第4話 よう *視点移動あり
***
「ご無事ですか!」
「ええ。側仕えは何でここに?」
意識を取り戻した私は、仰向けの状態で側仕えと言葉を交わす。
「フードをかぶった怪しげな人物が、私にリーゼ様の状態を伝えてきたのです」
「フード……」
意識を失う前のことを思い出す。
「あと、その者から言伝を預かっています」
「言伝?」
側仕えは一呼吸置き、口にする。
「『苦労を歩んだ者同士の縁に免じて、私に関する新情報を漏らさないで貰いたい』とのこと」
その言伝から、私はある結論を導き出す。
私を助けたのはクロウだ。
彼は今、隠れて生活している。
彼の命を狙う組織に自分が生きていると気づかせないためだ。
協力を仰がないのは、巻き添えを恐れているのだろう。
事実、彼の国は滅んでいる。
「リーゼ様?」
私は弱った体を起き上がらせる。
「これから、とある者を秘密裏に確保するわ。私は対象の捜索と確保。側仕えには対象に関する徹底した情報統制の確立と、国外まで捜索する場合における問題の対処をお願い」
側仕えと顔を合わせると、彼女は呆然としていた。
それもそうか。
今日、息抜きの必要性を説かれたばかりなのに仕事を増やすのだから。
また、文句を言われるな。
「分かりました。どうぞいってらっしゃいませ」
「何も反論しないの?」
「そんな顔で話されたなら、私は反論のしようがありません。側仕えとして、それに同じ女として」
私は一体、どんな顔をしているのだろうか。
手鏡なんてものは持ち合わせていないから分からない。
側仕えに言えば、確認できるようにしてくれるかもしれない。
けれど、やめておこう。
分からないままでいい。
確認できなくていい。
彼の口から聞くまでの楽しみなのだから。
***
「いいのか兄さん。これから俺らが頼む酒を全部奢ってくれるなんて?」
「俺らまだまだ飲むぞ?」
「これからが本番だが、覚悟はあるのかい?」
酒場で飲んだくれる、三人組の男たち。
ほんのりと赤くなった顔で確認を求める。
「どうぞ。ぜひ僕の財布を空にするのを見せていただきたい」
「言ったな……そこの店員! これと同じ酒を三本! いや、この兄さんの分も入れて四本頼むわ!」
会ったばかりの男たちと同席。
しかも、酒を奢る約束を交わす。
一人で静かに飲むことが好きな僕には似つかわしくない状況だけれども、今は機嫌がいい。
なんたって苦労が消え去ったのだから。
リーゼに生きていると気づかせ、口止めもしといた。
これで罪悪感はなくなり、自国の話題が薄れるまで他国でのんびり暮らすことができる。
「それで、世界に存在する国々の情勢を知りたい。だったか?」
「はい。世界を旅する冒険者の皆様ならお分かりかと思いまして」
自国以外のことをほとんど知らない僕にとって、他国の情報は何より欲しいもの。
無駄に腹を満たす安酒の代金で手に入るなら安いものだ。
「そうだな。まず言えるのは、どこの国も半年前から劇的に変わったことだな」
半年前?
「記憶に新しいのは最北の国。あそこの女帝は、国婿候補の忘れ形見である首枷を身につけ、治安維持に奮起していたな。あれはすごかった」
首枷?
「いや、北西の国もすごいぞ。魔導兵器製造の先頭に立つ女魔導師が、その兵器を防ぐ魔導具を安値で販売しているからな。起動時、魔導具にロープのイラストが浮かび上がるのは謎だけど」
ロープ?
「いやいや、すごいという意味なら最南の国だろ。当時、世界最大宗教の聖女が突然、『神になられた』と、呟いたと思ったら、口枷を装着した神を信仰し始め、今じゃ世界二大宗教の一つになったんだから」
口枷?
思い当たる単語が次々と彼らの口から出てきた。
酒を飲んでもいないのに頭がくらくらする。
特に拘束具が出たあたりから、不穏を感じる。
まさかと思うが、本当にまさかと思うが――。
「ほら、酒の追加だ。飲み過ぎてぶっ倒れるなよお客さん」
店員の声に思考が途切れる。
「来た来た!」
「よっしゃ、もっかい乾杯しようぜ」
「何度目の乾杯だよ」
「せっかくだ。兄さんが乾杯の音頭を頼むよ」
彼らは僕の今までの苦労。そしてこれからの苦労を知らず、能天気に盛り上がっていた。
僕は流されるまま、自棄糞気味に杯を上げる。
「苦労塗れの人生に、乾杯!」
女傑の思い人 草映エル @kusabaeru
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