女傑の思い人

草映エル

第1話 くろう

「男の子と女の子、どっちが欲しい?」


 定期的に行われる父からの質問。

 成人した息子にはきつい。


「女の子が続いているから、私は男の子を産みたいな」

「いや、俺はなーたんに似た可憐な女の子が欲しいんだが」

「私だって、たーくんに似た凛々しい男の子が欲しい」

「なーたん……」

「たーくん……」


 息子の答えを聞かず、父と母は自分たちの世界に入る。


 白髪のない黒髪に、濁りのない黒眼。

 僕の兄や姉といっても不思議に思われない若々しい容姿。

 子供が二十人以上いるとは思えない。

 傍から見れば、ただのバカップルだ。


 これが小国とはいえ、国王と王妃なのだから僕を含む国民――親族が不憫だ。


 定期的、海外視察という名目で夫婦旅行へ行くのだが、このバカップルは毎度の如く赤ん坊を連れて帰ってくる。


 夫婦旅行というより子作り旅行だ。

 そんな元気があるなら、国内の雑務を全て僕に押し付けず、自分たちでやってほしい。

 僕なんて海外どころか近隣国にさえ行ったことがないのに。


「それで、どうだ? 男の子か? 女の子か?」


 意識を僕に戻したのか、父は再度聞いてきた。

 答えは決まっている。


「女の子」

「以前も即答していたが兄弟は似るとはいえ、さすがに妹に手を出すのは父としてやめてほしいもんだが」

「女好きの長男と一緒にしないでください」


 僕は女の子を欲しているわけでない。

 正確にいうならば、男の子を欲していないが妥当だろう。


 僕たち、子供の名前には規則性がある。


 男の場合は、生まれた順番+ロウ。

 女の場合は、生まれた順番+コ。


 例を挙げれば、長男にはイチロウ。長女にはイチコと名付けられている。


 安直な名前。

 名前は、こんな人生を歩んで欲しい。と、願いを込められることが多いが、僕の親は例外らしい。

 実際に、名前だけで必ずしも願いが叶うわけではないのだから。


 だが、僕の家系は違った。


 運命に決められているとしか思えないほど、不確定な存在が人生に大きく介入している。

 実際、僕を含む子供たちは名前に従った人生を歩まされている。


 次男、ジロウは痔瘻じろうに悩まされ、専用クッションを日々持ち歩いている。

 三女、サンコは山行さんこうにハマり、世界に点在する山々を登っている。


 そして九男。僕ことクロウは父母や兄姉の尻拭いという苦労を強いられている。


 これで十男、トロウが生まれるのであれば、その子は徒労な人生を送るであろう。


「よし、クロウの意見も聞いたことだし行こうか」

「ええ、そうね」


 両親は出かける準備をする。

 準備といっても、軽い手荷物ぐらいだ。

 見送りは僕と、雲一つない晴々とした天気だけ。


「忘れ物はないかしら?」

「おっと大事な物を忘れていた」


 父はそう言って、母を抱き上げる。

 両親による、お姫様だっこするための茶番劇。

 僕は何度、こんなのを見せられなければいけないのだろう。


「それにしても、こんな時期によく行けますね」

「こんな時期?」

「今は戦争の真っ只中ですよ」


 自国は戦争には不参加。

 けれど、自国周辺では攻撃魔法が飛び交っている。

 そんな中、国を息子一人に任せ、国王が海外に行くなんてありえない。


「我が国は中立国。それも、武神と呼ばれた王が支配する国に襲撃してくる馬鹿はいない。それにだ――」


 父は言葉を途切らせ、空を見上げる。

 僕もそれに倣うように見上げる。


 目に映るは、こちらに向かう攻撃魔法の代表例――衝撃魔法。

 近隣国同士の戦争で発生した流れ弾だろう。

 直撃すれば僕の屋敷が消滅する威力と見た。


 けれど、父はもちろん、僕も焦りはなかった。


 衝撃魔法が一定の距離まで近づくと、何かに阻まれたように衝突し、霧散する。

 そこには巨大な魔法陣が浮かんでいた。


「――我が一族だけが持つ、表出魔法の使い手がいれば問題ないだろ」


