第6話 デスアナル早撃ち対決
「アスーヌ・ロゼ! ボクはキミに決闘を申し込む!」
噴水広場の一角に作られたテラスで優雅にハーブティーを流し込んでいた私に、突然手袋が投げつけられる。
見ると、そこに立っていたのはシアンの制服を華麗に着こなし、軍帽を被った男装の麗人だった。
「キャーッ! ヘニス様よっ!」
周囲から黄色い声が上がり、中には卒倒する女子までいた。
ヘニス・ヒストーン。ヘモロッド学園の3年生にして、スペード寮の寮長と3年生の学年長を務める才媛だ。
聞くところによると、王族の守護騎士の家に生まれた彼女は、オークの群れをたった一人で壊滅させた、竜族とも渡り合ったなど数々の伝説を持つという。
彼女の家に代々伝わる"
そんな殿上人が私に何のようだろう?
「ふん、とぼけても無駄だよ。キミの噂はよく聞いている。入学試験で首席合格を決めただけでなく、この前の食料問題を解決したのもキミなんだろう?」
切れ長の目で私を不敵に見つめるその瞳の奥には、彼女の底しれぬ敵愾心が溢れていた。
「だとしたらなんだというのですか? 私はヘニス先輩の決闘を受ける義理はありませんよ?」
しかしここで私の悪い癖が出てしまった。私、アスーヌ・ロゼは絶望的なまでに気が強いのだ。
「前評判に違わぬ不遜ぶりだ。だが、この学園では寮の威信を賭けた闘い――
いや、知らない。なんだその設定。というか
「ええ、ええ。もちろん。今のはヘニス先輩を少しからかっただけです。いいでしょう、決闘をお受けしましょう。では、時間と場所は――」
「今すぐにここで、だ」
少しでも時間稼ぎをしようとした私の心を知ってか知らずか、ヘニスは決闘を今すぐにでも行いたいようだ。
「武器は好きなものを使うといい。剣でも、杖でも。ボクはこの"魔槍"――
ヘニスは英語と古北欧語が混ざったような、ちょっとイタい名前の黒光りする魔槍を抜き放つ。それは漆黒の覇気というのか、全てを貫き、払いのけるような禍々しいオーラを放っていた。
やるしかないのか。
「お心遣い感謝します。ですが武器は必要ありません。私が剣や杖を持てば先輩を確実に殺してしまいますもの」
「ふッ……ふざッ……!」
激昂したヘニスの殺気がすぐさま私を捉えた。脊髄がチリ、と焦げ付くような感覚に私は震える。まずい、挑発してしまった。
ヘニスは
――殺られる前に、やらねば。
尻に力を込める。私は、あの食料問題以降封印するつもりだった【デスアナル】を再び解禁することにした。
「はッ――――!」
音を置き去りにするスピードでヘニスが踏み込み、必殺の突きを放つ。石畳が割れ、衝撃の余波で木々が揺れた。
「……?」
だが、ヘニスの
「こっちですよ、先輩」
ヘニスの後ろに私が現れる。
「くッ――」
目の端で私を捉えたヘニスは、すぐに体勢を取り直し、再び槍を構えて突く。ここまでおよそ0.1秒。やはりスペード寮の寮長は只者ではない。だが――
「こっちです」「こっちですよ」「こっちですって」「こっちこっち」「こっちやねん」
私のほうが、疾い。
「ちょこまかとッ――! はあッ!」
今までに見たことのない速度で翻弄されたヘニスは、槍を一気に振って周囲を薙ぎ払った。大振りの技だ。
これだ。このチャンスを待っていた。
「とうっ!」
ヘニスの頭上まで移動した私は、そのまま一回転して彼女の腹部に蹴りを入れた。高速移動の重さが乗っており、相当な威力だったに違いない。ヘニスは一撃で気絶してしまった。
「ふっ、先輩……遅いですね」
地面に倒れ伏すヘニスを見て勝利の笑みを浮かべる。アナルだ。やはりアナルの強さは全てを解決する。
ちなみに私があの神速のヘニス先輩を凌駕するスピードで動けた理由を説明しておこう。
それは、屁だ。
肛門を開いて取り込んだ空気を【デスアナル】で圧縮、一気に放出したのだ。それによってただの空気でも私の身体くらいなら自在に跳ねさせる機動力を得ることができる。
決闘中にずっとオナラをこいていたことになるが、それは大した問題ではない。結局は勝ったほうが正義なのだ。
強靭すぎる肛門のおかげで、使い方によってはただのオナラすら全てを吹き飛ばすハリケーンとなるだろう。
大いなる力には大いなる責任が伴う。昔どこかで聞いた言葉を胸に、私は括約筋を引き締めた。
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