第30話 ファーマル防衛線2 俺は勇者になりたい
「オークの鎧に剣は通らない、目だ、目を狙え!」
「目って、こいつら五メートルとかあるんですよ!? どうやって……」
「壁を守れ! これが壊れたら街は崩壊してしまう!」
「くそが……! 一体誰がこの防壁を作ったと思っているんだ! 簡単には壊させねぇぞ、オークどもめ!」
「どうするロイネット……こんなの勝てっこないぞ!? 逃げようぜ!」
「に、逃げるったって、今更どこに逃げるんだよ! それにせっかく王都からリーブル王子直属の騎士の部隊が来てるんだぞ、ここでアピールするって決めただろ!」
「うわぁああ! オークキングが来たぞ……! 避けろ!」
俺が六歳から十六歳まですごした街、ファーマルがオークの軍勢に襲われた。
これで三回目の襲撃。
オーク単体でも騎士が数十人がかりでなんとか、冒険者でいうと、Bランク以上の戦力は欲しいところ。
それが今回はオークの軍勢が数千から数万規模。さらにオークキング、オークエンペラーまでもが編成された、国を一つ攻め落とす勢いの軍勢。
この国で一番強いとされる、Sランクパーティー『月下の宴』。
彼等はオークキングまでなら倒せるが、オークエンペラー相手には、防御に徹して逃げるしか出来ない、と言っていた。
つまり、例え王都の全ての戦力を投じても、これを打破することは難しいだろう。
「なにがオークキングだ……! 俺には守らないといけねぇ大切な妻と可愛い子供がいるんだよ! この腕一本でやってきた職人舐めんなよ! おらぁ!」
「親方に続け! スコップとハンマーを投げて目を潰してやれ!」
「くそっ、効いてねぇ……!」
「やばいぞ……! 俺たちよりでけぇ斧の一撃なんて喰らったら……うわああああ!」
「柱魔法……アルズシルト!!」
俺の柱魔法が地面から発生し、オークキングの巨大な斧を受け止める。
「……親方、道具は職人の魂だって言っていたじゃあないですか。それを投げるとか、職人辞めるつもりですか? 俺は今でもあの小さいスコップ、大事にしていますよ」
「……シ、シアン、か……? ば、バカ野郎、何で戻ってきた! お前は王都で一人前の男になって……俺たちの分まで生きてくれりゃあ……良かったのに……」
防壁の修復の時にお世話になった親方。
俺を見て驚き泣いているが、諦めるのはまだ早いですよ。
それに親方には、まだ生きて守るべき大切な人がいるでしょう。
「俺は孤児院育ちで、この世の中を賢く生きていくまともな教養を学んだことがありません。危険なことには首を突っ込まず、離れ、自分だけが助かる、リスクの少ない道を選ぶのが賢いのでしょう。でも俺は自分の故郷が滅ぼされるところは黙って見ていられないし、例え劣勢であろうとも、戦えない人を、街の人を、大事な人を守りたいという気持ちを持つ人を、俺は見捨てられない! 柱魔法アルズシルト、二本目!」
オークキングがもう一体現れ、巨大なこん棒を振りかぶってきたが、俺は二本目の柱魔法を出現させ、それを受け止める。
「ロイネットとウオントも、ありがとう。さっき親方を守ろうと、剣を構えてくれていた」
「シ、シアンなのか……あ、いや、俺たちは……」
「な、なぁ……ぐ、偶然手が出たってやつよ……」
子供のころから俺をいいように扱い、イジめてきた二人。
Sランクパーティー『月下の宴』のメンバーであるルナがファーマルに来た時、オークに街が襲われたが、その時彼等は全力で逃げた。
だが今回は逃げずに前線に出て、しかも親方を守ろうとしてくれた。
俺への過去の酷い言動を忘れることは出来ないが、今の彼等は守る戦いをしてくれた。
「柱魔法、アルズシルト……三本目!」
三本目の柱を出し、騎士たちをオークの攻撃から守る。
「す、すごい……オークの攻撃を完全に防ぐとは……」
騎士のリーダーらしき人が呟くが、そう、防ぐことは出来るんです。
でも俺だけでは、攻撃が出来ません。
このままだと、数で押されてしまうでしょう……
──でも
「リューネ! お前の拳をファーマルの街を守る為に使わせてくれ! 見返りは今夜の柱が三本……ってところでどうだ!」
「ヒャッハーー! 今夜は三本も殴っていいのかよ! 大盤振る舞いじゃあねェか! いいぜェ……こんな小突いたら吹っ飛ぶ柔っこいオーク連中、何万体殴ろうが満足出来ねェけどよォ、シアンの柱は一本でも最高なんだよなァ!」
リューネが俺の声に応じてくれ、狂喜の顔で手に着けた武具をガツンガツン叩き合わせる。
「おらァァ! 弾け飛べ雑魚豚どもォ!」
リューネがものすごい勢いで拳を一突き。
一瞬周囲の音が聞こえなくなり、ワンテンポ遅れてオークたちが爆散連鎖するように吹き飛んでいく。
そう、今の俺には、リューネという最強の拳がいるんです。
「俺の柱魔法はオークの攻撃の全てを防ぐことが出来ます。そしてリューネの拳は、全てのオークを破壊出来る! あと少し、もう少し耐えて下さい、そうすれば、あのSランクパーティー『月下の宴』のみんなが来てくれます!」
「おおおお! 『月下の宴』がファーマルに来てくれるのか……!」
「それは本当か!? あのSランクパーティーが……それはもう勝ったも同然だぞ!」
「すごいぞ、王都から騎士が派遣されただけじゃあなく、あのSランクパーティー『月下の宴』がこんな田舎のファーマルに来てくれるなんて……! 勝てる、勝てるぞみんな!」
皆の顔に笑顔が戻る。
やはりすごいな、Sランクパーティー『月下の宴』は。
名前を出すだけで、劣勢の状況で諦めかけていた人たちの気持ちをひっくり返せる。
彼等は結成から五年、世界を巡り、多くの人の命を救ってきた。
皆からこれほどの信頼を得られる活動をずっとしてきた。
俺もいつかそうなりたい……その名前を聞くだけで、落ちていた気持ちを、下を向いていた顔を再び上げられるような。諦め、動かなくなった足を動かし、もう一歩を踏み出せるような……
──俺は皆に勇気を与えられる、勇者になりたい。
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