第24話 爪と髪と咆哮と


 ケンの姿は成長していた。

 白髪の髪先には銀髪が生え、肩ほどまで伸びている。

 耳と尾が生え、瞳は獣のそれだ。

 身長が十センチほど伸び、筋肉質になった身体つきと少し大人びた顔は、今までのケンとはまるで違う。


 ポリポリと足で頭を掻く様は本物の獣のよう。

 気まぐれに欠伸をしては、戦闘の緊張感を削いでいた。


「……ナンダ、コイツは」


 シスターが呟くそれは本質的なものだ。

 外面は勿論のことそうなのだが、中身が変質した。


 瞳をなくしたシスターは二つの方法で周囲の状況を把握している。

 その一つがドゥルキュラから受け継いだ権能の一つ、魂の探知だ。

 暗闇の中に様々な魂の色が浮かび上がり、その位置で大まかな場所をワテリングは把握している。

 だからこそ、おかしいと感じる。


 ケンの魂の色が白から銀へと変わったのだから。


「掴んだぜ。これが核心か」


 ケンはいつもの優しい表情ではなかった。

 荒々しい、野生みを感じさせる笑みで笑う。

 その笑みを不審に感じたのか、初めてシスターは対話した。


「何の話ヲ」


「決まってんだろ」


 ケンは何かを確かめるように手を開いたり、握りしめたり。

 子供のような無邪気さで、言う。


「魔力の“核心”──だよ」


「────────!」


 瞬きほどの時間。

 シスターに肉薄したケンが振りかぶる拳には、見慣れない歪み。

 共に発生する耳をつんざく嫌な音。


「衝撃波!!!」


 言葉と共に放たれる拳は文字通り衝撃を生み出して、シスターの腹部を貫いた。

 衝撃はそのままシスター背後の家を撃ち貫き、倒壊させた。


 初めて扱う魔術。

 初めての実戦。

 ケンはまだ戦いの中の探り合いや駆け引きを知らない。

 何もかも拙い彼の技。

 それでいて──この威力。


 ワテリングは吐血し、破壊された内臓の修復に努める。


「ハハッ!! 最高だぁ! これが魔力──これが魔術!!」


 相手の動くタイミング──そんなもの、戦いを初めて覚えた幼児には必要のない感覚だ。

 ケンは地を蹴り飛ばし、再び拳を振り上げ吶喊する。


「────」


 シスターはその様子を、静かにみていた。

 狩り人が獲物を狙うときのように。

 静かに黒髪だけが揺らめいている。


 再びケンがシスター目掛けて勢いのままに拳を突き出せば、


黒影束縛ブラックジャック


「おあ?」


 手応えがない。

 胴を貫くような感触は、まるで暖簾に腕押しするような抵抗感のなさだった。

 それもそのはず。

 ケンが拳を突き出したのは、シスターに擬態していた髪の毛の集合体だ。

 髪は意思あるように動き、ケンの腕も足も尾も全てを巻き取って黒い球体へとその姿を変える。


「んんー!」


 まさしく髪の毛の牢獄だ。

 完璧に密封されたこの空間は余程の力がなければこじ開けることは不可能。

 髪の毛に絡めとられたケンに、碌な力が出せるはずもない。

 完璧な拘束だった──今のケンでなければ。


 切り裂くような風切りの音と共に、髪の拘束が切断される。


「効かねぇなぁ」


 中から飛び出すのは血塗れのケン。

 髪の毛の拘束は鋭利な一本一本が肉に食い込み、皮膚が裂けたのだ。

 だが、余裕そうにケンは己の爪と牙を見せつける。

 お前の攻撃など効かないのだ、と。


「grrrrrrrr」


 煽るケンに苛立ちを隠せないシスター。

 それもそのはず。

 彼女はこうなる前から──怒りの感情を抑えられていなかったのだから。


「aaaaaaa!!!!」

「ォォォォォォォォッッ!!!」


 ぶつかるは拳と拳。

 聖職者同士の戦いとは思えない怒涛の殴り合い。

 生み出される衝撃はエンドラインの街並みを崩壊させていく。


 リーチが勝るシスターが優勢か。

 しかし、腕力はケンの方が上だった。


 シスターの動きは徐々に精細を欠いていく。

 再生速度を負傷させる速度が上回って、一瞬見せたその隙に、


「衝撃波!!」


 再度放つ破壊の一撃。

 胸部を衝撃が貫いて、たまらずシスターは血を吐いた。

 ケンは距離を取り思考する。


(これだけ打ち込んでも死なねぇ。不死の権能……か)


