EP6.人間と魔族を仲間に入れたら、やっぱり喧嘩し始めた件について (2)

「はぁ……ううん、いつかこうなるとは思ってたけど、まさかこんなに早く起きるなんて……。」


アカシャは頭を抱えている。それに対してカルロは、悪びれる様子はない。


「気にするな。感情的なのは、庶民なら普通のことだ。」


「あなたも大概悪いからね!?」


「なっ!?」


アカシャはカルロを叱りつつ、自身も小刀を取り出し袖捲りをして、兎の解体を始めた。


「出会った時から思ってたけど、あなたって魔族のこと見下してるよね。なんで?」


「別に見下してはいない。正当な扱いをしているだけだ。」

「魔族は勝手にやってきて、人の世を荒らしていく存在だ。なのにそれを弁えようともしない。ならば野蛮だと見做されるのは当然では?」


ああなるほど、王族から見たら、魔族はそんな風に写っていたのかと、アカシャは妙に得心していた。

アカシャは自分も魔族であることを話そうかと思っていた。しかしカルロには、人間だと勘違いされていたままの方が都合が良いと、それを聞いて感じていた。

カルロの言い分にも理があるように感じられた。けれどそれには、重大な視点が欠落しているとも感じていた。


「魔族って、来たいと思ってこの世界に来たの?」

「例えばあの人魚ちゃん、森の中で渡ってきたのを、たまたますぐ見つけたから、まだ生きてるんだよ。あのままあたし達が見つけなかったら、干からびて死んじゃってたと思うよ。」


「……それは。」


「魔族がなんで来てるのかなんてわかんないけどさ、この世界に来たことの責任を魔族に問うのは、違うんじゃないの?」

「人間と違って、みんながみんな望まれてここにいるわけじゃないんだよ。」


アカシャはカルロの表情は見ずに、淡々と兎を解体していく。カルロはアカシャの話を聞いて、自分の中の価値観が揺らいでいた。


「ならばどうすればいいのだ。私は、人間というだけで嫌われていたように思う。私が何もしていないのに警戒されるのは、理不尽ではないか?」


「それはもう、こっちが損するしかないんじゃない?」


兎を解体し終え、カルロの方へ向く。


「よく知らないけど……ソーンは、人間にいっぱい嫌なことをされて来たんじゃないかな。」

「その皺寄せをいい人間が食らっちゃうのは、しょうがなくない?誰がいい人間かなんてわかんないんだから。」

「あたし達が我慢するしかないよ。」


カルロの手元にある兎はというと、概ね解体が終わり、後は胴を半分に切り離すだけとなっていた。やり方わかる?とアカシャに尋ねられ、カルロは頷きつつ答える。


「人間がした加害のしわ寄せは、人間に行くのも道理……か。」

「……私は、これまで生き物の死体に触れたことがなかった。」

「まだ体温がある、解体を試みれば血塗れになる、内臓には食ったものが入っていることを、初めて知った。」

「……生きることとは、生々しいな。」


そう呟いて、カルロは兎の胴を切断し、全ての兎の解体を終えた。



 ソーンはカルロの声が聞こえなくなるくらいの遠くまで歩いた後、落ちていた倒木に腰掛けた。パズルが広い歩幅のソーンに必死で追いつきながら、少し息が荒くなった様子で後をついてくる。


「……ついてくんなよ。」


「そうは行きませんよ、まだ頼んだ仕事の最中なんですから。」


「……チッ。」


パズルも追いついて、ソーンの隣に腰掛ける。しばらく沈黙が流れ、草同士が擦れ合う音が響いていた。

パズルがおもむろに口を開く。


「僕はゲートキーパーって、安定した仕事に就いてますけど、それでもやっぱり人間とのこういう揉め事はあります。」

「嫌ですよね、本当に。」


「……ああ、それはもう、うんざりする程に。」


再び草のざわめきが耳に入る。今度沈黙を破ったのはソーンの方だった。


「……あいつ、いい奴だと思うか?」


「それは……」


パズルの答えは「そう思う」だった。カルロの傷を癒した時、彼は酷い怪我を負っていた。それを恐れずに行動する勇気と、迷わず魔族を助けられる善良さは、彼を採用する時によく考慮したことだった。しかし、それを言えばソーンが腹を立てると思ったので、パズルは言葉を濁すしかなかった。

そんな様子のパズルを見て、内心を察したソーンは続けた。


「俺は、いい奴だと思う。あんなクソ弱えのに立ち向かってくるし、子供を守るために動ける奴だ。」


「なら、どうしてあんな態度を……?」


「……認めたくねぇんだよ、人間にもいい奴がいることを。」

「なんで俺の周りに来る人間はクズばっかりなのか、人間が皆悪い奴なら、そういうものだって割り切れるだろ。」

「あいつは……紛れもなくいい奴なんだ。ただそれと、魔族を見下すことが両立してやがる。」

「それが一番腹が立つ。」


「……そう、ですね。」


善良さと無理解、無関心が両立する事実を、二人は重々しく受け止めていた。自分たちに向けられる侮蔑の目に、悪意が籠っていないこともあることが、いっそう彼らを困惑させていた。

パズルが口を開く。


「本当にいい人なら、きっといつか、僕らのこともわかってくれますよ。」

「もう少し、一緒に過ごしてみませんか。賭けだと思って、付き合ってもらえませんか。」


「……何を賭けるんだ。」


「そうですね、僕が負けたら、新しいものを一つ、何でも買ってあげますよ。ソーンさんのもの、随分使い込んでるものが多いでしょう?」

「何でも?言ったな?……そこまで言うなら乗ってやる。」


「言いましたね。そっちは負けたら、僕に何してくれるんです?」


「何って言われてもな、お前の欲しがりそうなものなんざ見当つかねぇし……また荷物持ちでも、三回回って吠えろでも、好きに命じればいいさ。」


「ふふっ、覚えておきますね。」

「戻りましょうか。向こうもそろそろほとぼりが冷めたことでしょう。」


「……はぁ、仕方ねぇ、これも仕事だ。最後まで付き合ってやるさ。」


パズルとソーンは、二人の待つ馬車へと戻っていった。

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