第2話 届かない過去
目の前の検察官はひたすら僕を罵倒している。
「あのさぁ。なんか言ってくんないと話進まないよ?みんな君のためにここにいるんだよ?わかってる?」
僕は反論しない。机に突っ伏してすべてを聞き流す。そもそもいつも飲んでいる抗うつ剤も取り上げられて頭がしゃっきりしない。
「そうやって黙ってれば誰かが助けてくれるって思ってるあたりが幼稚なんだよねぇ。君はすごいヤバいことやってるわけでしょ。なんで正直に言わないの?」
何をしたのかなんてよく覚えていない。言ったって信じてもらえるなんて思ってない。
「はぁ。君ってそうやって斜に構えて誰かが認めてくれるの待ってるんでしょ?情けないよねそういうの。もういい加減話した方がいいんじゃないの?」
話すべきことが何もない。視界が暗い。思考もくらい。そして時間いっぱいになって僕は独居房に戻された。
薬がないから眠れない。独居房の中は不快だった。思考がぐちゃぐちゃする。なんでこんなところにいるのかわからない。外に出たい。出ても意味はない。そんな思考がグルグルと廻り続ける。でもそうだ。薬を飲んでない。僕は立ち上がり房の柵に手をかける。黒い光と共に柵はグニャグニャに曲がって熔け堕ちた。そこから這い出て僕はフラフラと歩きだす。向かうはくすりのあるところ。お家に帰ろう。近くに柵のついた窓があった。僕はそこへ首を突っ込んで外へ出ようとする。またも黒い火が出て熔けて外へ出られた。だけど高い場所にあったみたいで地面に向かって落ちていってしまった。頭から落ちてしまってめまいを起こした。だけど普段の不眠時の気持ち悪さに比べたらどうってことはない。僕は再び歩いていく。高い壁があった。そこを指をかけながら登っていく。壁を越えてまた地面に墜ちる。今度は背中から落ちた。ジンジンする。だけど薬が切れたときの胸に感じる震えに比べたらマシだ。僕は家に向かう。財布がなかった。でもとりあえずタクシーを捕まえる。着払いでと交渉して家まで連れて行ってもらった。家についた。家族はひどく驚いた顔をしている。僕は抗うつ剤と非定型抗精神病薬と安定剤を飲んだ後、落ち着くのを待ってから、眠剤を飲んでベットに横になった。脳みそが痺れるような感触がして眠気が襲ってきた。これがいいのだ。これだけが僕に眠りを教えてくれる。そして僕は眠りに落ちた。
どうしてもパンチが届かない。小学校時代のいじめっ子におもちゃをとられた。彼は当時僕よりも背が高かった。でもこの間地元ですれ違ったら僕の方がはるかに背が高くなっていた。今目の前のちびは僕から飛行機の玩具を取り上げて囃し立てていた。僕は奪い返そうと必死にパンチを繰り返す。だけどどれもこれも届かない。僕の方が圧倒的に体格がいいのに届かない。まるで風船を殴っているような閑職だけが伝わって向こうはノーダメージだ。おかしいよ。こんなのおかしい。絶対におかしい。そしていじめっ子は玩具を百合葉にプレゼントした。百合葉は嬉しそうにしていた。やめろ!それは僕の玩具だ!そう叫んだはずなのに喉は震えてくれなかった。近づいて奪い返したい。なのに足は震えて先に進まない。そして夢はそこで覚めた。
「あの玩具はまだ百合葉の家にあるのか…」
目を覚ますと体をガチガチに拘束されていた。
「なぜ逃げだしたりした!」
担当検察官がうるさい。
「薬が欲しかったから。あのさぁ。被疑者の健康くらいちゃんと管理しろよ。だから国連から勧告きちゃうくらい日本の司法は中世染みてるって言われるんだよ。てか弁護人何処?あとお前の口臭い」
僕は一気にまくしたてる。ここでの司法ごっこにはうんざりしていた。
「とりあえずまだ薬効いてるから眠る。次起きたときはまっとうに司法をやってくれ」
僕は眠りにつく。検察官の金切り声とそれを制止する書記官たちの喧騒が鬱陶しい。そんなことよりもあの飛行機の玩具が気になっていた。僕は取り戻すことができるだろうか?あの大好きだった玩具を。
目が覚めた。今度はフカフカなベットに寝かされていた。いい生地のパジャマも着ていた。
「御目覚めですか?勇者様」
声のする方に目を向けると執事服を着た金髪碧眼の美しい女性がいた。
「コスプレにしては気合入ってるね」
「コスプレではありません。国連から正式にあなたのステュアートに任じられましたセバスティアーナ・ハーヴィーです。以後お見知りおきを」
なんかいろいろあった感はあるけど。
「なんで国連なんて機能不全団体から僕のところに人が来るのさ」
「対怪獣という一点では国連は一致団結しております。わたくしは元魔法少女としてあなたをサポートする要員として派遣されました」
「サポート?なにそれ?」
「あなたさまには今後怪獣と戦っていただきます勇者様。それが世界の総意です」
「また胡散臭い言葉が出てきた。世界の総意なんて有史以来あった試しがなさそうだけど?」
「初めてできたのですよ。死にたくない。ただその一点であなたを勇者に祭り上げることにした。唯一怪獣を倒せるあなたに世界を救ってもらうと決めたのです」
「誰かに誰かを救わせるのを決められるってどういうこと?そいつが世界を救えよ。意味わかんない」
「わからなくても結構です。あなたさまは世界を救ってくださってくれればいいのです。そのために必要なものはなんだって用意いたしましょう」
そういうことらしい。僕の意思を無視して世界は僕を世界を救う勇者にしてくださったそうだ。ありがたくて涙が出る。
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