EP10.チュリちゃんとのお別れ。あたしは母親にはならないよ。(2)

 テーブルに並べられているのは、水鏡川で採れた魚の塩焼き、海から届いた干し貝柱のリゾット、香辛料の添えられた羊肉の串焼き、ドライフルーツのヨーグルト和えなど、北方と南方の文化が融合した、珍しい美食の数々だった。


「スパイスはチュリちゃんには刺激が強くない?これ頼んだのカルロでしょ。」アカシャが指摘する。


「懐かしくなってつい。スパイスは別添えにしてもらったから、大人だけ付けて楽しんでくれ。」


「まぁ何はともかく、チュリの送別を祝って」


「「「「かんぱーい!!!」」」」


そう言ってチュリに持たせたグラスをぶつけ合う。大人は麦酒、アカシャはジンジャーエール、チュリにはリンゴジュースが注がれたグラスで、それぞれ喉を潤した。


「そういえば前から疑問に思ってたんだが、生まれたての赤子なのに、チュリは魚とか食えてたよな。」ソーンが尋ねる。パズルはチュリに焼き魚を渡して答えた。


「人魚は基本的に肉食ですから、赤ちゃんでも鋭い歯が生えてるんですよ。僕らみたいに、子供が母乳で育つ生き物じゃないんです。」


チュリは渡された焼き魚を美味しそうに頬張っている。パズルの指摘の通り歯が生え揃っていて、問題なく魚を咀嚼しているようだった。


「こっちの肉の串焼き、結構肉が硬いが問題なさそうか?ああこのスパイスの香り、懐かしい……!」


カルロが郷愁に浸りつつも、チュリに串焼き肉を勧める。子供でも食べやすいように、串から外してチュリの皿に乗せた。


「このリゾットも優しい味で美味しい!ほらチュリちゃん、あーん」


アカシャがリゾットを匙で掬ってチュリの前に出す。様々なものが皿に置かれる中、チュリはリゾットを真っ先に食べることを選んだようだった。


「チュリちゃん、アカシャさんに一番懐いてるみたいですね。」

「なんだかんだ一番アカシャが気にかけてたからな、当然だろ。」

「一番親しみやすいのは間違いない。」


口々にアカシャとチュリの仲の良さを褒め称える。それにアカシャは喜びつつも、内心は少しだけ困ってしまっていた。


「えへへ……でも、あたしは川の中にはいられないから。ずっと一緒にはいてあげられないよ。」


アカシャの正論に、別れの寂しさが一瞬舞い戻ってきてしまう。それを打ち破るように、カルロが立ち上がった。


「よし、それならせめて楽しく送り出そうではないか。ここで一曲、私からチュリに送ろう!」


そう言ってカルロは楽器を構え、軽快な曲を奏で始めた。楽しいリズムが食堂中に響き渡り、アカシャたちはもちろん、他の客たちからも手拍子が聞こえてきた。

曲が二度目のサビに差し掛かり、観客のボルテージも高まってきた頃、チュリも楽しげに手拍子を打ち、身体を揺らしていた。ゴトゴトと桶が水を溢しながら揺れる。そして遂に、桶がバランスを崩れて倒れる━━寸前でアカシャがチュリを受け止めた。

桶は倒れ、中の水が床にぶちまけられる。アカシャに抱き留められたチュリは、いつのまにか桶を自力で倒すほどに大きくなっていた。

その出来事に演奏が止まる。沈黙が、別れの必要性を雄弁に物語っていた。


「━━チュリちゃん、こんなに大きくなってたんだねぇ。」

「良かった。でも、だからこそやっぱり、この桶に入れておくわけにはいかないね。」


そう言ってアカシャはチュリを抱きしめた。そんなアカシャに向かって、チュリがこう呟いたのだ。


「……まま?」


その言葉に、アカシャは肝が冷える思いをした。チュリを愛しいと思う気持ちはあった。けれどチュリのためにこの地に留まるつもりはなく、アカシャは夢のためにチュリと別れるつもりだったのだ。

アカシャは笑顔を浮かべて言った。


「━━ママじゃないよ。その言葉は、これからあなたのママになる人に言ってあげて。」


そう言ってアカシャはチュリの頭を撫でて、桶に戻した。いつの間にかパズルが店員に頭を下げて、床を拭いてもらっていた。

アカシャたちの心中は複雑なまま、夕暮れまで時間を潰したのだった。

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