最期の救い

 とある大学の研究室。


「私に何を飲ませた?」

「飲ませた? 私は薬品を置いていただけですが、教授が砂糖と間違って勝手にコーヒーに入れたんじゃないですか?」


 美咲は目の前で苦しんで倒れる教授を見下ろし笑みを浮かべる。


「この先生も私の罠を見抜けなかったってことは間抜けだったのね」

 

 美咲は人の死に何も感じない、いわゆるサイコパスといわれる部類の人間だった。


 過去にもルームメイトを毒殺したが、警察は美咲が殺したという決定的な証拠を見つけ出せず事件は不起訴となり、有耶無耶となった。


「あの子の時もそうだったけど、今回もただの事故。人が間抜けな死に方をするのを見ると気分がいいわ! この部屋には誰も居なかった。先生は砂糖と薬品を間違ってコーヒーに入れた。つまりは誤飲という事故。頭のいい人とか言われていたけど、こんな最期で可愛そう! このニュースが報じられた時にネットでどんなことが書かれるか楽しみだわ!」


 美咲は教授の死が報じられた時にネットニュースのコメント欄に書き込まれる一部の嘲笑する書き込みを見ることに快楽を感じるのであった。


「人が死ぬ様がそんなにおもしろいですか?」


 美咲は声のする方を見ると、スーツ姿の若いサラリーマンが、教授のデスクに腰をかけて足を組みながらコーヒーを飲んでいる。


「ちょっとあんたいつからここにいたの?」

「ずっと前からですけど」


 美咲はこのサラリーマンが何者かはわからなかったが、ずっと見られていたことに焦りを覚え、研究室に置いてあった塩酸の入った瓶を投げつける。


 男は避ける動作もせず、塩酸の入った瓶は男の体をすり抜けて、後ろの壁に当たり瓶が割れる音だけがする。


「ちょっとあんた誰なの?」

「あなたのルームメイトさんが亡くなられた時に担当した死神です。彼女が最期に言っていたことを叶えてあげたくてここに来ました。あとはあなたの願いも叶えてあげたくてね……」


(私の願いも?)


「死神って会社員みたいにスーツとか着てるんだ。おもしろい」

「そうですか? 私は生きていた時、会社員だったのでこの格好をしているだけです。それよりもこのコーヒー美味しいですね。貴女もどうですか?」


 死神を名乗るスーツ姿の男はコーヒーをマグカップに注ぐと美咲に近寄り、マグカップを渡してくる。


「あら気が利くじゃない!」


(この男はこのコーヒーに薬品は入れていない、つまりこれはただのブラックコーヒー)


 美咲はスーツ姿の男がマグカップに何もしなかったことを見ていたので、安心してコーヒーを飲む。


「それにしてもみんなバカよね? こんなことにも気づかないなんて。きっと事件を見ておもしろいコメントする奴らが私を楽しませてくれるわ! そういえば、ルームメイトの子って貴方にどんな頼みをしていたの?」


 美咲はそう死神に語りかけた直後に急に喉の辺りを押さえて苦しみだす。


「そういえば、ブラックでは飲めないという方がいらっしゃるので、あらかじめマグカップにお砂糖らしきものを入れてからコーヒーを入れました。まさか、薬品だったとは……。私は死神なので大丈夫ですが、あなたは飲んじゃまずかったんじゃないですか?」


 スーツ姿の男は冷たく美咲を眺め、何事もなかったかのようにコーヒーを飲む。


「ま、まさか、あの子が貴方に復讐をお願いするとはね……」


 美咲は最期にそういうと、そのあとしばらくのたうち回った後に目を開いたまま息絶えるのであった。


「復讐? 貴女のルームメイトさんは貴女を救ってあげて欲しいと私に願いましたよ。でも、貴女が救いようのない人間だったので、こんな形でしか救ってあげる方法が見つかりませんでした。あとは貴女の願いも叶いますよ。きっと貴女の自滅という死に方を嘲笑してくれる方々もネット上に沸いてくるでしょうから……」


 死神はそう言うと、スーッと消えて、研究室には美咲に殺された教授と薬品入りのコーヒーを飲んでしまった美咲の死体だけが残るのであった。


 後日、この事件は大きく報道され、美咲が連続殺人を犯した犯人であることや、最期に教授を殺した後に自らも薬品の入ったコーヒーを誤飲して死んだということが伝えられ、ニュース記事のコメント欄には「自業自得!」とか「天罰が降った!」という美咲を非難するコメントや中には「自爆www」、「自ら撒いた罠に引っかかるとかバカ過ぎ(笑)」といった美咲が望んでいたような嘲笑するようなコメントもあり、少し歪んだ形ではあるが、美咲の願いも叶えられたのであった……。

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死神 八幡太郎 @kamakurankou1192

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