死神
八幡太郎
良い最期
とあるマンション。
50代の母親が20代の無職の息子に殺されかけいる。
「助けて! お願いやめてちょうだい……」
「うるせぇ、ババア、働け働けって、うるさいこと言いやがって!」
母親は息子に首を絞められ意識が遠のく中で息子の隣にスーツ姿の若いサラリーマンらしき男が立っているのが見えた。
次の瞬間、母親は自分が息子に首を絞められているのを真上から見ているような光景に変わり、同時に時が止まっているのに気づいた。
「これはいったい何なの?」
何が起きているのかさっぱりわからず、おろおろしていると、先ほど息子の隣に立っていたサラリーマン風の男が再び目の前に現れ話しかけてくる。
「あなた、もうすぐ亡くなりますよ。私は死神であなたを迎えにきました」
「死神? 死神って鎌を持って黒いマントを着た骸骨みたいな姿ではないの?」
母親は混乱した。一般的な死神のイメージとは全く違い、若くて都会的な雰囲気のサラリーマンが死神だと言うのだから、首を絞められ意識が薄れる中で幻覚でも見ているものかと思った。
「生きている人間がイメージする死神とはだいぶ違うと思いますが、我々死神も元は人間だったのです。僕の場合、元はサラリーマンだったみたいで、こんな姿をしていますが、閻魔大王だって元は人間だったんだし、おかしくはないでしょ?」
母親はいろいろ死神に聞きたいことはあったが、まずはこの後、どうなるのかを尋ねた。
「そうですね。この後、あなたは亡くなります。そして、49日後に私と一緒にいわゆるあの世に行き、そこで閻魔大王より行先を決められます。あなたの場合、大きな罪は犯していないですし、普通に霊界に進めると思いますが」
「そう。息子はどうなるのかしら?」
自分を殺そうとしているとはいえ、母親は息子の将来を案じた。
「あなたの息子さんも数日後に亡くなる運命です。あなたには隠していますが、彼はあなた以外にも他人を殺めていることもあるので、地獄行きでしょうけど……」
母親は死神から聞かされた事実を聞いて落胆する。
「キレやすいところはあるけど、悪い子ではないと思っていたのに……。せめて、最期くらい良い死に方をしてもらいたいものだわ……」
殺人犯とはいえ、我が子は我が子、母親は涙を流しながら、死神に語りかける。
「それがあなたの最期の願いってことでよいですか?」
「え? あ、はい。他に望むこともないですし……」
死神は願いを聞くと、再び時を動かし、母親は息子に首を絞められ息絶える。
「さて、母親の魂はあとで迎えに来るとして、あとはあのクズの最期に立ち会わなければな……」
死神はそう呟くと、その場から姿を消す。
「ちっ! ババアを殺してしまったのは軽率だったな……。それ以外の殺人もバレてしまう。警察に捕まる前にトンずらしないとな。こんな時、アニメやマンガみたいに異世界にでも転移できたらいいんだが……」
母親を殺した息子はマンションを出て、遠くの街まで逃げていた。
「さすがに捕まるのは時間の問題か……」
息子が知らない街の道路を歩いていると、目の前にスーツ姿の若い男が立っている。
「ちっ! 警察か? 逃げるしかない……」
息子が振り向いて走り出そうとするが、体は動かず、周りの時間も止まっていることに気づく。
「な、なんだ? なんで時間が止まっているんだ?」
「あなたがこれから死ぬからですよ。私は死神です。あなたを迎えに来ました」
息子は目の前の男が死神ということも周囲の時が止まっていることも理解できずに混乱していたが、死神と名乗るスーツの男が近づいてきたかと思うと息子を抱えて、横断歩道の方に連れていく。
「おい、お前、何をする気だ?」
「あの交差点にいる男の子のところに居眠り運転をしている目の前のトラックが突っ込みます。あなたは、あの子を庇って代わりにトラックに跳ねられて死ぬんです。最期くらい良い死に方しましょうよ!」
息子が交差点の方を見ると、確かに小学生の男の子が信号を渡っているところに大型のトラックが迫っているのが見える。
「おい、離せ! あんなガキ、俺はどうだっていい! こんなことすれば、お前も殺人だぞ!」
「いえ、私、死神なんで。それにあなたのお母さんの願いと、あなたの願いを叶えるのが私の役目なんで」
「母親は知らねえが、俺はお前に願い事なんて言ってねえぞ!」
息子は暴れたが、死神に担がれ交差点まで連れていかれると、トラックの前を歩いている少年の方に投げられ、息子は少年を突き飛ばしたかと思うと時間が動き出し、次の瞬間、トラックに跳ねられ死亡する。
「お前の希望どおり異世界にでも行けるといいな。まあ、鬼しかいない地獄に行くとは思うが……」
死神はそう言うと、スーッと姿を消し、少年を庇った息子の話はニュースなどで大きく報じられ、同時に親殺しの連続殺人犯であることもわかり、最期の死に方については専門家の間でも賛否両論になる奇怪な事故として語り継がれることとなるのであった。
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