 表出魔法。

 自身が抱く感情の魔法的具現化を可能とする魔法だ。


 例を挙げるならば、


 『喜び』は強化魔法。

 『怒り』は攻撃魔法。

 『悲しみ』は弱化魔法。

 『楽しみ』は防御魔法。


 と、言った具合だ。


 今の現象は事前に設置しておいた表出魔法――防御魔法が、衝撃魔法に対応したことによるものだ。


「それにしても、父との会話に『楽しみ』を抱いているのは嬉しいもんだな」

「『楽しみ』なのはこの後に訪れる至福のひととき。対して父さんたちに抱いているのは、茶番を見せられた『怒り』だけですよ」


 表出魔法において、自身が抱く感情とは最も多く占めるモノを指している。

 今のように『怒り』を抱いても、僅差で『楽しみ』が上回っていれば攻撃魔法は発動されず、防御魔法のみが発動される。


「年々、親に対して物言いがひどくなっていないか?」

「そう思うなら、少しは自制してください」

「それは無理な話だ。では、私たちが帰るまで国を頼むぞ」


 父はそう言い残し、母を連れて高速度で駆けて行った。


「さて、僕は至福のひとときといきますか」

 

 至福のひととき。

 それは自分で整えた庭園を見ながら、茶を静かに飲むこと。


 自国は現在、外人に対して出入禁止期間に入っている。

 対象外である兄姉は期間中、遠方に行っているため帰ってくることはない。

 妹たちは成人するまで別の場所で育てられている。

 つまり、僕の時間を邪魔する者は存在しないのだ。


「あっ、お気に入りの葉っぱが切れてる」


 普段なら他の葉っぱで代用するがせっかくの時間だ。

 ひと手間かかるが、避難用から取り出すか。


 僕は屋敷の隠し扉を開き、地下へと向かう。


「あった、あった」


 地下には、先の見えない通路一本の両脇に置かれた必要品の数々。

 その中から目的の品を見つけ、地上への扉に手をかける。


「あれ? 扉が開かない」


 地下へ行く際に扉の開きが悪いと思ったが、まさかここで完全に開かなくなるとは。


 しょうがない。扉を壊すか。


 魔力だけは優秀な兄や姉がいるなかで、何故九男である僕が表出魔法を用いた国防を任されているのか。


 理由は一つ。


 感情の制御という点において、僕が誰よりも優れているからだ。

 感情を維持する力。そして、感情を引き出す力。


「毎度毎度、雑務を押し付けやがって……あの*****が! 僕は毎日、一度に一つしか発動できない表出魔法を国防のために使っているのに、あいつらは一度に二つ以上も発動できるくせに、私的なことにしか使いやがらねぇ!」


 僕は汚い言葉を吐き、『怒り』を増幅させる。

 元々、『怒り』はあったため容易だった。


 扉と距離を取り、手をかざす。

 そして、自国に設置してある表出魔法を破棄し、手先に展開する。


 瞬時、放たれる攻撃魔法。

 細かい設定をしていないため、魔法の種類はランダム。

 威力の高い衝撃魔法や火・水・風といった自然魔法。

 さまざまな攻撃魔法が一点に集中する。


 けれど、扉は壊れず攻撃前と変わらぬ状態。

 観察すれば、扉には強化魔法が展開されていた。


 父の仕業か。


 外部からの衝撃で必要品や地下の空間を守るために施したのだろう。

 変なところで王の務めを果たしやがって。


「別の道を行くとするか」


 この地下は避難用の通路。

 ならば、地上に繋がる避難先があるはずだ。


 万が一に備えて、表出魔法をいつでも使えるように、自国に割くのは止めておこう。


 国防のための防御用魔導具もある。

 表出魔法によって生み出されるものと比べれば、効果は弱いが流れ弾程度なら問題ないだろう。


 僕は必要なものを持ち、避難先に向けて歩き出す。

 まさか、今日の出来事が人生最大の苦労に繋がるなんて、このときは知る由もなかった。

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