一部、義賊と正義

EP11.日常の話。ほんとに、なんでもない話。

 一行がチュリと別れた、その晩の出来事であった。宿屋へ向かう最中の出来事だった。

とある男の絶叫が、街中に響き渡ったのだ。


「なっ、何!?」


絶叫は宿への道のりの先から聞こえてきた。アカシャが叫び声の方へ行くと、そこには人だかりができていた。

そこでアカシャは概ね事態を察し、顔に影を落としつつ、一行の方へと戻って行った。


「おい逃げるなよぉ!楽しみはまだこれからだろう?」


下卑た笑い声をあげる、街エルフの男がそう言って、自身が踏みつけている、別の街エルフの男の身体に、鞭を叩きつけた。

鞭打たれた街エルフの男は悲鳴をあげ、鞭を持つ男に向かってこう叫んだ。


「い……いったいどうして、こんなことするんだっ!俺が何をしたって言うんだ!」


「何をしただぁ!?自分が何をやらかしたか忘れちまったようだなぁ!?」


そう言って男は二発鞭を打ち込んだ。服が擦り切れ、生々しい傷跡が衆目に晒される。人々はそれを抗議するでもなく、ただ見世物を見るかのように眺めていた。


「観客もいるようだから教えてやるよ!こいつは俺たちのギルドの開発中の魔法道具の設計図を、人間に横流ししたんだぜ!」


そう言って鞭打たれた男の頭を踏みつけた。踏みつけられながらも、男は抗議することをやめなかった。


「そっそれは、開発してる魔法道具が、暴走したら爆発する危険性のあるものだったからだろ!民間人に被害が出ないように、法的規制を求めるために、設計図を見せただけだ!」


「エルフの利益以外どうでもいいだろうがよ〜!そうじゃねぇ奴は、うちのギルドにはいらねぇんだよ!」

「そうだ、お前はいらない。お前は『いらない魔族』なんだ。」

「そしてほら、見ろ。」


男は踏まれる男の髪を掴んで、人だかりをぐるりと見渡させてみせた。


「魔族に見放された魔族を助けるやつなんて、誰もいない。何故だかわかるか?」

「魔族は人じゃあないからだ!だからお前をこの場で殺しても、憲兵は俺を罪には問わないのさ!」


そう叫んで男は高揚のあまり高笑いをした。つられて公開処刑を見物する、残虐趣味の民衆たちも笑い出す。その光景に踏まれた男は、呆然と絶望する他なかった。

それは、鞭打つ男の言うことが、自明の常識だったからだ。魔族は人ではないと、全ての国の法が定めているのだ。人間でないものは戸籍を作ることを認められず、法の庇護も規制も受けることはない。そのため、こうして魔族のコミュニティで問題を起こした魔族が、魔族の手によって公開処刑されることは、珍しいことではないのだ。それどころか、人間も魔族も問わず、この公開処刑を娯楽として消費する者さえいる始末だ。


「でもなぁ、あっという間に殺したんじゃ、面白くないからなぁ?」

「とりあえず鞭打ちあと二十発だ。それでまだ生きてたら、首を落としてやるよ。」


そうして、鞭打ちの音と、血が周囲に飛び散る音、民衆の歓声、そして男の悲鳴が、この街に鳴り響くのであった。



 アカシャは人だかりと絶叫を見て、そうした公開処刑がその場で行われていることを察した。そして踵を返し、仲間たちのもとへ戻り、遠回りをすることを提案したのだった。


「嫌なもん見ちゃった。この道は通らないで行こ。」


「そうですね、あれは見て気持ちのいいものではありませんから。」


パズルもソーンもカルロもそれに同意し、一行は回り道を探すことになった。

彼らはあの公開処刑に不快感を感じていた。しかしそれを止めることはしなかった。

止めたら、その街エルフのギルドと敵対することになる。無用な対立は避けるのが、冒険者としての賢い立ち回りなのもあった。

しかしそれ以上に、公開処刑が行われることに慣れすぎて、魔族が私的に処刑されることに、疑問を抱かなくなっているのだ。それほどまでに魔族の公開処刑というのは、日常的なものであったのだ。

男の叫び声は、だんだんとか細いものになっていく。それを耳にすることがないまま、アカシャ達は処刑場から離れていった。

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