第18話 王都でお買い物とルナに感謝の贈り物を





「ここが今日から正式にシアンのお部屋よ。とりあえずのものは揃っているけど、足りない物は自由に持ち込んでいいからね」



 冒険者センターで『冒険者カード』を発行してもらい、『月下の宴』の拠点に帰ると、ルナがエルフ特有の長い耳をピコピコ動かし、上機嫌に部屋に案内してくれた。


 っても、昨日もこの部屋で寝ていたんですけどね。


 仮、から正式に俺の部屋ってことか。


 ルナが案内してくれたのは三階の一番奥の部屋。


 結構広い部屋で、孤児院育ちの俺からしたら、こんな大部屋に一人……? と不安になるレベル。


 ベッドに机に椅子、服を入れておく収納家具がすでに置かれていて、これ以上何がいるんだろうという感じ。



「ありがとうルナ、君のおかげだ。広くて綺麗な部屋だし、これ以上何もいらないよ」


 少し前まで、大陸西端の街の孤児院で慎ましく生活していたのが嘘みたい。


 俺なんかが王都に自分の部屋を持てるなんて、夢のようだ


「何言ってるの、シアンはちゃんと実力で勝ち取ったのよ? お部屋の快適性はこれからとして、まずは生活必需品を買いに行きましょうか。私が連れて行ってあげるね」


 ルナがニッコニコ笑顔で俺の手を引っ張る。


 必需品? ああ、そういや着替えとか少ないから欲しいかな。


「さっきロイドから『冒険者試験合格おめでとう支度金』を貰ったでしょ? 初めてのお給料でシアン好みの服とか買っちゃいましょう!」


 そう、お昼過ぎに受けた冒険者試験に受かったら、ロイドさんが笑顔でお金をくれたんだよね……しかも結構な金額。


 俺がファーマルの街の壁の修復で貰ったお給料の三倍以上あるぞ、これ。


「そうですね、服とかちょっと欲しいかな。ついでにリューネの服も……ってあいつは寝たんだっけ」


 一緒に試験を受けたリューネ、彼女も試験に合格し、ロイドさんからおめでとう支度金を貰ったのだが、「よく分かんねェし、シアンが持ってろ」と言って受けとらず、俺が預かっている。


 リューネの正体は人間ではなく、英雄勇者が戦ったとされる伝説のドラゴン。


 人間の文化はまだよく分からないらしく、一緒に買い物を、と思ったけど、あいつ、試験会場で俺が出した三本の柱を殴りまくって満足したらしく、帰ってきたら寝てしまったんだよね。


「そうそう、寝た人を起こすのもなんだし、二人だけで行きましょう、シアン」


 リューネの部屋は俺の隣で、起こそうかと思ったら、ルナがニコニコ笑顔でがっしり俺の腕をつかみ、強引に階段に行こうとする。


 ちょ、ルナ、そこまで引っ張らなくても……。


 うーん、なんかルナとリューネって相性が悪いっぽいんだよなぁ。




「待て悪鬼め……! 貴様、私のルナレディアお姉様をどこへ連れて行くつもりだ! 冒険者試験に受かった程度の功績で『月下の宴』の……いや、王都の、いやこの世界に舞い降りた一輪の高貴な華、ルナレディアお姉様をデートに誘えると思うなよ! 思い上がりも甚だしい!」


 一階の食堂から外に出ようと思ったら、長めの白いスカートにぶかっとした黒いパーカーを着た女性に止められる。


 えーと、なんだろうこの綺麗な女性……あ、この呼び方、爆発する剣技の使い手、ルウロウさんか。


 初めて会ったときは軽鎧装備の状態で、歓迎会のときも鎧を脱いでズボン……て言うの? 俺田舎者だからファッションに疎くて分からないけど、男っぽい格好だったから、スカート姿だと誰か分からなかった。


「デ、デート……! ち、違うわよルウロウ、これはシアンの生活必需品の買い出しで……」


「お姉様は騙されているんです! こいつは可愛い顔をして計算高い悪鬼ですから、知らない、分からないふりをして巧妙に誘い出し、お姉様をどこぞに連れ込んであんなことやこんなことを……ああああああ忌々しい羨ましい! なので護衛で私も行きます!」


 ルナが真っ赤な顔で手を振りデートという言葉を否定。


 デート? それって男女の? 


 はは、何を言っているんだルウロウさんは。こんな美しい大人の女性であるルナが、こんなガキみたいな俺なんかを相手にするわけがないだろう。


 王都のことを何も知らない俺を見るに見かね、仕方なく誘ってくれたんだろう。


 え、ルウロウさんも来てくれるのか?


