第21話 オークエンペラー対策と増殖の原因はドラゴン……?





「我々が住むこの大陸にはとても大きな森があって、その広大さ、そしてモンスターが異常に多いが故に、今までまともな調査をされた形跡がないんだ」



 Sランクパーティー『月下の宴』のリーダー、ロイドさんが壁に張ってある地図を指しながら説明をしてくれる。


 へぇ、孤児院育ちでまともに地図なんて見たことがなかったけど、ファーマルの西側にある森って、この王都の北側にまで広がっているのか。


 そんなに巨大な森だとは知らなかった。



「今回は新たに我らのパーティーに加わった二名がいるので、過去の情報と説明が重なる部分は許してくれ。事の始まりは僕らが『月下の宴』を結成してから一年後、つまり今から四年前になる。僕らの元に、一人のエルフの女性が来たんだ」


 ロイドさんの発言に隣のルナが反応し、立ち上がる。


「そう、今から四年前まで、私は王都ではなく、西にある『エルフ大樹の森』で暮らしていたの。そこには私たちエルフの集落があり、外界とは切り離され、緩やかで、平和な時間が流れていた。……でもそこに、あの凶悪なオークたちが攻め入ってきた」


 エ、エルフの集落……? そんなものがあの森にあったんだ……知らなかった。


「それまでも定期的に彼等は私たちの集落を襲って来てはいたんだけど、年を追うごとにオークの数が増え、襲われる回数も増えていった。私たちも魔法で応戦は出来ていたんだけど、ここ最近のオークたちの数は異常で、集落にも侵入されるケースが出てきて、犠牲者も日に日に増えていく……。私は外部、つまり人間に援助要請を、と進言したのだけど、長たちに拒否されてしまって。こんなときにプライドなんて振りかざして何になるんだか……」


 ルナが最後溜息をつく。


 エルフって、物語とかではすげぇプライド高くて他種族とは絶対に慣れ合わない、とか読んだが、あれ誇張じゃなくて、実際もそうなのか。


 でもルナもそのエルフだけど、俺たち人間と普通に暮らしているよな?


 長って一番偉い人? 多分そういう一部権力者の総意であって、個別の考えは違うってことか。


「エルフ側の戦力は減る一方、でもオーク側の戦力は増える一方。これでは集落が全滅してしまう、と私は単独で人間に助けを求めに、王都マリンフォールズに行ったの。そこで出会ったのが彼等、Sランクパーティー『月下の宴』よ。私は人間の文化も好きだったから、時間さえあれば人間の街に行っていたんだけど、『月下の宴』の噂を聞いていてさ、迷わずここに突撃しちゃった」


 Sランクパーティー『月下の宴』って、エルフであるルナの耳にも入るぐらい有名だったのか。


「いやぁ、あの時のことは鮮明に覚えているなぁ。エ、エルフ族の来客が……と驚いていたら、マロンケーキと紅茶をすごい勢いで食べ始めて、しかも何度もおかわりをしてきて、何をしに来たのか説明が全く無いまま、時間だけが過ぎて行って……あはは、あれは面白かったなぁ」


「ちょ、ちょっと待ってロイド! それはシアンの前では言わないでぇ! 飲まず食わずで急いで王都に来たから、お腹がすいていて……その……出してもらったケーキが美味しくて美味しくて……そう、ケーキが美味しいのがいけないの!」


 ロイドさんが爆笑しながら当時のルナの話をすると、当のルナが顔を真っ赤にして俺の目を塞いでくる。


 いや、目を塞いでも聞こえますけど。やるなら耳では。


 ルナってケーキが好きなのかな。覚えておこう。


「ごめんごめん、話をそらしちゃったね。ルナレディアの話を聞いて、僕らはすぐにその『エルフ大樹の森』に行ったんだ。そして森に入ってみると、本当にとんでもない数のオークと遭遇してね、一回目はエルフの集落に近付くことすら出来ずに撤退となってしまって。これはさすがにエルフだけの問題ではなくて、近くには人間の街もあるし、どうにかしないとならない。僕は逆にルナレディアに援助を申し出て、共に戦おうとパーティーに入ってもらったんだ」


 なるほど、ルナが『月下の宴』に入ったのって四年前なのか。


「それから定期的に何度か森に入ったんだけど、行くたびにオークたちの数が増えていて、明らかにおかしい、と。あちこち場所を変えて森に入ってみたんだけど、一向にみつからないんだ……オークたちの拠点、住処がね」


 ロイドさんが地図上の広大な森をなぞり、困った顔でお手上げのポーズ。


「……すごい探した……でも……無い。絶対に、おかしい……」


 狐耳パーカーのアイリーンさんが無表情ながら、悔しそうに言う。


「それでね、これはとんでもない憶測、全く信憑性も証拠も無い妄言かもしれないんだけど、私の考えを言わせてもらうと……多分あのオークたち、拠点を持たず、立ち止まることなく常に移動しながら増えている。しかも異常な速度で、ね」


 黒猫を膝に乗せ、頭を撫でながらヴィアンさんが言うが、常に移動しながら増える……? そんなことが普通の生き物に出来ることなのか?