 吸血鬼は悪魔の中でも能力が豊富な部類らしい。

 伝説は大陸全土に広く伝わり、尾鰭がついたものも少なくないがそれも全て、元々の能力が多い所以だった。

 血を吸う。分裂する。不老不死。その他諸々……。

 中には狼になると言う話もあり、ケンは薄らとそれが自分の姿の正体だと思っていた。

 本来ならばその伝説の一切を知るために出た三人との時間だったが。

 今ではそのうちの二人は瀕死寸前である。


 早々に倒さねばならないと言うのに、しぶとさは不老不死の伝説に相応しい。

 まさしく──不死王ノーライフ・キングか。


「ま、それはお互い様かぁ」


 思い返せば、自分自身も不死じみた再生能力を見せた。

 悪魔の能力を自在に扱い始めた今ならば、色々試せるかも知れない。


 そう思うと、胸が高鳴った。

 自身の可能性に。


「aaaaaaaa!!!」


 そしてケンが思考する時間は、戦闘中に行うには長すぎた。

 戦闘出来るほどにまで回復したシスターは、蛇の形に変わった八頭の黒髪と共に突進する。


 獣の如きその跳躍。実際に獣の能力を身につけたケンに比べれば大したことのない速度だ。

 だが背後に控える八頭の顎が攻撃予測を妨害してくる。

 ただいるだけで生まれる存在感は、戦闘に不慣れなケンに迷いを生み出し、そして。


「syaaaaaaa!!!」


 八頭の蛇が先行する。

 四頭が攻撃している間に、四頭は溜めに入る。

 それを交互に繰り返すことによって生み出された息つく暇のない蛇の攻撃は、ケンの獣の如き敏捷さと腕力があってようやく拮抗していた。

 一瞬でも隙を見せれば、そのまま食い尽くされる苛烈な攻撃。

 逃走も攻撃も許さない蛇の猛攻に、ケンは防戦一方だった。


 シスターこそ優勢に見えるこの状況下で、シスターはようやく異変に気づく。


「!?」


 少しずつ、気づかないくらい少しずつ髪の毛が減っている。

 それもそのはずだ。

 ケンが手に入れた狼の爪を使って、防御した側から刈り尽くしているのだから。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 シスターが気付いた時はもう遅かった。

 矢継ぎ早に繰り出す手刀が既に、攻防の際に髪の毛を刈り尽くしていたのだから。

 攻防が苛烈であれば苛烈であるほど、その毛が減る速度は早まった。


 気を急いた結果だった。


「nnnnnn!!!」


 シスターは醜い顔を更に歪ませた。

 渾身の力。決してない妥協。

 その上で今、捩じ伏せられている。

 こんな才能のかけらもない木端風情に。


 だからこそ。


「aaaaa!!!」


 認めない。否定する。

 才能の花を摘むのは自分だ。

 それ以外の雑草は花が美しく咲くためには不必要なのだ。

 全身全霊を持って雑草を刈る。


 そのために、シスターは顎が外れるほど口を大きく開けて、叫ぶ。


怨霊悪声スクリーミング・シャウト!!」


 それはあのカリストを一撃で葬った、衝撃波を飛ばす咆哮だ。

 かつての威力を超える広範囲を吹き飛ばす怨霊の叫声だ。

 その破壊がまたしてもたった一人の敵に向けられ、


「お前が出来るなら、俺も出来るんだぜ──」


 ケンは再び笑みを浮かべ、口を開けた。


「衝撃波!!!」


 まさしく──シスターと同等の破壊を持った咆哮だった。

 指向性を持った破壊の方向はぶつかり、拮抗し、爆発。

 二人の間に巨大な爆風を引き起こし、両者を後方へと吹き飛ばした。


「てて……拉致があかねぇな」


 両者共に不死、時間経過と共に攻撃の精査は欠いてきたが苛烈さは増していく。

 本来ならば、祈祷術によって倒すべきところあのシスターには何の術も通用しない。

 ならば物理こそ最適と結論を出したのは誰だったか。


 少なくとも、今ケンは祈祷術が欲しくて欲しくてたまらなかった。


「ワンコ君」


 と、心の中で手に入らないものを渇望するケンの傍らで突如呼び止められる。

 声がする方に視線を向ければ、そこにいたのは上半身だけ再生していた一番目ウーヌスだった。


一番目ウーヌスの姉さんじゃねぇか」


 その姿を見るなり、動揺することなく近場に落ちていた暖簾の残骸を破き、彼女の身体に被せた。

 言動と見た目の変化に一番目ウーヌスは目を開く。


「それが悪魔憑きの力……なのね」


「あぁ。とは言っても全然頭で理解して使ってるわけじゃあねえさ。この狼化? も何となくだしな」


 そう笑っていうケンの言葉に、若干の違和感を一番目ウーヌスは感じていた。


 以前の狼化と大きく違う点、それは性格の変化と肉体の成長だ。

 ただ耳や爪、尾が生えてるだけではないこの変化は大きな意味を持つと考えたが、とりあえずそれは飲み込んだ。

 今伝えるべきはそれじゃない。


「アドバイスよ。ワンコ君、シスターは貴方が使える力を使って目の代わりにしているわ」


「あ? なんだぁそりゃ。もっとハッキリ言ってくれないと分からんぜ」


「悪いわね……詳しく説明している暇はないのよ。再生能力に力を使いすぎて、眠気が……」


 一番目ウーヌスの瞼は重そうに上下している。

 遅いくる睡魔とは悪魔と同様の恐ろしさを兼ね備えている。

 どんな強力な悪魔を倒せるものであっても、睡魔だけは勝てないのだ。


 そんなウトウトする一番目ウーヌスの様子に、やれやれと溜息をつくケン。


「おいおい、一番目ウーヌスだってのにだらしがないなぁ」


「ふふ、言ってくれるじゃない。ま、期待してるわよ」


 そういって一番目ウーヌスは眠りについた。


 ケンは考える。

 一番目ウーヌスの言う、こちらを認識するための自分と同様の力。

 その心当たりは案外、


「あぁ……そういうことか。分かりづらいアドバイスだ」


 すぐに思いついた。


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