笑わない君の笑顔が見たいから

ますく

第1話 奇縁

 県立夏目坂高等学校。

 通称、夏高。


 いわゆる「自称進学校」である夏高は北館、中央館、南館の三つの校舎を、それぞれ渡り廊下が繋ぐ構造をしている。


 時分は昼休み。

 一年生の瀬戸せと洸大こうだいは蓄積した疲労を回復するため昼寝をすべく、とある場所に向かっていた。


 原因は昨日のバスケ部の練習だ。

 インハイ予選まであと一ヶ月となった今、練習メニューに気合いの現れを感じるようになった。

 休憩時間やオフ日もあるが、それだけで疲労が全回復するわけもなく。


 何より今日も練習がある。それもとびっきりハードな。

 放課後に向けて備えは必須。


 そう考えた洸大は、比較的時間のある朝とオフ日の放課後に独自に「昼寝に最適な場所」の調査を行った。


 屋上は施錠されて侵入不可。仮に開いていたとしても人気スポットだから昼寝には向かないだろう。

 中庭も同様。


 空き教室は使ってないだけあってホコリが溜まっていた。物がない分、周囲の音もよく聞こえてくる。


 そうして悩んだ末に、そこは偶然見つけた。

 北館の突き当たり、教室のとは違う扉を引けば、目的地である非常階段——で眠る見知らぬ女子生徒がいた。


「……え」


 想定外の事態に固まる洸大。

 しかしながら。

 冷静な部分で自分の失態に気付く。


 彼が行った調査は「朝」とオフ日の「放課後」のみ。

 肝心のこの時間、この場所に人がいるかどうかは確認していなかったのだ。


 無理もない。

 教室のある南館からも遠いこの場所は洸大がたまたま見つけただけ。探せばもっと昼寝に適した場所があるはずだ。

 それがまさか人がいるとは。


 踊り場に横になり、黒タイツに包まれた脚を階段に下ろす彼女は、リボンの色を見るかぎり二年の先輩。

 長いまつ毛に薄い唇。肩まで伸びる綺麗な黒髪が川のように広がっている。


 一目でわかる。

 めっっっっちゃ美人だ。


(よし……撤退だ)


 これだけ美人なら男女共に人気があるはず。

 起こして角を立てるような事をすればどうなることか。


 とは言え、今から新しく昼寝場所を探すには時間がない。

 一度戻って二階の踊り場に回り込もう。


 っていうか、なぜこの先輩は二階じゃなく三階の踊り場にいるのだろう? 二年生の教室は二階にあるから、普通に来れば二階の踊り場にいるはずでは?


 いや、やめよう。

 考えても仕方がない。

 

 振り返って洸大が大人しく帰ろうとした、その瞬間。


 パチッ、と彼女の両目が開かれ、金色の瞳と目が合った。


「……………………」


「……………………」


 気まずい。最悪だ。

 あらぬ誤解をされるかもしれない。


「えっと——」


「……瀬戸君もお昼寝に来たの?」


 名前を呼ばれた事に、洸大は内心驚いた。

 先輩とは初対面だ。事実、洸大は彼女の名前を知らない。


「えっ あ、はい……」


「一緒に寝る?」


 ふにゃふにゃした顔と声でとんでもない事を言われた。


「はっ!? いやいや、そういうわけには! 俺、二階の方に行きますからお気遣いなく」


「二階はやめた方がいい。扉がキーキー鳴ってうるさいから」


「あー。……だから三階に?」


「うん。疲れてるんでしょ? 嫌じゃなかったら隣で寝ていいから」


 そう言って彼女は僅かに横に移動してスペースを空け、再び瞼を閉じた。


(その言い方はなかなかズルい)


 これで帰ったら先輩と一緒に寝るのが嫌みたいじゃないか。

 しかもこの危機感のなさ。

 

 人気のない場所で男子と添い寝する。


 字面を見ただけで事件の匂いがする。

 それともただ自分の自意識過剰だろうか? いや、そんな事はないはずだ。


 頭をガシガシと掻きながらしばらく悩んで、結局は睡魔に負けて先輩の隣にお邪魔することにした。


 色々と疑問に思いつつ、やはり疲労のせいか。

 思考は長く続かず、洸大の意識は瞬く間に微睡みの中へと消えていった。

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