第25話 本当の、初めての、僕だけの


 ケンは地を蹴り、粉砕。

 持ち得る身体能力を余すことなく使い、シスターに肉弾戦を仕掛ける。


「────ぉぉらぁ!」


 ケンの権能は現在三つ──いや四つ発現している。


 一つ目が狼化の力だ。

 半分狼に変身することで、爆発的な身体能力を会得している。

 それだけでなく嗅覚や聴覚、視覚とありとあらゆる感覚が強化されている。


 獣的な俊敏さを持ってシスターを翻弄し、隙を狙って拳を叩き込む。

 無駄だと分かりつつも、チャンスを狙って徹底的に攻めていく。

 再生は無限だとしても、それに消費する力は莫大だ。

 最初こそ異次元的な、不老不死を体現する速度で治癒していたが、今ではゆっくり時間をかけて治している。


 その程度の治癒能力ならば、そろそろ戦闘不能に追い込めるかとも期待したが、


「髪自体を操ってるわけじゃあねぇのか」


 シスターは自らの影を身体へと伸ばし、負傷箇所を包み込み、バキボキ、と音を立て無理やり形を整える。

 その様は影の鎧を纏ったよう。

 手のひらを開閉し、問題ないことを確認すると、再び殴り合いが再開する。


 意味のないように見えるこの戦い。

 ここで、シスターに継戦能力があることが判明した今、状況は覆される寸前だ。


「ハァ……ハァ……くそ」


 第二の権能。不老不死。

 ケンは歳をとったのに不老とはこれ如何に。

 兎も角、ケンとシスター、共にある能力であり、端的に言えば瞬時に傷を治す能力である。

 獣の身体能力上昇と掛け合わせれば、怪我を恐れない恐怖の狂戦士バーサーカーを生み出す恐ろしい権能だが、その力にも限界があった。


 ケンも目に見えて治癒能力が下がり、血は凝固せずポタポタと流れ始め、息が上がってきた。

 対するシスターは影の鎧で身体を無理やり動かして、ついでに防護を固めている。


(────────固ぇ!!)


 影の鎧は衝撃を伴うケンの拳を通さない。

 鉄の鎧であれば、砕けずとも衝撃のみを体内へと伝える技だが、影はその限りではない。

 自然の法則を超越した魔術で動いているのだから、当たり前と言えば当たり前だが、その事実がケンを強く苦しめる。


「くっ!?」


 緩慢な動きでありながら、着実に死へと追い込もうとするシスターの攻撃は会得した身体能力と反射でどうにか捌くが、意識外からの攻撃がケンの腹部を掠めえぐった。


 視線を走らせた先、抉った正体は影の鎧だ。

 そこから伸びた影の蛇がケンの腹部を喰らったのだ。

 だが髪の毛という媒体がないからか、影の蛇はすぐに霧散した。


 ケンの反射で致命傷は回避したが、やはり回復が遅い。

 時が遅くなるような感覚と共に、ケンは思考する。


(厄介だ……影を操る力)


 攻撃の手段を増やし、防御に回れば鉄の鎧を遥かに凌駕する硬さ。

 ケンはその力を万能と感じていたが、実際は不便極まりないものである。

 長時間形を保てない影は媒体が無ければ霧散する。

 シスターが影の媒体として髪の毛を利用した一方で、ドゥルキュラは血を使っていた。


 血影ブラッドバッド

 血を操る権能を共に用いる事で、強力な攻撃と防御を兼ね備えた彼を象徴する技だ。

 シスターに血を操る能力がなかったのが幸いか。

 髪の毛を失ったシスターに影の媒体とするものは消え、攻撃に転じる際も素早い攻撃も今までのような多頭の蛇を展開するといった芸当は出来ない。

 せめて体に纏い、鎧とするのがせいぜいだった。


 その鎧の攻略をするには、ケンの三つ目の権能、衝撃波こそ鍵となる。

 ケンはそう考えた。


(何かが違う。魔力の核心を掴んだ今、明確にわかる事違和感)


 言葉で言い表せない正体のないソレに、ケンは勘で気付いた。

 そもそも衝撃波の命名自体もノリと勢いだ。

 なんとなく“出来そう”という発想から生まれた。

 獣の第六感がなせる事なのだろうが。


(俺の魔術は──何か欠落している)


 その時ふと、カリストとの特訓を思い出した。


 魔力の核心を掴む修行。

 その際に用いたのは水晶玉だった。

 手を翳し、上手く魔力を循環させることができれば、水晶玉が青く光るのだとか。

 それを信じ、水晶玉に向かい続けること五日。

 ケンは火種ほどの光も点けられなかった。


『あんたは本当にセンスがないのねぇ。頭で理解してても出来ないんじゃあ、私が教えられことなんてないわよ』


『そんなこと言ったってなぁ……そもそも魔力って僕にあるのか?』


『疑う気持ちがわからないでもないけど、生きてる以上魔力はどんな生物にも流れてるわ。そこを歩いてる虫でさえもね』


 ケンの傍らを行進する蟻の群れ。

 カリスト曰く彼らにさえも魔力が宿っているという。

 にわかには信じがたいというようにケンは目を細めた。


『はぁ。あんたには敢えて教えてなかったけど、今やってるこの修行こそ魔術学校では鬼門とされている、らしいわよ・・・・・


 慰めるにしても、フワッとした擁護にケンは小首を傾げる。


『らしい?』


『仕方ないでしょ、私は独学なんだから! 学校なんて行ったことないし、いつの間にか魔術使えてて、その後に知ったのよ。魔力の核心を掴むことが出来ない人間の方が圧倒的に多い。その理由は一つ』


