第3話 ようこそ煮三鳥居島(にみとりいしま)へ

 英人はアパートで荷物をまとめるとその日は一度実家に帰った。

 何せ目的地が遠いのだ。

 翌日朝早くに始発の電車に乗り込み、幾度か電車とバスを乗換え四国の端にある港に着いたのは既に16時近かった。

 9時間以上椅子に座り続けていたケツは、とうに悲鳴を上げており、うたた寝をしたバスの中ではケツの取れる夢を見たほどであった。

 しかし、今の寺衛の心配事は自身の尻の事ではなかった。

「迎えの船って一体何処なんだ?」

 英人は土産や着替えが入った大きなボストンバッグを担いで少し心配そうに港を見て歩く。

 島とは月、水、金曜日に一便小さな貨客船が行き来する事になっているが、交通の便の悪さからか観光客は物好きな釣り客くらいしかほぼおらず、島の産業である農産物と木材の運搬と生活必需品の行きかいがその用途のほぼ全てであった。

 また、元々島周辺は海流が激しく、特にこの時期は海は荒れ、その貨客船すら高確率で欠航すると言う。

 実際、英人が今見ている海は荒れており、空も雨こそ降ってはいないが雲の流れは早く、明日の船は絶望的である。

 しかし、英人は自らが乗る船を捜していた。

 島を訪れると連絡した時、大叔父が可愛い姪の子の為に絶対に島から迎えを遣してくれると言ったのだ。

 勿論寺衛もそこまではさせられないと辞退したが、何でも島の名士である大叔父からすれば、その程度しない方が家の沽券に係わると来訪日を聞くと、本来貨客船の出ない日にもかかわらず、英人の為だけに迎えを寄こすと決めてしまったのだ。

「付けばわかると言われたけど……っ!?」

 周りを見渡していた寺衛の目にとんでもない光景が映りこんだ。

 少し古めの漁船の前で『寺衛英人様歓迎!』と書かれた手旗を持った二人の女性が真剣そうに誰かを探していた。

 一人は色素が薄く、触れば折れてしまいそうなほどに華奢な体に純白のワンピース。

 それが彼女を儚く魅せるのか、感情すら希薄に見える綺麗と可愛いが拮抗する可憐な少女。

 もう一人の女性は、それとは対照的に褐色の肌と豊満な体つきが溢れんばかりの生命力を溢れさせ、身を包む衣服もそれを隠すどころか売り込みをかけているかのような過激さ。

 少し薹が立っているように見えるが、それが逆に色気を際立たせている。

 英人はまかさと思ったが、よく考えなくとも同じ日、同じ時間、同じ場所で同姓同名の人物の迎えがあるなんて、そんなまさかの方がありえない。

「……っ!」

 目のあった色素の薄い少女が小さく声を上げる。

「きゃっ♪」

 もう一人の女性も寺衛に気付いたのか、黄色い声を上げると無駄に色気を振り撒く動きで寺城に走り寄って来た。

「貴方が英人君ね!」

 女性はそう尋ねると同時に寺衛を抱き寄せ、顔をその豊満な胸に無理矢理埋めさせた。

「---っ!!?」

 驚きバッグを地面に落とした寺衛は、嬉しいやら恥かしいやら訳がわからないやら、明らかに歳は上であろうが女性を無理矢理引き剥がすわけにもいかず、慌てふためく彼に助け舟がかかる。

「百合佳。英人様が嫌がっています。はしたないので止めて下さい」

 小さい声だが、しっかりとした意思の感じられる声だった。

 英人は腕と胸の間から声の主、少女の顔を見た。

「男の子ってのは、こういうのが嬉しいものなのよ」

 少女のか細い腕の助力もあり、何とか胸から脱出した英人は改めて二人の顔を見た。

 熱烈な感激をしてくれた肉感的な女性は、その豊満な胸を持ち上げるように腕を組みウインクを飛ばした。

 確かに套はたっているが、英人から見ればまだまだおば様と呼ばれるほどではない。

 胸から救い出した少女は、それとは対照的に礼儀正しく清楚、目のあった英人にしっかりと頭を下げる。

 年齢は英人よりも年下であろうが、その落ち付きはこの場において一番大人であった。

「あー、煮三鳥居(にみとりい)村の方ですか?」

 英人は落ち着いて話しの出来そうな少女に問いかけた。

「はい。私は鈴藤明日香(りんどう あすか)と申します。鈴藤哲将(てっしょう)から頼まれて英人様をお迎えに上がりました」

 明日香と名乗った少女は、再度深々と頭を下げる。

「どうもご丁寧に。寺衛英人です」

 挨拶は大事。英人も頭を下げる。

 鈴藤哲将は大叔父の名前だった。

 という事は、同性のこの少女も親戚に当たるのでは?と英人が思っていると、明日香を押し退けるようにしてもう一人の女性が目の前に出てきた。

「お姉さんも英人君のお迎えに来たのよ。鈴藤百合佳(ゆりか)って言うのよろしくね♪」

 頭を下げるというよりも谷間を強調するように屈む百合佳。

 英人もそれに釣られるように頭を下げ、目線は魅惑の谷間から離さなかった。

 その様子に百合佳は明日香を見てクスリと笑った。

「英人様申し訳ございませんが、早めに船に乗っていただかないと島に着く前に暗くなってしまいます」

「あ、はいっっ!」

 その声に百合佳は不満げな視線を送るが、明日香は気にも留めない。

 英人は気恥ずかしげに自分のバッグを取ろうと手をやるが既にそこにはなかった。

「あたしが持つわよ」

 バッグは既に百合佳が担ぎ、ウインクをすると先導するように船へと積み込んでいた。

「英人様。段差が大きく危険なのでお手を」

 自然と寺衛の手を引く明日香、これにも百合佳は不満げな視線を送るが、誰もそれを気にしはしなかった。

 船長は三人を確認すると黙ったまま、しかし、しっかりと寺衛にお辞儀をしてから、煮三鳥居島へと向け出航した。



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