第3話 あらわす *視点移動あり
***
「リーゼ様。お休みは取られないのですか?」
「睡眠なら取っているわ」
「休暇ですよ。休みを取らず過激派の残党を追う日々。空いた時間はこうして鍛錬用の広場で剣を振るうばかり。たまには息抜きをしないと体に悪いですよ」
我が国は長らく戦争主導の過激派が政権を握っていた。
しかし半年前、過激派内部で仲間割れが起こり勢力は瓦解。
現在は穏健派が政権を握っている。
「私が休んだら、誰が過激派の残党を押さえるのよ。特に主力だった【
穏健派の兵士は弱い。
側仕えである彼女の方が強いぐらいだ。
「リーゼ様は穏健派に属しているわけではありません。確かに穏健派とは協力関係にありますが、そこまで身を粉にする必要はないでしょう」
「文句はいいわ。時間があるなら私の鍛錬に付き合いなさい」
側仕えは剣を手に取り、私と打ち合う。
「リーゼ様、今どんな顔をしているかご自分で分かっていますか?」
「何を突然」
「他国が誇る猛者に並ぶリーゼ様。私たち配下が生きて、リーゼ様が死ぬことはないでしょう」
何が言いたい?
そんな視線を側仕えに向ける。
「なのに、何で貴女は誰よりも死んでしまいそうな顔をしているんですか!」
側仕えの剣により力が入る。
「弔いのために必要な資金を条件に、穏健派と手を結んだことに文句は言いません。穏健派から渡された名剣よりも、忘れ形見である赤き剣を使い続けることも文句は言いません」
側仕えが押し始める。
「けどそれが、リーゼ様の障害となるのなら思い人のことは忘れてください。抵抗しなければ、私の魔法で記憶を消すことが」
私は聞くに耐えず、側仕えが持つ剣をはじき、己が剣を相手の首筋に向ける。
「それ以上話すなら側仕えでも斬るわよ」
「失礼しました。リーゼ様に息抜きを取らせたい余り出過ぎた真似を。気に入らなければその刃、私の首に当てても構いません」
この側仕えには本当に参る。
「もういいわ。しばらく私を一人にしなさい」
「かしこまりました」
側仕えは一礼し、広場を後にする。
遠くに行ったのを確認すると、私は視線を変える。
「いるのは分かっているわ。出てきなさい」
私の声に反応して、剣を携えた一人の男が姿を現す。
「【鉤爪】が一人で何の用?」
「目的はお前だ。【鉤爪】の有望株だった人斬りリーゼ。今は剣姫リーゼと呼んだ方がいいか」
私は剣を構える。
「半年前、組織を裏切った私を葬りにきたわけ」
「おっと、落ち着けよ。俺は勧誘に来ただけだ」
「勧誘?」
「ああ。実は俺、某国の諜報員でな。国へ帰る前に手土産の一つでも用意しようと思ったわけだ」
「悪いけど断るわ。見逃してあげるから去りなさい」
剣を抜かず飄々としている男だが、私の剣士としての勘が危険と判断している。
戦いは避けるべきだ。
男は間を空け、口にする。
「思い人が死に、しがらみが無くなったと思ったが無駄だったようだ」
思い人の話題に神経が研ぎ澄まされる。
「まさか、あんたが殺したの?」
男は考える素振りを見せ、にたりと笑みを浮かべる。
「そうだ――って言ったらどうする?」
「殺す!」
一足飛びで男に近寄り、剣技を連続で繰り出す。
剣と肉体に強化魔法をかけた戦闘スタイル。
これで数多の敵を斬ってきた。
なのに、動きを読まれているのか当たらない。
「俺に並ぶ強化魔法の使い手。普通に戦えば五分五分だが、冷静さを失ったお前に俺が負けることはない」
男の一太刀に私は深手を負う。
「悪いな。味方にならない猛者を野放しにはしない質でな」
走馬灯か。思い人の言葉が脳裏にめぐる。
『【鉤爪】にいるなんて大変だな。おすすめの茶を飲ましてあげるよ』
『苦労を歩む者同士の縁だ。クロウだけにな』
『とある国の言葉では、鉤爪のことをクロウって呼ぶんだ。ちなみに僕の名前もクロウで』
『駄洒落じゃない。立派な掛詞だ』
思い人と同じ場所に行けるなら死ぬのも悪くない。
私は力を抜き、目を閉じる。
直後、衝撃音とその余波によって生じた風が顔に当たる。
目をわずかに開けると、私と男の間に誰かが立っていた。
フードで顔が隠れて見えない。
「リーゼの部下か?」
「いや。僕はただの苦労仲間だ。クロウだけにな」
聞けるはずのない声を最後に私は意識を失う。
***
さて、どうしたものやら。
リーゼに死んだと思われていると知って罪悪感を抱いた僕は、彼女に生きていることを伝えようとこの国まで来た。
彼女が襲われているのを見て戦いに介入したのだが対応に困っている。
今は『怒り』で多種の攻撃魔法を扱っているが、相手の強化魔法で回避される。当たることもあるが、大したダメージを与えられない。
回避不可能な高威力の攻撃魔法を展開させることもできるが、周囲に多大な被害を及ぶ可能性がある。
国相手に喧嘩を売るのは控えたい。
その点を踏まえて、強化魔法を使うべきなんだろうが、強化魔法には『喜び』を引き出す必要がある。
いくら感情の制御が得意な僕でも、この状況で『喜び』を引き出すのは難しい。
仕方がない……。
僕は落ちていた剣を拾う。そして、
「ぐぁっ――」
勢いよく自分の足に突き立てた。
悲痛な声が広場全体に伝わる。
「逃げる足を捨て自分を追い詰めることで、力を極限まで高めたつもりか。そんな精神論で俺に勝てるかよ」
「勝てるよ。そのために悲痛な思いをしたんだから」
地面に現れる巨大な魔法陣。
瞬時、男は膝をつく。
「何だ、急に疲労が。これは……弱化魔法か。まさか、あれだけの攻撃魔法を持ちながら、弱化魔法も持っているとは……」
弱化魔法に必要な『悲しみ』を引き出すためとはいえ、悲痛な思いをしなければならないなんて、表出魔法は使い勝手が悪い。
男は力尽きたのか、その場に倒れる。
さて、本来の目的を果たすとしますか。
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