EP10.チュリちゃんとのお別れ。あたしは母親にはならないよ。(3)
約束の時刻になり、一行はチュリを連れて再び川にやって来た。人魚の青年に声をかけると、しばらくして、人魚の男性二人が、一行の前に顔を出した。
「話し合った結果、チュリちゃんはうちの子になってもらうことになりました。うちは男同士ですから、渡りの子が来てくれるなら、その子を育てるのもいいかと思ったんです。」
「そうなんですね、名乗り出てくださって、ありがとうございます。」
パズルが代表して礼を言い、チュリを桶から川に流し入れる。ばしゃんと音を立てて川に入ったチュリは、すぐに環境に適応したらしく、のびのびとひれを動かしていた。
「……チュリちゃんのこと、どうかよろしくお願いします。」
一行は二人の人魚に頭を下げた。アカシャはしゃがんで、チュリに向かって告げた。
「新しいパパを大事にしてね。元気に過ごすんだよ。」
チュリは人魚の男性の一人に手を握られつつ、その言葉の内容を理解していないようだった。
「……さよなら!元気でね!」
そう言ったアカシャは立ち上がり、早足で川から去っていった。
パズル達はアカシャとチュリを交互に見つつ、重ね重ね引き取り手のカップルにお礼を言って、アカシャの後を追った。
アカシャは立ち尽くしていた。瞳からは涙が溢れ、拳を握りしめていた。
パズル達が追いついて、アカシャの切迫した表情を見て、彼らは言葉に詰まっていた。
アカシャは仲間に向かって言った。
「あたしだって寂しいよ……!でも、あたしはあの子のママにはなってあげられないよ……!」
「だってあたし、泳げないし、やりたいことだってある!ここに留まるわけにはいかないの!」
パズルはその言葉を受けて、落ち着いた声音でこう返した。
「人は愛する人と別れたとしても、次の愛する人を見つけられる生き物です。心配する必要はありませんよ。」
「アカシャさんは優しい人です。あなたはあなたが出来る限りの優しさをチュリちゃんに提供したと思います。」
「これ以上チュリちゃんにしてあげられることがないのは、それが僕らの限度だからです。限度を超えて人に尽くすことは、良いことではありません。」
「あなたは母親になる必要はありません。あなたは人として、最大限の優しさを尽くしました。どうかそれを誇りに思ってください。」
それを受けて、アカシャはぐしぐしと袖で涙を拭った。
「そうだよね……!あたし達、よくやったよね……!」
「そうだぞ。」ソーンが口を挟む。
「魔族の赤ん坊一人のために、どれだけ移動してきたと思ってるんだ。ゲートキーパー組織が金出してくれてたのを差し引いても、お人好しじゃなきゃまずやらねぇよ。」
「だからちゃんと自覚しとけ。お前は人のために動いちまうバカだってことをな。」
カルロも言う。「幼子の未来のために動く美徳は、母親だけのものではない。全ての大人の美徳だ。」
「その責務を立派に果たし、里親の元に引き渡したのだ。我々は人として為すべきことを為したに過ぎないのだ。罪悪感など感じる必要はない。」
「……!うん!そうだよね!」
アカシャの顔に笑顔が戻った。それを見て、三人も胸を撫で下ろした。
「街に戻りましょう。チュリちゃんは無事に渡せましたが、ゲート調査の任務もあります。明日からはその仕事をすることになりますから。」
とパズルが休息を促す。一行はそれに従い、取っておいた宿屋への帰路を歩み始めた。
幼子を護送する旅はこれでおしまい。けれど彼らの物語は、まだまだ続くのだった。
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