 顔を真っ赤に怒るカリスト。

 確かに、彼女含め魔殺しの子供達ベナンダティは皆学校には通っていない。

 各支部のシスターやブラザーが子供達に戦い方の基本を教える。

 そして本格的な悪魔との戦いは先輩との合同任務で覚えていくのだ。


 それを踏まえると明確な師匠の存在無しに、数字持ちと呼ばれるほどまで強くなったカリストと一番目ウーヌスは一体どれほどの努力を要したのか。


 ケンには想像も出来ない。

 だから、彼女のこれから言う言葉にも、


『これは一を掴む修行だから、よ』


 全くピントは来なかったのだ。


(思い出せ……魔力の核心は一を掴む修行……魔術とは何かを)


 カリストは言った。

 魔力の核心とは一であり、魔術とは一足す一の解であると。


『詠唱を計算式とするなら、魔術は解。その詠唱に使う数字を探し出すのが魔力の核心を掴むと言うこと。だってそうでしょう? 一がわからない人間に、一足す一を教えても何の意味もないじゃない』


 カリストは言った。

 魔術は奥深いが、全て合理的であると。

 神秘的な現象を引き起こす魔術こそが、最も合理的に組み立てられた世界なのだ。

 であるならば──自分に何が足りないのか。

 答えは、すぐそこにあった。


『その言の葉に力が込められたものであればあるほど、本来のもの以上の力が出るのよぉ。』


 一番目ウーヌスはいった。

 魔術に於ける詠唱の重要性を。


 それをカリストの話と繋げるのであれば、それは。

 魔術の名自体も重要である証左ではないか。


「俺はまだ──魔術を使ってない・・・・・・・・のか」


 そこに気付いた瞬間、随分と問題は簡単に見えた。

 技名を作り出す。

 己が心にある、その真髄を引き出して。


 一番目ウーヌスの技のキレを見た時、初めて感じたものは何か。

 自身を象徴とするのは何か。

 そもなぜ衝撃波なのか。シスターと共に使えるこの衝撃の正体は何か。果たして本当に、そんな単純なものなのか。

 吸血鬼。その力を模索せよ。

 自分が一体何に噛まれていたか。

 その根源を思い出せ。


 魔術とは──世界に神秘を証明する行為だ。

 これから行うのはケンだけの魔術。

 ならば、自分だけの名前が必要なのは道理だった。


 一番目ウーヌスから教わったこと。

 カリストから教わったこと。

 その全てを合算し、導き出せ。


 ──最適解を。


「aaaaaaaaaaa!!!!!」


 シスターの咆哮が世界を揺らす。

 理解する。もう時は動き始めた。

 脳の回転に使う栄養はとうに枯れた。

 ならば後は、直感に任せて飛び込むしかないだろう。


 構えるは拳。

 身体を捻り、貯蓄する力を限界まで引き留める。

 爆発させ、大地を割り、激突。

 影の鎧を纏うシスターを撃ち破るには、影の鎧を霧散させるほどの衝撃を生み出さねばならない。

 だから──今こそ、真の名を持って撃ち放とう。


 第三の権能、衝撃波──否、コレは蝙蝠こうもりが扱う超音波。その拡大能力。

 それこそ──空間の震動。


「────────狼魂のソウルブ


 込められる魔力は変わらない。

 しかしその拳に顕現するのは狼状の魔力だ。

 真の名を告げられ、世に生み出されし狼の産声が今。


激震ショック・アウト!!!!」


 影の鎧を撃ち破る。


「────がっっ!!?」


 分子レベルで震動を引き起こす音波は影の鎧を崩壊させ、正拳突きの衝撃を心臓へと到達させた。

 シスターの回復能力はもうほぼ尽き、影の鎧も消し去った。

 なのに。そこまで追い詰めて尚。


「aaaaaaaaaa!!!!!」

「が…………ふ」


 勝機見たりと、シスターの腕がケンの腹部を貫いた。

 もう両者とも殴り合うだけの力はない。

 ガタリと、力なくシスターに倒れ掛かる。

 力が失われていくように狼化が解けていく。


 勝ちを確信したシスターの顔は笑みに歪んだ。

 ──はずだった。


「想定済み、と言ったら嘘になりますかね」


「ナっ……」


「本当にあの一撃で終わらせるつもりだったんですけど、さすがに慢心が過ぎましたか」


 シスターは暴れる。

 しかしガッチリと腕で捕まれ、かつ腹筋で固定された腕が抜けない。

 離れようにも抱きつくように取りついたケンを振り解けない。


 ケンの背を切り裂き、足を踏みつけ、何度も噛みついて、抵抗する。


「シスター」


 だがケンのその言葉に、停止する。

 あぁ──これはもう。


「ありがとう……ございました」


 そう言って、ケンはシスターの首筋に噛みついた。


 ──第四の権能。吸血。

 これはケンが初めて意識して行う吸血であった。

 みるみるうちに力が吸われていく。

 身体に存在していた吸血鬼の力が失われていく。


 その喪失感にシスターは暴れることをやめ、


「あァ」


 ただ、一言。


「芽吹いた、のね」


 それがシスターの最後の言葉だった。

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