「ちょ、邪魔しないで……あ、その、ルウロウも忙しいだろうし、私一人で大丈夫……」


「全っっっ然忙しくないです! 暇で暇で、どうやって悪鬼を爆発微塵にしてやろうか考えるぐらいしかやることはありません! さぁ行きましょう、それで何が欲しいんだ悪鬼。服だぁ? 確かに……貴様はお姉様の隣を歩ける、最低限の身だしなみを整えろ! だが忘れるな、あくまで主役は高貴な華であるお姉様、その華を引き立て、それでいて気品ある服装を……」


 ルウロウさんが俺の首根っこを掴み、ルナから引き剥がす。


「は、はい……!」


 なんかルウロウさんって、国を守る騎士さんのような、軍隊所属の雰囲気なんだよな……。


「ああもうっ……せっかくシアンと二人っきりだったのに……」


 後ろのルナがなんだかガッカリしているが、なんだろう。




 その後、二人の案内でお店を巡り、そこそこお値段のする服を何着か購入。


 ルナがすごい張り切ってお店を紹介してくれたが、彼女が行くお店は十六歳の男の子ではなく、十代前半の男女どちらも着れる系の可愛い感じの服ばかりで焦った。


 逆にルウロウさんは黒とか白とか多めのシンプル系のお店を紹介してくれ、とても助かった。


 どうやらルウロウさんには十八歳の弟さんがいて、よく服を買ってあげているそうだ。なるほど、慣れている感じのお店選別に納得。



「こんなものだろう。悪鬼とはいえ、着飾るとまぁまぁよく見える。さて、私は家族と約束があってこれで帰るが、どこにも寄らず真っすぐ帰るんだぞ。妙な色のホテルには近付くなよ、絶対に! あ、お姉様申し訳ございません。明日朝一番で起こしに行きますので、それでは!」


「あ、ま、待って下さいルウロウさん! これ、今日お付き合いいただいたお礼の焼き菓子です。本当に助かりました。おかげでたくさん良い服が買えました」


 さっき買ったロングコートを着ている俺を渋い顔でジロジロ見た後、ルナに満面の笑みを見せ帰ろうとするルウロウさん。


 妙な色のホテルって何だろうと一瞬思考が飛ぶが、俺は慌てて止め、今日付き合ってもらったお礼の焼き菓子を手渡す。


「…………焼き菓子か。何も入っていないだろうな。まぁ貴様にそんな度胸は無いか。いいだろう、今日のところはルナレディアお姉様の顔を立てて受け取ってやる。だが次は無いぞ、覚悟しておけ! フハハハ!」


 ルウロウさんが俺が手渡した焼き菓子の包みを太陽に透かしたりと不審そうに眺め、捕まった悪者のようなセリフを吐き、戦果物の焼き菓子を空に掲げながら背中を見せ、ゆっくりと歩いて行った。


 えーと、あの人女性だよな? 


 なんだろう、背中から漂うあの豪快な男感は……。



「ああもうっ……本当なら二人でニコヤカな感じでショッピングとか、甘いスイーツのお店とか行きたかったのに……」


 ルナが一応笑顔でルウロウさんを見送り、見えなくなった途端、ガックリと肩を落としてブツブツ言い始めた。


 あれ、もしかして他に行きたいお店があったのかな。


 でももう夕方だし、さすがに帰ったほうがいいのでは。


 その、リューネを一人にしておくのがすげぇ心配なのもあるし。



「ルナ。その今日は付き合ってくれて本当にありがとう。俺は王都のこととか何も分からないから、すごい助かったよ」


「え? あ、うんいいのよ、それぐらいお姉さん頑張っちゃうから」


 俺がルナの顔をしっかり見てお礼を言うと、いつもの笑顔に戻り、俺の肩をポンポン叩いてくる。


「それと……これ、ルナの好みが分からないから勝手に選んでしまったんだけど……」


 二人の目を盗み、ちょっとした時間でアクセサリーの露店で買っておいたネックレスをルナに渡す。


「シアン……これは?」


「王都で最初にお金を稼げたら買おうと決めていたんだ。ルナに出会わなければ、俺はファーマルで死んでいた。ルナが誘ってくれなければ、俺は王都に来れなかった。ルナが側にいてくれなければ、俺は冒険者になれなかった。今の俺があるのは、全部ルナのおかげだ。ありがとう。俺はまだ子供で、大人であるルナにどう感謝をすればいいのか分からなくて、一方的なプレゼントなんだろうけど、どうしても……お礼がしたかったんだ」


 今の俺からしたら、ちょっとだけお高い、ルナの魔法の色である緑のガラスが埋め込まれたネックレス。


 受け取ってもらえるだろうか……。


「……ああ……もう……なんて良い子なのシアン……。嬉しいよ、シアンが私の為に選んでくれたんでしょう? もうその気持ちだけで、何だって嬉しい。綺麗な緑のネックレス、ありがとうシアン。ふふ、もうつけちゃうね」


 ルナが少し目から涙をこぼし、それをぐいっと拭ってから俺があげたネックレスを首につける。


「ふふ、似合う? 嬉しいから今日からずっと使わせてもらうね」


 ニッコリと微笑むルナ。


  

 その後『月下の宴』の拠点である食堂に帰ったが、ルナは終始ご機嫌だった。


 リューネは俺がいなくてご機嫌斜めで、なだめるのが大変だったけど……。





 夜、俺はアクセサリーのお店で買っておいたもう一つの包みを開け、ポケットに入れる。


 父が好きだった赤色の装飾が入った指輪に、母が好きだった青色の装飾が入った指輪。


 いつか俺が生まれ育った場所、今は滅んでしまった街に行けたら、二人のお墓を作り、これを埋めてこよう。



「……父さん、母さん。俺、冒険者になったよ」



 俺は窓を開け、滅んだ街があった方向に祈りを捧げる。



















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