現代に比べるとかなり……ワイルドだ。

 隙間のある木製の家が多いし、砂埃もよく舞っている。

 あと、人が結構せかせか動いている。

 でも道端で眠っているのか、全く動かない人もいる。

 なんか、なんでも大変そうだ。

 町を歩くことかなり。本当、結構歩いた。

 エニシからはすぐ近くと聞いていたけれど、わたしからすれば別に近くはない距離だ。

 自転車とか、ないよねぇそりゃ。

「怪異を見たと報告したのは、あそこなのだが、なんだあれは」

 エニシの視線の先を追う。

 そこには、八百屋があった。さらにその近く、人が集まっている。かなりの人数だ。

 そしてどうも、喧嘩するような大きな声が聞こえてきていた。

 わたしとエニシは、早足でそこに向かった。

「どうした」

「あ、これはまた、縁様」

 エニシに気付くと、集まっていた人は皆頭を下げようとする。

 エニシ、本当にすごいんだ。

「構わない。楽にしてくれ。それより何があった」

「聞いてくださいよ!いつも仲の良い八百屋の夫婦が、今日はどえらい喧嘩をしているんです!」

「……本当か?いつもお互い、支え合い庇い合いしていただろう」

「へぇ、そりゃあもう、おしどり夫婦と言やぁあのふたりですから。そんなふたりが掴み合いに発展しそうになってたもんで」

 エニシが顔を向けると、流石に喧嘩は止まった。

 先程まで怒鳴り声を上げていたふたりは鼻息荒く、なんとか怒りを抑えているという顔だ。

 これはただごとではないぞ、とわたしは思った。

 しかし、もっともっと驚く事実がそこにはあった。

「しかも驚く事は、喧嘩の内容でさぁ、縁様。あのふたり、どうやら今日の献立程度で揉めとったんです。信じられませんよ。まるで、喧嘩の内容なんかどうでもよくて、ただお互いに感情をぶつけ合っていたかのようでした」

 まさかその程度のことだったとは。それで掴み合いの喧嘩にまで発展したなんてびっくりだ。

 エニシは、うぅむと唸った後、ひとまず指示を出した。

「皆はもう、戻れ。夫婦からはおれが話を聞こう。丁度聞きたい事もあった。それから、今度は喧嘩があったらおれにいち早く知らせるようにしてくれ」

 縁の指示が終わると、縁様に任せよう、と周りの人は散っていく。誰もなにも文句を言わず、大人しく従うようだ。

 わたしと歳、そんな変わらないよね?

 やるなエニシ。

「ヨル、これから話をする二人は、昨日怪異を見たという二人だ。今日のような事は一度も無かったし、喧嘩など未だに信じられん。二人を知るおれからすれば、明らかな異変だ。話を一緒に聞いて、何か思うところがあれば言ってくれ」

 真面目な顔をするエニシに、わたしは深くうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る