第2話 とらえる
「やっと……。帰ってこれた」
いろいろあって、自国に帰るのに半年。
何があったかは苦労を思い出すから割愛しよう。
国防を魔導具一つに任せていたが、見たところ被害はないようだ。
気になるのは、見慣れぬ簡素な建物や石碑があることだろうか。
それに国の建物が新築のように綺麗になっている。
いくつかの疑問を抱くが後回しでいい。
便意を催すサインが伝わったからだ
トイレに辿り着いた僕は、ズボンを下ろしてしゃがみ、実感する。
やはり、我が家が一番だ。
「君、そこで何をしている!」
穏やかな気分を害する男の怒鳴り声。
トイレの扉が勢いよく開かれた矢先、数人の男たちが僕を追い出す。
「どうだ?」
「だめだ。もう出してしまっている」
「しかも緩い。そのせいで便器に付着してしまっている」
この男たちは人の便を見て、何を評価しているんだ。
「とりあえず署まで来なさい」
「はい?」
男たちに掴まれどこかへ歩かされた。
「あの、ちょ」
「逃げても無駄だ」
「逃げません! 逃げませんからまず、尻を拭かせてください!」
「さて。君は今、不敬罪の容疑で逮捕されたわけだが、何か言いたいことはあるかい?」
「誤認逮捕は不敬罪に入らないのですか?」
簡素な建物に連れてこられた僕は、何故か取り調べを受けていた。
「ほう、罪を認めないと」
「ええ。むしろ逮捕するべきは、女を知らない純真無垢な青年の下半身を見た、変態警官たちではありませんか?」
目の前にいる変態警官の一人に向けて視線を強める。
「恥部を見られた君にも思うところはあるだろう。だが、神聖な場所を汚すという罪深き行為と比べれば些細なことだと思わないか?」
神聖な場所? トイレが? 確かに神聖な場所ともいえなくはないけど、本来の用途を忘れちゃいけないだろ。
そもそも――
「――近隣国の警官が自国で何をやっているのですか?」
この警官は、自国民ではない。
魔導具の機能で自国民以外の侵入はできないはず。
もちろん、強行突破すれば別の話だが。
「自国? いや、待て。その黒髪黒眼。まさか、この場所に住んでいた者か?」
「ええ、そうですが」
「そうか。では、話さなければいけないな」
警官は神妙な顔で語り出す。
「半年ぐらい前……。君の国は滅んだ」
はい?
唐突なことに、僕は言葉を失う。
「あれは突然だった。衝撃魔法を始め、火・水・風といった自然魔法。多種多量の攻撃魔法がここに向けて放たれた。その激しさ、近隣国である我々にも響く勢いだった」
僕が国防から離れている間にそんなことが。
この場合の責任は僕になるのか?
いや、悪いのは国を滅ぼした犯人だ。
僕は悪くない。
「狙われたのはここだけ。あらかじめ、国全体を覆う巨大な魔法陣を仕掛けてあったのだろう」
衝撃魔法や自然魔法による多種の攻撃魔法。
国全体を覆う、あらかじめ仕掛けてあった巨大な魔法陣。
…………。
……。
国を滅ぼした犯人――僕じゃない?
国を出る前、国防用の防御魔法を生み出すために、感情によって魔法の種類が変わる表出魔法を展開させていた。
でも、とあるアクシデントで感情をシフトさせ、国防用を破棄し、攻撃魔法を生み出した。
そのとき、感情を先に変化させたせいで自国に張っていた魔法陣が防御から攻撃に変わったのだろう。
表出魔法の力は防御用魔導具よりも上。
国を滅ぼすには十分だった。
ヤバい。家族にバレたら反逆者として処罰される。
「どうかしたのか?」
「いえ。ところで犠牲者は何人ですか?」
僕が犯人だとするならば、タイミングからして地上にいる人間はいなかったはず。
「国が更地になる威力。犠牲者がいても遺体は消滅して分からない。いや、少なくとも数人の犠牲者がいるのは確かだ」
「遺体は見つかっていないのに何でそう言い切れるんですか?」
「不思議に思わなったか? 国が滅んだっていうのに、風景は以前とほとんど一緒だ」
建物が新築のように綺麗と思っていたけど、話から考えれば新築そのものなわけだ。
なら、その費用は誰が出した?
