第6話 俺はまだ信用していない
ノーグ教。
それは異世界スペステラにおける原初の国家『ノーグ』で興った古代宗教である。世界の護り手である女神メトセラを信仰し、その手足として遣わされる
「
ルークは語る。リビングスペースで大きい食卓を囲み、一行は二人ずつ向かい合うように座っていた。中央に吊り下げられたランプが優しい光を放っている。魔燭器はマナをエネルギー源にして光るランプだ。庶民階級の家ではなかなか見られないものだった。招待されたルークの家は広く、洒落た内装をしていた。借り家だと彼は言っていた。
「予言……?」
小日向は疑問を口にする。
「そう、予言さ。ノーグ教司祭の始祖の家系、ベルグリッド家の長老は予言の力を持っていてね。ズバリ今回の
予言の力、というのは初めて聞いた。魔法の一種なのか、それとも別種の力なのか。ピンポイントで
「ノーグ教はもう廃れていると聞いたので、驚きです」
「良く知っているね!いや、それだけ社会的な共通認識になってしまっていると言うべきかな?その通り、ノーグ教は廃れた。それでも小規模なコミュニティは各地に残っているんだ。僕が身を寄せているところもその一つさ」
いいながら、彼は首から服の内側に手を突っ込み、しまい込んでいたネックレスを取り出して見せる。細い円の中に杯が模られている、銀色のネックレスだった。小説に描かれていたノーグ教のシンボルと一致している。安い詐欺ではなさそうだと思った。高い詐欺である可能性は留めておく。ノーグ教を初めて知った他の三人はへえー、と物珍しそうに大人しく話を聞いていた。
「いやしかし、君たちに出会えて本当によかった!長老に感謝しなくては。
嬉しそうに話すルーク。榊は首に手をやり照れ笑う。
「照れますなぁ。……でも僕ら、ただの何の変哲もない高校生ですよ?」
「ああいや、君たちに何か特別な事を求めているわけじゃないんだ。ただ、廃れてしまった今のノーグ教徒にとって
廃れてもなお信仰し続けたノーグ教徒の積年の想いが垣間見えた。小説で描かれた九年前の世界でも、主人公一行が偶々出会ったノーグ教徒に盛大な歓迎を受けていたことを思い出す。それにしても、とルークが話題を変える。
「まさかギルテリッジの奴らが目を付けているとはね。奴らはこの世界で一番敵に回したくない連中さ。野蛮で傲慢な侵略者だ。一体どこで
それは小日向も気になるところだった。帝国はなぜ
「そこで!君たちに丁度いい提案がある。長老のいる僕らの隠れ家に案内したいんだ」
ルークはテーブルの上で手を組み、四人の顔を順番に見た。
「結界魔法で守られた安全地帯でね。奴らの目だって欺ける。この世界に来たばかりの君たちが一時身を寄せるのに、こんな最適な場所は無いと胸を張って言える場所だ。勿論、強制じゃあ無い。君たちの意思次第だ」
宇佐美はこちらを見、小日向の解答を待った。
願ってもみない話だと思った。まだ魔法の扱い方を身に着けておらず、お金も物資もない序盤のこの一番苦労するステップを、ノーグ教の手厚い支援によってスキップできるのは非常にありがたい。
しかし。小日向は思考を継続する。
話が出来過ぎではないか?確かにノーグ教が
うまい話には裏がある――――世の中を巧く渡るための、ありふれた格言の一つだ。ギルテリッジ帝国が
「ぜひお願いします。ただ、その前に寄ってほしいところがありまして……」
「ああ!そういえば誰か人を探していたんだったか。ガラムさんから欲しい情報は得られたのかい?」
「はい。ルザリースという街に寄りたいんです」
店での騒動の直後、ガラムに『猫の隠れ家』について聞いていた。頑固な店主は、しかしウェイトレスを助けたこともあってすんなり話してくれた。
「いや知らねえな。そもそも俺がお世話になった『猫の隠れ家』の所有者はそのメイとかいう娘じゃなかったぞ。……いやまてよ、十八歳くらいの
ガラムから得られた情報はそれだけだった。だがそれで十分だった。小日向は知っていた。メイの故郷は今いる国、アーレアの中心都市のひとつであるルザリースだ。
ルークは首を捻った。
「知り合い……ってことはないか、君たちは異世界の住民だものな。その人物とは一体どういう関係なんだろうか?」
「えーっと……」
小日向は正直に話すか迷う。
「女神様からその人を頼るように言われてて……」
「女神様に会ったのか!?」
ルークは身を乗り出して食いつく。
「まあ、この世界に召喚されるときに少しだけ……」
勿論実際にはまだ会っていない。しかしこの嘘はバレないはずだ。若干の脂汗を背中に感じながらルークの顔を見た。
「そうか……言われてみれば当然の話か。君たちは女神様の遣いだものな。それにしても……羨ましい!女神様のお姿を見られるだなんて!どんな姿だった!?やっぱりこう、神々しい感じかな!?」
「そうですね……結構こ」
「いや言わなくていい!僕ら教徒は見る権利を持ってないのだから知るべきではないな!」
聞かれたのに思いっきり遮られた。結果的に余計な詮索をされずに済み、小日向は胸を撫で下ろす。それからルークは目を伏せてボソッと呟いた。
「しかし、ノーグ教のことを頼っては貰えなかったか……」
