男の子との出会い

「わぁ!」

 目が覚めて、わたしはガバッと飛び起きた。

 いつの間にか、気を失っていたみたいだ。

 目を覚ました場所は、先程の神社……ではなく、どこかの倉の中のようだった。

 壁も置いているものも、随分と古臭くて、ほこりのにおいがちょっと強い。

 え、もしかしてわたし、誘拐でもされた?

 そのわりには、手を縛られたりとかされていない。

 立ち上がって身体を動かす。

 うん、痛いところもない。

 キョロキョロとまわりを見渡す。

 倉の中には、木の箱や、なかなか実物を見ることはない米俵などが置かれていた。

 不思議に思いながらもそのまま歩き、出口のドアに向かう。

 ドアを開けると、冷たい風が倉の中に一気に吹き込んだ。

 空は暗くなっていた。

 星がとても綺麗に見える。

 東京でこんな星空、なかなか見ることがない。

 どうやら、夜になるまで気を失っていたみたいだ。

 倉からすぐ近くには、屋敷が見えた。

 周りは、ぐるりとわたしの背より高い壁が囲っている。

 随分と雰囲気のある場所だ。

 古めかしい、というか、わたしの家の近くではまず見ることのない景色。

 昔、遠足でお殿様が建てたとかいうお城に行ったことを思い出した。

 雰囲気は似ている。さすがにそこまでは大きくないけれども。

 それから、頭によぎる、意識を失う前の言葉。

 江戸時代。

「えっ?ここ今、江戸時代?」

 驚きすぎてつい口に出してしまった。

 嘘でしょ、わたし、本当に江戸時代に来たの!?

「誰だ」

 おたおたして頭を抱えていると、突然声をかけられた。

 声の方に顔を向ける。

 そこには、濃い紺色の着物に黒の袴、腰に刀を携えた男の子が立っていた。

 黒い髪は後ろで結われ、風になびいている。

 堂々として、凛とした声は静かな夜に良く通る。

 同い年くらいだろうか。

 だけど、わたしよりもはるかに大人びていた。

「盗人か」

 短く言って、男の子は刀に手を添える。

 嘘でしょこの子、やばいでしょ!

 盗人認定したら即斬るっての!?

「待って待って!わたしだってなにがなんだかわからないの!事情説明しますから!」

 男の子は刀に手を添えたまま、睨みつけるのをやめない。

 怖すぎ!

 詳しい事情も説明せずに、勝手に送り飛ばしてサポートなしとかやめてよねあの犬ー!


 ○


「嘘だとしても、もう少しまともな言い分があるだろう」

「嘘じゃないから、もう少しまともな言い分が出来ないんだけど」

 男の子はため息をついてわたしを見る。

 わたしもため息をついて男の子を見た。

「……奇怪な衣類以外に証拠はあるか」

 男の子が、まだまだ信じられないと視線をよこす。

 奇怪な衣類って酷くない?そんなに変なファッションはしてないと思うんだけど。結構かわいく気を付けてるよ?

 あ、江戸時代だからか。

「うーん、じゃあこういうのは?」

 わたしは、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 良かった。

 電波は通ってないけれど、電源は残ってる。

 そのまま画面を操作して、スマホからライトを点けた。

 その瞬間、男の子は刀に手を添えて後ろに一気に跳んだ。

 地面が爆発したくらいの勢いで跳んでたよこの子。砂煙が一気に立ち込めてる。

 すごい、一足であんなに離れられるものなんだ。

「面妖な!貴様、怪異のモノか!」

「あんたが、証拠はあるかって聞いたんでしょうが!」

 信じられないものを見たという感じで、鼻息荒く警戒している男の子。

 流石は江戸時代、電気なんてないもんね。

 というか、わたしにしてはめずらしく大きな声が出たな。

 この子相手だと気兼ねなくいけるというかなんというか。

 とりあえず、落ち着くのだわたし。

「あとは、ボールペンとメモくらいはあるよ。コレ、モジ、カケル」

「なんだ貴様、本当に怪異のような話し方をしおって」

 警戒は全然解いてくれないけれど、男の子はジリジリと近付いてきた。でも、刀からは手を離さない。それ怖いからやめてほしい。

 見たことのない物ではあるけれど、やっぱり気になってしまって見てみたい欲が抑えられていない感じ。

 わたしが本当に、怪異?それって妖怪?だとしたらどうするんだ少年。

 わたしは目の前でサラサラとメモ帳に文字を書いた。

『わたし、未来人』

「馬鹿か貴様は」

「じゃあ何書けば良かったのよ……」

 お互いにジトーッと見ること少し。

 男の子は、ふぅと息をついてやっと刀から手を離した。

「未来人、まぁ、そういうこともあるのかもな」

 おや、認めてしまうのかい。

 案外あっさりと許してくれるんだなぁ。

「わたしとしてはありがたいけど、良いのそれで?」

「警戒をやめたわけではない。だが、昨今の事を考えれば否定もしきれない」

「どういうこと?」

 わたし以外にも、未来人とやらが来ていたりするの?

 江戸時代すごくない?

「貴様の考えていることとは違うぞ。最近、ここいらでは妖怪が多く出てきている。不可思議な事が頻発しているのだ。なれば、貴様だけ有り得んと断ずる事も出来ん」

「いちいち難しく言わなくても」

「……貴様の他にも変な事がたくさん起きているから、未来人とやらもいるのだろうなという話だ」

 へぇー。

 てか妖怪って本当にいるんだ。

 すごいね江戸時代。

「妖怪とか見たことない。やっぱ怖い?」

「おらんのか、未来には。まぁ、この時代でもかなり減ったらしいしな。昔はそれこそめずらしいモノではなかったそうだが。先程の眩しい奇怪な仕掛けが多くあれば、闇は減る。妖怪も住み辛く、滅されたのかもな。或いは、人が住む事の無くなった場所等にひっそりと隠れ続けているのだろう」

 あー、あり得るのかな。

 ていうかそうだね。怪談話とかって、思い出してみれば人がいないところに、とかが多い気がする。

「奇怪ってか機械だけどね。でもそうか、じゃあ、助けてあげてほしいことってのはそのことなのかな?」

「かもしれんな。貴様、まさか陰陽師か?」

「なにそれ。あと、貴様って呼ぶのやめてくれない?」

「……強気だな。陰陽師とは、天文の観測やそれらに関する事象から、知識と、占いや呪いを用いて、あらゆる予測や祈祷を行う者だ。妖怪や幽霊を追い払うこともある。して、名は何という」

「あぁ、霊媒師的なのね。全然違うよ。わたしの名前は、平盛縁(ひらもり よる)だよ。縁と書いて、ヨル」

「平氏?盛えるとはまた大層だな。そもそも、血は途絶えていなかったのか」

 男の子は、片眉を上げてこちらを見る。

 よくわからないこと言いながら、全部につっかかってくるなこの子。

「苗字の意味は知らないよ。どっちかっていうと平和の方じゃないかな」

「成程、泰平か。にしても、縁、縁か……」

「なによ」

 男の子は、何かを考え込むようにアゴを手でさすった。

 そして、これもまた奇縁か、とポツリ呟いた。

「おれの名は、縁。水野縁(みずの えにし)だ」

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