脇役サライの華麗なる転身 ~とある絵描きとバスケットいっぱいの頭部について~
遊佐ミチル
1-1
面会室に足枷を引きずって入っていく。
防弾ガラスを隔てた向こう側に男が座っていた。
椅子から腰を上げ、胸に手を当てて軽く頭を下げてくる。
「やあ、ベアリング・キャット殿」
その姿が、とても嫌味だ。
(朝イチで面会人だと言われて来てみれば、こいつか)
相手の風貌は、黒に近い濃い茶色の目と髪。
顔の中心には主張の強そうな鷲っ鼻がある。なのに、不思議と整って見えるこの男の名は、ロレンツォ・ディ・メディチ。
イタリア一の資産家で、百発百中の審美眼を持つと有名な美術鑑定士だ。
鬱陶しいなと思いながら無言で立っていると男が、
「まあ、座りたまえ」
と自分の部屋かのように、席を勧めてきた。
至るところの塗装が剥げた面会室の壁をバックにしたロレンツォは、黒地に細い白のストライプの光沢感溢れるスーツ姿。細長い身体を包んでいる。
物凄く異質な光景なのに、当たり前のように馴染んているのは、この男が飛び抜けた変人だからだ。
へこみが目立つアルミの机には、破れた茶封筒。
ロレンツォが、椅子に座り優雅に足を組んだ後、手すりに肘を付き、こちらを見据えてくる。
「あいつ、僕が収容されて一ヶ月以上過ぎたのに助けにこねえ。おかしいな?―――そう思い始めていたとこだろ?」
「うるせえ」
「おお!予想以上に元気、元気。にしてもまあ、お似合いだ。そのくすんだ色をしたオレンジ色の囚人服も手首の枷も」
「囚人服じゃない!収容服っ!!あと、僕は犯人じゃない。間違えるな」
煽られていると分かっているのに、感情は簡単に爆発する。
ロレンツォは、
「ああ。そうさ。君は犯人じゃない。だって、ハメられたのだから」
と救いのない言葉を述べ、満足気に椅子の背もたれにのけぞった。
表情は老獪にして無邪気な子供のようでもあり、掴みどころがない。
「なにか知っているのか?じゃあ、言え。今すぐに!!」
「落ち着きたまえ。逆に、なぜ君が犯人扱いされているのか、今一度考えてみよう。それは、ベアリング・キャット殿がここ、未成年収容所に入れられてから、例の首切り事件がパタっと止まっているからさ。つまり、オレノ村で君の祖父ピエトロと七人の修道士が襲われたのが最後」
手錠がかかった両手で面会室のガラス窓を叩く。
「じいちゃんにあんなエグいことをできるわけがないだろっ!!」
ロレンツォが破れた封筒の端を持って、軽く手のひらに叩きつけながら言う。
「騒ぐと、看守が飛んできて面会は即終了となるぞ」
「もしかしてそれ、事件の新情報が書かれた資料か?」
「いいや。これは別件」
「あんた何しに来たんだっっ!」
金切り声を上げると、
「そりゃあ、ベアリング・キャット殿に会いにさ」
嫌な予感がした。
これみよがしに見せてきた破れた封筒。
連呼されるベアリング・キャットという仕事名。
詐欺師みたいな風貌の男を疑り深い目で見ていると、ロレンツォは楽しそうにひび割れが走る面会室の壁を眺め始めた。
「そろそろ君の移送が始まる。十八歳を過ぎたのだから成人の収容所の方にね」
と言ってここでにっこり。
「今までは独房だったが、これからは集団部屋。ごみ溜めみたいだと感じることだろう。なんせ、いるのは窃盗犯。違法薬物の摂取者。強盗犯にテロリスト。言葉が通じない移民。それらが一緒くたに集められていて、明日の命だって保証されない。モラルの低い若い者の集まりに投げ込まれたら、その顔が歪まない日は無い。長く伸ばした前髪とダサい眼鏡で隠しても無駄だよ」
「少し黙ってろよ」
「さっきはせかしたくせに?で、君、生まれ持った悪運は、いつ発動するんだい?」
聞かれて、勝手に眉根がピクッと動いた。
「何のことだ?」
「隠さなくて良い。こんな窮地に陥っても君は希望を捨てていない。乗り切れると思っているからだ。だから、発狂せずにいられる」
サラリと言われて、ロレンツォを凝視。
確かに、自分は悪運が飛び抜けて強い。
子供らだけで立入禁止の遺跡に入りこんで、天井が崩落しても自分だけ無事。街で車が突っ込んできたときもそうだった。近所で不死身の悪童と呼ばれ、敬虔なカトリック教徒の老人らからは気味悪るがられていることも、きっとこの様子だと分かっていそうだ。
ロレンツォはアルミの机の置いた封筒の上に指を起き、人差し指、中指、薬指、小指と順番に動かす。パラリという音を立った。
「考えてもみたまえ。悪運が早々に発動されていれば、ここまでの事態にはなっていなかったはず。つまり、異常事態ということだ。君も薄々そのことに気づいている」
「あんた、僕に何かさせたいんだな?」
と言うと、ロレンツォが顔をパッと輝かせる。
「おお。察しがいい」
「幻の美術品なんて探し出せないからな。盗品の追跡も無理。美術の知識はまるで無い」
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