EP8.地理と歴史の話。なんかむつかしー。(2)
「おっと、すまない。それで、何の話をしていたんだ?」
話を元に戻そうとする二人に、子供の一人が口を挟んだ。
「でもこれって、東の方の話なんでしょ?西はどうなってるの?」
その言葉を聞いて、ソーンとカルロの二人は表情が凍りついた。二人は目を合わせ、「俺が話す」と、ソーンは再び話し始めた。
「基本的には同じだ。北はノルド王国、南は国がたくさんというのは変わらねぇ、ただ……西は荒れてるんだ。」
「荒れてるって、どういうこと?悪い人がいっぱいいるってこと?」
「だいたいあってる。というか、いたんだ。18年前まではな。」
「今から35年前、ウルブズベインという魔王が現れて、魔族だけの国を作ろうと、西方一帯で大暴れしたんだ。」
「ウルブズベインは最終的に、西方のほぼ全域を手に入れた。このまま東の方も飲み込まれるんじゃないかって、昔はピリピリしていたもんだ。」
「そのウルブズベインは18年前に討たれたが、西方はまだ荒れっぱなしだ。だから大人はみんなこう言うはずだ、『西方には近づくな』ってな。」
重い話に、子供達の間で沈黙が流れる。それを遮るかのように、ソーンは話を続けた。
「元々の話、ドラゴンについてだったな……。ドラゴンは、魔王ウルフズベインが使役していたことで有名なんだ。」
「関係ないドラゴンはその辺に生息してはいるが、この世代の大人は、皆ドラゴンを見ると、あの魔王を思い出す。」
「だから大人の前で、あんまりドラゴンの話をするな。おじさんからの忠告だ。」
子供たちはそれを聞いて、悲しそうな顔をしていた。そんな中、一人の子供が口を開いた。
「魔王って、なんでそんなに悪い人なの?魔族だけの国って、あったらいいなって、私は思うんだけど。」
その子供はカルロに、訴えるような目線で尋ねた。カルロはその質問に答えることができずに、目を背けるしかなかった。代わりにソーンがこの質問に答えた。
「確かにな……だが、魔王がやりたいことは、魔族と人間の立場を逆転させることだ。」
「魔族が人間を支配する……そういう国を作ろうと、あの魔王はしたんだ。」
「それは、本当に良いことじゃない。それに、そうやって支配しようとする魔王は、本当に人間と仲良くしたい魔族とも敵対するって、わかるだろう?」
「だから魔王は、最終的には討たれたんだ。魔族とも人間とも、敵対する存在だったからな。」
「ふーん……。」
問いを投げつけた子供は不服そうだった。その態度だけで、彼らが幼いながらに人間を嫌っていることが、よく読み取れた。
「まぁ気持ちはわかるが、一番良いのは、誰も嫌な思いしないことだろう?嫌な思いをする立場が逆転するだけじゃ、本当の解決にはならないんだよ。」
そう言ってソーンは、魔族の子供の頭を撫でた。
アカシャとパズルも、買い出しを終えて戻ってきたようだ。話を終えるにはちょうどいい頃合いだろうと思い、二人は魔族の子供たちと別れた。
馬車を引いている最中、カルロはソーンに語りかけた。
「意外だったよ。君がそんなに思慮深い人物だったとは。魔族とは、ほとんどが魔王に内心では共鳴するようなものだと思っていた。」
それを聞いてソーンは、珍しく機嫌を損ねることもなく、言葉を返した。
「……魔王が存命だった頃、一度だけ西方に行ったことがある。」
「そこでの人間の扱いは、人間が魔族にする扱いとはまるで違う……。奴ら、人間をドラゴンの餌にして、その光景を笑って見てたんだ。」
「俺はそれだけはダメだった。理由とかなしに、生理的に受け付けなかったんだ。」
「だから俺は、魔王が討たれて、良かったと思ってる。……もちろん、そうじゃない魔族もいるだろうがな。」
カルロはあまりに凄惨な話を聞いて、思わず言葉を失った。しかしなんとか言葉を搾り出し、ソーンに答えた。
「……そうか。」
「チュリは……そんな魔王なんかと関わらずに、元気に育つといいな。」
「……そうだな。」
魔王への敵対心は、幼い命が無事に育つことへの願いへと変わっていく。二人は、憎むべき悪意の存在を確認しつつ、今すべきことを再確認したのであった。
水鏡川への到着まで、あとほんの僅かだ。
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