更地から自国を復元するには、かなりの額が必要になる。
普通に考えれば自国の関係者であるが、父母は海外にいる。
兄姉は国が機能していれば出入許可期間まで時間はあると踏んで遠方にいる。
つまり、関係者である家族は国が滅んだこと自体知らないのだから、費用を出せるわけがないのだ。
「実はその犠牲者たちが、有力者らの思い人だったんだ」
警官によるその後の話はこうだ。
自国に攻撃魔法が放たれた際、思い人を心配して有力者らはその場に駆けつけた。
遺体は見つからなかったが、思い人に渡した装身具が見つかる。
装身具は強化魔法がかけられており判別はすぐについた。
その後、有力者らは同盟を結び、亡き思い人が眠る場所を慰霊碑として国の復元に至る。
有力者らの中に同じ国同士の者は一人もおらず、国同士が敵対関係にある者もいた。
けれど、同じ悲しみを共有する者同士、敵味方を忘れて亡き思い人を弔うことに力を尽す。
国を復元させたのは思い人たちが皆、僕と同じ黒髪黒眼。つまり、亡き国の民であったのが理由らしい。
今は有力者らの配下が持ち回りでこの場所を見守っているとのこと。
一通り聞いて、僕は安心した。
僕の表出魔法で死ぬような人は、家族にいないからだ。
装身具というのは、出入許可期間中に外部から頂いた物を指しているのだろう。
それにしても、まさか思い人の全員が僕の家族に属しているとは。
正直、驚いた。
とはいえ、一人は予想がついている。
長男だ。
彼は多数の女性と交流を持ち、いろいろな贈り物を受け取っていた。
腕輪や足輪、首飾り。
さらには、高級な懐中時計や希少なキーホルダーと様々だ。
装身具に偏りがあるのは、常に身につけてほしいという願いがあるからだろう。
羨ましいとは思わない。
長男と比べれば数こそ少ないが、僕にも雑談相手から贈り物は頂いている。
手枷、足枷、首枷。
加えて、頑丈なロープや珍妙な口枷。
装身具というより拘束具じゃないか。
そんなツッコミを入れずにはいられなかったが、悪気がないと判断し素直に受け取った。
贈り物の中で一番困ったのは剣。
当時、拘束具ではないことに救われたのが束の間、剣が赤色で気づきにくいが大量の血が付着していた。
加えて、僕が剣術に覚えがないと知るや否や、贈り主は会うたびに剣の指導を持ち出す始末。
あれは大変だったな。
過去の思い出に浸っていると、警官は難しい顔をしていた。
主君の悲しみを思ってのことだろう。
元気づけてあげるか。
「そんな顔をしないでください。もしかしたら、装身具を置いて遠方に出かけているだけで死んだとは限らないのですから」
「ありがとう。だが、他の有力者の思い人は知らないが、少なくとも私が仕える主君の思い人は死んでいるだろう」
数ヶ月後に主君の思い人がひょっこり現れたら、どんな反応をするのやら。
「だって、国防を担い国外に出ることはない人物らしいからな」
ん?
長男は国防を担う雑務なんてやったことがないはず。加えて、国外なんて頻繁に行っている。
それは他の兄や姉も同様だ。
…………。
……。
きっと、見栄を張るために嘘をついたのだろう。
うん。そうに違いない。
「本当に主君が不憫だ。何せ主君は長年、戦いを共にした赤き剣を授けるほどに、かの者を思っていたのだから」
んん?
嫌な予感がする。
「ちなみに、その主君のお名前は何ですか?」
聞かない方が身のため。
そう理解しているはずなのに、つい口が開いてしまった。
「リーゼ。剣姫の異名を持つ我が国が誇る女傑だ」
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