「私たち、もう四年もあの森でオークたちと戦っているんだけど、おかしいの。いるはずのものが無いというか、その、オークの子供をね、一回も見たことがないの……。いきなり成体で生まれるわけがないし……」


 メイメイさんが紅茶を飲みながら不満そうに言う。


 子供がいない……?


 数が多いから、見えないわけではなくて?


「その疑問が解決することもなく、私たちの前にさらなる問題が立ち塞がる。本来なら迷宮の奥深くにいて、こんな森にいるはずのない強個体……オークエンペラーとの遭遇」


 ルウロウさんが紙に通常のオークの十倍以上の大きさのオークの絵を描き、俺に見せてくれる。


 オ、オークエンペラー……? なんですか、それ。


「いやビックリしたよ。まさかこんな外の森でオークエンペラーなんていう、モンスターの巣窟、迷宮の最深部にいるクラスの強個体と出会うなんてね。戦ってみたけど、逃げながら防御に徹するのが手一杯、慌てて逃げ帰ってきたんだ。あはは」


 ロイドさんが笑いながら言うが、Sランクパーティー『月下の宴』が逃げ帰るクラスのモンスターなんて、この世にいるのかよ。


「それで、これではまずい、戦力の強化が必要だと判断し、僕は『月下の宴』のパーティーメンバーを募集したんだ。各地に行って強い人を捜したんだけど、なかなか突き抜けた能力を持つ人はいなくてね……。そうしたら、ファーマルの街がオークに襲われたと情報が入ってきた」


 それはもしかして、一回目の襲撃のことだろうか。


 その時は冒険者がなんとか街を覆う壁を盾に戦い、壁の一部が壊されただけで、なんとか追い返したというやつ。


 そして俺はその壁を修復するお仕事をしていた。


「すぐに助けに行きたかったんだけど、その時に王都にいたのはルナレディアだけで、彼女が一人、ファーマルの街に向かったんだ。確かファーマルの街で名前が上がっていたCランク冒険者がいたから、彼等と協力してなんとかしようとしたらしいけど……ダメだったみたいだね。いや、彼等は悪くないよ。実力以上のクエストの受注は身を亡ぼす、からね」


 なるほど、そういういきさつでルナがファーマルの街に来たのか。そしてすぐにそのCランク冒険者であるロイネットとウオントに声をかけた、と。


「一回目でオークたちが引いたのは、彼等がただの斥候だったから。すぐにその情報を共有した多量のオークたちが攻めてくる。なぜなら、私たちのエルフの集落がそれをやられたから。私はロイネット君とウオント君に事情を話し、すぐに森に向かったんだけど、多量のオークがこちらに向かってきたのを見て、彼等が逃げ出してしまって……」


 なんだ、ロイネットとウオントが「俺たちSランクパーティー『月下の宴』に誘われた」、とか言っていたけど、ただの臨時パーティーに誘われただけだったのかよ。


「そして……あなたに出会った」


 ルナがくるっと身体を動かし、俺を方を見て嬉しそうな顔をする。


「シアン、あなたの勇気と行動はしっかり見せてもらったわ。うん、今でも鮮明に思い出せるぐらい、本当に格好良かった。あなたとならオークエンペラーにも対抗出来る……」



「──そしてここからはルナレディアが知らない情報になるんだけど……」


 ルナがニッコニコ笑顔で俺の手を握ってくるが、その途中でロイドさんが話を遮ってくる。


「実はルナレディアが王都に向かってすぐに僕らも王都に戻ってきたんだけど、冒険者の噂で衝撃の情報を得たんだ。その情報とは、ここ最近、ファーマルの街付近で多くの冒険者がドラゴンを目撃していた」


 ドラゴン……? 


 それって……


「そう、あの英雄勇者が倒したという、伝説のドラゴンさ」


 ロイドさんが二枚目の紙を出し、全員に配る。


「おかしいと思わないかい? このオークたちの異常な増殖と凶悪な行動。確かに彼等はモンスターのなかでも狂暴な方だったけど、ここまで急激に数を増やし、定期的にエルフの集落や人間の街を襲うことは無かった。でもここに一つのピースを足すと、全て合点がいく。そう、誰か強大な力を持つ者に魔力を与えられ、動かされたのではないか。例えばその伝説のドラゴン、とかね」



 ロイドさんが配った紙にはこう書かれていた『──オークたちの増殖の原因と思えるドラゴンの討伐について──」と。


 目的がオークエンペラーから、ドラゴンに変わっている。



 俺はこの会議が始まってから一言も言葉を発していない女性、リューネに視線を向ける。


 そう、彼女の正体は『ドラゴン』。


 確か『神武七龍の一人、赤き翼のドラゴン』だったか。
















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