第2話

 吉倉製作所の朝は、朝礼での社長の挨拶から始まる。


 別に、たいした話があるわけではない。

 今日も事故のないように気をつけて頑張ろう、みたいな意味のことを、ああだこうだと五分ぐらいかけて社長が喋るのだ。

 晴れた日はこれに続いて、ラジオ体操である。ときには、近所のおばちゃん達が飛び入りで参加する。俺はこの会社に勤めて初めて、ラジオ体操のCDというモノが売られていることを知った。


 社員は、俺を含めて全部で九人。

 かつては自動車部品の工場だったそうだが、今はオーダーメイドでドローンの部品を製造している。なにもかもが昭和レトロな雰囲気のなか、ドローンという言葉だけが妙に現代的だ。


 俺の仕事は、浩江さんの下で経理などのデスクワークだった。

 製造部門は土屋つちやさんという七十五歳を過ぎた凄腕の職人さんと、その娘さんがきっちり取り仕切っていて、手は足りているのだという。ちなみに宮下さんは、部品設計を一手に任されている。

 資格がどうこうという、あの面接はなんだったのかとは思うが、俺は工業系はまったくの素人だし、表計算ソフトくらいなら使える。どっちも初めてなら、経理や書類作成のほうがまだとっつきやすいとポジティブに考えることにした。

 コネ入社の役立たずと思われるのは悔しいから、仕事はきっちりやらないといけない。俺は簿記ぼきの入門書を買い、時間を見つけて少しずつ読んだ。自分からすすんで何かを勉強しようと思ったのは、この歳になって初めてかもしれない。


 定時に帰宅なんてことは、あんまりない。その日の作業が終わったら、終わり。逆に、早めに上がっていいぞ、なんてこともある。そして、みんなそれが普通だと思っているようだ。気が乗ったら真夜中まで試作品をテストしたりする。社長を筆頭に、そういう人達の集まりなのだった。

 一般的にはブラックと呼ばれる職場環境だろうけど、陰湿いんしつさはない。社長は声がデカくて言葉も荒いほうだが、パワハラ、セクハラのたぐいはなかった。

 押しが強く厳しい面はあるが、横暴ではない。このあたりは、近くで過ごしてみないとわかりにくいところなのだろう。共に働くようになって、俺は義父のことが少しわかり、苦手意識も少し薄れたように感じた。


 そんなこんなであっという間にひと月あまりが経ち、仕事にも慣れてきたころ、妻が実家に帰ってきた。

 妻の職場までの通勤時間は実家でもマンションでも大して変わらないので、実家のほうが気楽だという。

 そうなると、俺は妻のいないマンションへ一人で帰って寝るというのがわびしくなってくる。ついついご厚意に甘えて、吉倉家で夕食をごちそうになったり、泊まっていったりなんてことが増える。

 こうして俺たちの生活は、妻の実家のある泉沢いずみさわ町に軸足を置くようになっていった。






 町並みが古いと言ったが、古いのは見た目だけではなかった。

 隣近所の付き合いだとか、町内会のイベントだとか、そういうのがしっかりしすぎるほどに根付いている。近所のおばちゃんがラジオ体操に来る、なんていうのは典型例だ。


 そして、ひどい目にあったのが野球だった。

 毎年、近隣の三つの町内会で対抗試合をやっているというのである。

 しかも、やたらと熱のこもった一大イベントらしく、無駄にきっちりしたルールが決まっている。春から秋にかけて各町内会と三試合ずつ、合計六試合を戦い抜き、優勝を争うのだ。以前は年間十試合制だったが、さすがにお遊びが過ぎると奥様方からクレームがついて、六試合に減らしたそうである。試合後は当然のように飲み会だから、まあ、奥様方はいい顔をしないだろう。


 俺は吉倉家への出入りが増え、近所の人たちと顔なじみになったことがわざわいして、試合への出場資格ありと認められてしまったのである。

 高校まで陸上部だったし、スポーツは嫌いではない。でも、団体競技は苦手だった。みんなで頑張ろうぜ的な、不自然に連帯感を盛り上げる感じが好きになれなかったのだ。コツコツと自分なりの課題をクリアして、記録に挑戦していくのが性に合っていた。

 そういうわけで何度も辞退したのだが、義父のほうは若手の新戦力だとすっかりその気になっている。ついに断り切れず、出場するはめになった。


 夏の夕方、相手チームの投手は、三年前に甲子園出場したメンバーだそうだ。控え投手で甲子園では投げなかったらしいが、とんでもなく速い。打席に立つと、恐怖を感じるレベルである。

 なすすべもなく三打席連続で三振した後の四打席目、大差で負け確の状況。さっさと終わらせようと思っていた俺に、味方ベンチから大きな声が飛んできた。


「涼士、意地見せろ! 最後に一発かましてやれ!」


 もちろん義父だ。やれやれ、意地とか根性とか、こういう暑苦しいのが好きになれないんだよな。

 仕方がない。俺はイチかバチか、大物狙いでスイングした。

 ガキッと確かなボールの衝撃が腕に伝わり、次の瞬間、左足に激痛が走った。痛みで立っていられず、その場で尻をついてしまう。俺の打った打球が、自分の左足の甲を直撃したのだ。


 義父とチームメイトが数人、ベンチから飛び出してきた。歩けない俺は義父ともう一人の肩を借り、あえなく負傷交代となってしまったのだ。

 検査の結果、骨に異常はなかったものの、左足は腫れあがり靴も履けない。数日間、片足だけサンダル履きで通勤することになってしまった。

 骨折でないとわかった後、ケガのことよりも大敗と三振を悔しがる義父の姿が、俺にはなんだか空々そらぞらしく、遠い存在に思えた。






 野球の一件があった後、俺はある程度、妻の実家から距離を置くようにした。断絶とかじゃなく、気分を害さない程度にフェードアウトしたのだ。

 正直なところ、少し甘えすぎていた面もある。

 それ以上に、こんなふうになし崩しで馴れ合いみたいな関係になっていくことには抵抗があった。

 雇ってもらえたのは感謝しているし、仕事はしっかりやろうと思う。でも、それはそれだ。町内会だとか、ご近所付き合いだとか、そんなことにまで駆り出されては堪らない。つかず離れず、親しき仲にも礼儀あり。義父や義母とは、そういう付き合い方をしていきたいと思うようになっていた。マンションの掃除、仕事を持ち帰る、などなど、一人でマンションへ帰る理由はいくらでもある。


 暑かった九月が終わり、十月が過ぎ、秋の深まるにつれ、妻の出産が近づいてくる。予定日は年明け早々だ。

 その頃は仕事帰りに吉倉家へ立ち寄り、妻の様子を見て、少し話をしてから帰宅するのがルーティーンになっていた。


 十二月に入ってすぐのことである。

 夜になって、妻から電話があった。この時間にかかってくることは珍しい。予定日までまだ一か月もあるのに、なにかあったのかとすぐに出る。

 内容は、予想外の知らせだった。


 義父が、警察に逮捕されたというのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る