第3話 デスアナル、大地に立つ!

【肛門】こうもん

 消化管の下端で、体外に開口して皮膚に移行するところ。直腸膨大部が肛門に向って急に細くなる部分から肛門までの約3.8cmの管を肛門管という。内容物のない状態では、前後に長く扁平である。肛門管の下端は内肛門括約筋に相当して、痔帯という輪状の高まりがある。ここから上方へ向って縦走している5~10条の粘膜のひだは肛門柱と呼ばれ、その粘膜には特に静脈叢が多い。肛門柱の間の陥没は肛門洞と呼ばれる。これらは、肛門管が括約筋によって収縮するとき、肛門を確実に締める役割をする。(出典:ブリタニカ国際大百科事典)


 私の眼の前に置かれた手の平に乗るほど小さな金属製の箱。これが開くかどうかで、私の今後の人生が決まる。


 辺りを見回すと、既に他の受験生たちは箱の開封に挑んでいた。


 空間転移魔法で魔石のみを取り出した者。

 類まれなる筋力で防衛魔術を無視して開封した者。

 解除魔法を同時に多数重ね掛けして防衛魔術を突破した者。

 財力に物を言わせて他人に開封を依頼する者。


 ――私は。


 思わずキュっとお尻の筋肉に力を込める。


 チートスキル【デスアナル】。


 女神の説明では、オリハルコンすら粉砕するパワーを持ったこのアナルなら、箱を歪ませるくらいのことはできるかもしれない。


 だが、いいのか? 本当に? ここで?


 空間転移魔法を唱えようとするが、呪文の構築を知らない。

 か細い腕で箱をこじ開けようとするが、途中で腕が痛くなった。

 解除魔法を唱えたが、防御魔術が多すぎて焼け石に水だ。

 カバンの中の財布を見たが、他人を買収できるほどの額はない。


「~~~~~~ッッ」


 私は煩悶し、そして結論を下した。


「女一代ッ! アスーヌ・ロゼッ! これより肛門の力でッ! この箱開けさせていただきやすッ!」


 そう叫んで見栄を切ると、何事かと振り返る周囲の目を気にせず手に持った箱をお尻まで持っていく。そして、それはびっくりするほどスルリとお尻に飲み込まれていった。


 肛門を痛めるのが怖い。そっと力を入れてみる。


 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ――――!


 耳元で島ひとつ分ほどの大きさの石臼を無理やり回したような轟音が鳴り響き、私は驚いて肛門に力を入れるのを止めてしまう。


 お尻は痛くない。だが、壊れてもいないようだ。まるで中に何も入っている感覚がない。


 もしかして出てこなくなるのでは? 私は恐る恐る力んだ。


 すると、ポンッと石畳にひり出されたのは箱の中に入っているはずの魔石だけであった。


 大便も何も付着していない。全くきれいな状態のままひり出されている。


 しかし、肝心の箱が出てこない。これで試験には合格だろうが、あのサイズでも出てこなければ今後の排便に差し障る。


 再び力んだ。何も出ない。


 しかし、これは後から気づいたことだったが、あの音はもちろん私の肛門から鳴っていた。そしてそれは、防衛魔術がパロハルコンごとすり潰されていく断末魔だったのだ。


 世界で2番目に硬い金属でできた箱は、私の【デスアナル】によって完全に分子レベルまで分解されて跡形もなくなってしまった。


「おお! 素晴らしいッ! 私が教官になって数十年、今までこんな方法で箱を開けた……いや、箱を完全に消滅させたのはキミが初めてだッ!」


 見ると、トリエ試験官が感動して涙を流していた。


「文句なしの首席合格だッ! アスーヌ・ロゼ、君の名前はこのヘモロッド学園の歴史に永久に刻まれるだろうッ!」


「すげ……」「あんなに肛門が強い人間、初めて見たよ」「俺、今のうちにサイン貰っておこうかな」「秀才……いや天才だ」


 あちこちから私を称える声が聞こえ漏れていた。


「ふっ、完敗だ……」


 そして、あの銀髪の貴公子メクアでさえも脱帽だ、というように両手を上げた。


「本当に驚いたよ。キミ、面白い子だね。箱を消滅させるなんて、どうやったんだい?」


「いや、どうって……普通に肛門で箱を潰しただけだけど……」


 アスーヌ・ロゼの首席入学が決まった。

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