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 すると、防弾ガラスの向こう側にいる男が、

「なら講義してやろう。なんせ私は、」

「豪華王ロレンツォの生まれ変わり、だろ」

 いつの頃からか、この男をメディアで見るようになった。

 神のような審美眼だけじゃなく、四百年も前に断絶したメディチ家を勝手に再興し(傍系を辿れるだけ辿ると、血は薄くとも入っているらしい)、十五世紀にフィレンツェを生きた最も有名な支配者の生まれ変わりが自分なのだと宣っているから、ブランディングはばっちり。

 ついたあだ名はホラ吹き王だ。

『ロレンツォのアンティークショー』という自分の名前を冠したテレビ番組を持っていて、皮肉っぽい笑いを交えたトークで美術品のことを語る。

 例えば、青い小花が散った小皿を秒で鑑定し、「清朝時代の本物。十万ユーロ(約一千五百万円)ってとこかな。猫の餌入れとしては妥当」みたいに。

 高額鑑定品が出た翌日には、皆、屋根裏に探しに行ったものだ。そこからまた価値ある美術品が発見されたこともあったから、ロレンツォは、美術オークション不毛の地と言われているイタリアに一筋の光を与えたことになる。

「つまんねえ冗談」

「残念。そこまで美術品が嫌いなのか」

「嫌いだ。金持ちが好きそうなのは全部」

 その筆頭ともいえるロレンツォのことを何故、ここまで詳しく知っているのかと言うと、この男と顔を合わせるのは二度目だからだ。

 前回は十二歳のとき。調子に乗ってネットの中で暴れたら捕まった。

 容疑は、電子計算機損壊等業務妨害罪、不正アクセス、威力業務妨害。

 警察に拘束されたら、

「助けに来たよ、代理でね」

とニヤけながら現れたのがこの男だった。

 そして、即日解放。お陰様でこれまで犯罪歴は真っ白なまま。

 聞けば、唯一の身内である祖父の顧客らしいのだ。祖父はミラノの北五十キロ先にある寒村オレノ村で葡萄を栽培し美味しいワインを醸造していた。自分からすれば世界一の。だが、周りから見ればただの農夫。

 そんな男の孫のためにイタリア一の資産家が権力を使って犯罪をもみ消してやるメリットがあるとは思えない。

(こいつ、代理で助けにやって来たついでに、僕に黒い仕事をさせたいのか?それだけじゃない。今後は支配下に置いてやろうとか考えているのかも)

 選択肢の無さに拳を握りしめる。

 このままだと、今年に入ってからイタリア全土で起こっている修道士首切り事件の犯人にされてしまう可能性は限りなく高い。

 未だに本人を伴って行われない事件現場検証。

 お座なりな取り調べ。

 争点は、自分が十七歳最後の夜に犯罪を犯したのか、それとも十八歳最初の夜だったのか。

 そう。その日は誕生日で自分は事件が起こった時、家を不在にしていた。

 なのに警察は、自分が事件の最重要人物だと決めつけてくる。

「……やる」

 唇を噛み締めながら言うと、

「何をだい?」

とロレンツォがとぼける。

「だからっ、それっ!」

 ロレンツォは膝の上に移動させた茶封筒を見つめる。

「ああ。これね」

 取り出されたのは、分厚い紙の束だった。

『養子縁組解消の届出書』と書かれている。

 隅には、アンジェロ・ディ・メディチとサイン済み。

 しばし、目の前の男を見つめる。

 テレビの画面越しどころか数十センチの距離で向き合っても人間味が感じられないので、家族がいるなんてピンと来なかった。

「つまり、養子に出ていかれたと」

「まあ、そのようだ」

 ロレンツォが思慮深い探偵みたいに、組んでいた足を解き深い溜息をした。 

「息子は二週間後に開催されるピアノコンクールに出ることになっていた。将来がかかった大きなコンクールだ。この届出書を出そうと思っていても」

 彼はそこで言葉を区切り書類の束を指先で突く。

「その後に、と考えて―――」

 いちいち演技がかった男だ。

 食い気味で言い返してやった。

「のっぴきならない事情ができたんじゃねえの?」

「だから、そののっぴきならない事情とやらを調べて欲しいんだよ。ベアリング・キャット殿の腕は信用している。以前、代理の私に助け出された以降も手を休めること無く正義活動していたようだし」

「意味、わかんないね」

 冷たく言うと、ロレンツォが地獄の底に落とされても希望を失っていない男みたいに笑った。

「アメリカ軍が中東に駐留していた際、秘密基地を見つけたのは君だった。砂漠地帯にランニング記録が無数にあるのはおかしいとヘルスケアアプリから辿ってね。ってことは、ああいうのって衛星回線を使ってるのかい?あとは、アフリカの母子虐殺動画だろうか。数秒の動画に映っていた山の稜線から、虐殺が行われた位置、部族の特定までしてのけた」

 事実だが公表していない情報だった。

 称賛などいらないからだ。

「どうやって調べた?そいつにやってもらえばいい」

「君が適任だ」

(その判断基準は何なんだよ)

 内心で盛大に呆れる最中、ロレンツォがべらべらと続けた。

「私はベアリング・キャット殿の力を借りたい。あ、サライと呼ぶ方が親近感があっていいかな?」

 急に、限られた身内しか呼ばない愛称を出されて鼻白む。

 何者かに首を落とされ死んだ祖父。そして、自分が五歳のときに祖父に預けたまま帰ってこない母親。

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