気まずい空気が流れる。小日向は心の内で嘘を謝罪しつつ、何とかこの空気を脱しようと話題を強引に戻した。
「ど、どうでしょう?ルザリースは寄れそうですかね?」
「ああ、すまない。ルザリースだね……うん、それならそんなにロス無く通っていけそうだ。そうしよう」
「ありがとうございます!」
「出発は早い方がいいな、帝国のこともある。明朝に出ようか。輸送隊を使えば夜にはルザリースにたどり着けるはずだ。今日はうちでゆっくり休んでいくといいよ」
ルークは当り前のように寝床を貸してくれた。『スペステラ冒険記』では主人公一行の初夜は野宿だったことを考えると、あまりにも恵まれた環境だった。
二階には部屋が三つあり、そのうち二つを使っていいという話になった。部屋には天蓋付のベッドが一つ置かれていた。こちらの世界と同じように木のフレームで出来ており馴染み深い見た目だ。違ったのはその大きさで、キングサイズのベッドよりもさらに横幅があった。大の大人三人くらいは寝られそうな大きさだった。
「さっきなんでわざわざあんな嘘ついたの?」
潜めた声で聞いたのは榊だった。小日向は返す。
「ちゃんと話すよ。皆を呼ぼうか」
そう言って男子部屋に全員を集めた。開口一番に声のトーンを落として言う。
「『スペステラ冒険記』のことは一旦隠しておこう」
乙葉が不思議そうな顔をする。
「ルークさんになら、話せばわかってもらえそうだけど……」
「正直な話、俺はまだあの人を信用していない。この世界に来たばかりで無知な俺達を騙して利用しようとしている、っていう可能性はあり得る。だから、『スペステラ冒険記』という情報を持っていることをは隠しておいて、できるだけ俺達のことを侮っておいてもらいたいんだ」
「えっ、そんな……あんなに良い人そうなのになぁ」
寂しそうに言う。一方で宇佐美は小日向の言に賛成していた。
「そういう悪人はいくらでもいるわ。勿論異世界だろうと関係なくね。まあ、あの人が嘘をついてるようには見えなかったけど……警戒は大事ね」
「にしても考え方が悪人側っぽいよ小日向」
榊がいやらしい笑みで小日向を見る。
「計算高いと言え」
「でもさ、じゃあ最初からルークさんに頼らなくてもよかったんじゃ?僕ら
「信じてもらえればの話だけどな」
「う、確かに……」
「前回の
「今の私達じゃ証明できなそうよね」
宇佐美が相槌を入れる。
「ただしメイは別だ。俺は九年前の冒険を詳細に知っているし、信じてもらえるはず。だから今の俺達の目標は、とにかくメイを味方につけることだ。それまではルークさんを頼らせてもらう」
話を総括する。皆一様に頷き、異論は飛んでこなかった。ひと段落して、新しい話題を投げ入れたのは乙葉だった。
「そういえば気になってたことがあるんだけど……異世界なのになんで私たちの言葉が通じるんだろう?店の看板とかも読めたよね?」
「確かに!」
言われて榊と宇佐美がハッとする。ここまで何の不便もなくコミュニケーションが行えてるし、読めない文字にも出会っていない。小日向はそんなやり取りを小説で既に見たことがあった。
「多分こっちの世界に召喚するときに女神がなんやかんやしてくれてるんだと思う。小説のハルアキ達もそういう結論でさらっと流してた」
「世界を救えって頼むのなら、それくらいの配慮はあって然るべきよね」
と宇佐美。もし言語が通じなかった場合、世界を救うミッションがハードになりすぎる。もっとも、それなら最低限の身銭くらい持たせて欲しいものだが。
それから、せっかく腰を落ち着かせる場所を得たので『スペステラ冒険記』のあらすじを三人に共有することにした。
大まかな冒険の流れと遺跡に眠る
この世界における魔法とは、マナと呼ばれるエネルギーに意味を吹き込み、制御し、現象化する方法である。マナはこの世界に存在するほぼ全ての生物が持っているが、魔法を扱うのに必要なマナの量は大きく、体内にあるマナ量の関係で道具無しに魔法を使える人間は多くない。
「
「さっきのあの炎!すごかったよね、私にも使えるんだ……!」
乙葉は目を輝かせる。
「いいね魔法、異世界らしくなってきたじゃん!早く教えてよ小日向!」迫る榊。
「そうよ!教えなさいよ!」負けじと前のめりになる宇佐美。
ファンタジーの代名詞である魔法。それを自分たちも使えるとなればテンションも上がるだろう。気持ちは理解しつつ、せがむ彼らを手で制す。
「待て待て待て!……確かにさっき俺は魔法を使えたけど、相当ショボいものだったんだよ。魔法の使い方をちゃんとわかってるわけじゃないんだ。今後のことを考えると、魔法士に基礎からしっかり教えてもらうべきだ。それこそこれから会いに行くメイが魔法を使えるから、彼女に教えてもらおう」
宇佐美が残念そうに息をつく。
「またいつ化物に襲われるかわからないし早く覚えたかったけど……仕方ないわね」
ひとまず納得してもらえたみたいだった。小日向は話に区切りをつける。
「ってことで、とりあえず今日はさっさと寝よう。明日は早いぞ」
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