第4話〖断絶〗

 楽しかった時間は終わる。目的地が近づいてきたので口を塞いだ。村の方が、何やら騒がしい。大人たちが集まって、何やらざわざわ騒いでいる。ガラ爺が私を見つけてよたよたと駆け寄ってきた。


 「ジュリー! よく来てくれたな。でも今日は早く帰って、村の人たちに王都の方へ避難をするように伝えるんだ」


 「避難? どうしたの?」


 いつになく真剣な眼差しでガラ爺は私を見る。悪い報せだということだけは、肌で感じ取った。


 「近いうちに、ここら周辺を中心とした総攻撃が始まるらしい。もう少し先になると思っていたが……」


 「総攻撃!? なんで!?」


 バスケットを落としかけてしまった。どうして、なんで。そんな私の問いに、ガラ爺は首を傾げた。


 「なんでって、そりゃ、戦争だからに決まってるだろう」


 せんそう。戦争。ガラ爺は当たり前のことを、当たり前に告げる。そりゃそうだ。戦争なんだ。壁の向こうには化け物がいて、私たちはそいつらを退治しなきゃいけない。


 でも、壁の向こうには彼がいる。化け物なんていなくて、優しい人がいるんだ。もし壁が崩れたら? 彼は歌声が届くくらい、すぐ近くに住んでいる。攻撃を受けて、無事でいられるのだろうか。いや、きっと無傷ではいられない。


 どうしよう。どうするべき? 総攻撃について彼に伝える? それこそスパイ行為だ。発覚したら、私は重罪を犯したことになってしまう。でも、でもでも、彼に無事でいて欲しい。私は、どうすればいい?


 悶々と考えながら、早めの帰路についた。彼とのやり取りが脳裏に浮かんでは消えていく。音で会話をしたことはないけれど、歌で繋がった不思議な縁は、いつしか私の宝物になっていた。簡単な挨拶と、ちょっとの雑談。それが私の癒しで。大切にしたくて。


 ふと、顔を上げるといつもの隙間に、手紙が挟まっていた。いつもは一日に一通なのに、今日は二通? なにか、彼からの大事なメッセージだろうか。


 急いで手に取って、中身を見る。


『〝ユーフォルビアの丘の上〟には、続きがあることを知っていますか? 恐らく知らないのかと思います。次にあなたがここへ来たら、歌って聴かせますね。忘れないように書いちゃいました。あなたがこの手紙を読んでくれていることを祈ります。それでは、また今度』


 追伸というのだろうか。おまけのような、短い内容だった。あの歌に続き? それは聞いたことがない。おじいちゃんは、『あの歌はお別れについて歌ったものなんだよ』と教えてくれた。私の記憶の中にある最後の歌詞は、〝泣かないで前を見て、僕たちは再会する〟だ。これに続き? そんなもの存在するのだろうか。


 彼は、ここで続きを披露してくれるらしい。でもそれは、きっと叶わない。だって、私は遠くに避難をしなきゃいけない。もうここには来られない。


 いつかまた会えたらにしよう。直接会えたら、教えてもらおう。


 だから、彼に無事でいてもらわなきゃいけない。やっぱりバレないように、こっそり、逃げるように伝えよう。早く家に帰って手紙をしたためないと。


 なんだか気持ちの整理がつかない。彼と内緒の交流をしてからかなりの時間が経った。そうか、この日々も終わりなのか……。


 ──彼と、また会えるのだろうか。私たちは傍から見たら敵国の人同士だ。それに、私が思ってるよりも戦況は激しくなって来ているらしい。もしこのまま、ずっとこの壁があったら? これが私たちの世界をずっと断絶していたら?


 ……やめよう。考えるだけ無駄だ。大丈夫。私たちはきっとまた会える。


「〝空は赤く、花は散る……。ユーフォルビアの丘の上で歌おう……〟」


 慰めるように、ぽつぽつ歌を紡いでいく。もう大きく口を開いて歌うことはできない。口にするのはきっと、これが最後。


「〝冬になって、ユーフォルビアの丘の上で、さようなら……。泣かないで、前を見て、僕たちは、再会する〟」

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