第22話 最後の一人
ワテリングから放たれた、空間を震わせる振動波はカリストから魔力と動く力と聴覚を奪った。
全身から血を噴き出しながら痙攣するカリストに、ワテリングの接近を防ぐ手立てはない。
悠然とカリストの元まで行き、その蛇に変化した髪の毛でカリストの身体にくらいつく。
かつてドゥルキュラが眷属を作った時と同じように、その体内から血を抜き代わりにワテリングの血を注いでゆく。
この行程を行うことで、知能を失い本能のままに血を求める
ワテリングはその未来に歓喜し、頬を緩めたが、異変に気づく。
「なんですか……
悶えるカリストの反応は、ワテリングの力の干渉が齎している反射だろう。
だが一向に眷属になる気配がない。
ワテリングは眉を顰めて、そしてあることに気づく。
「既に接木されて」
「────
その頬に光る拳がめり込んだ。
ろくに防御体勢も取っていなかったワテリングは勢いのまま吹き飛んで、民家へと沈む。
光速を思わせる勢いで参上した者の正体は、ピンクのショートヘアをたなびかせる肉体の流線美が際立つ女──
(酷い怪我。でもまだ死んではないわね。死んでないなら、私の癒術でどうとでもなるけど……)
急速にカリストの怪我が癒え、表情も和らいだ。
しかし、
(この噛み跡……
なぜかワテリングがつけた蛇の噛み痕だけは跡が残った。
血は止まっても痕が消えない。
それは未だに術の影響下にあるということ。
(私が倒すまで耐えてね、カリストちゃん)
優しく頬を撫で、
土煙の中から怒気に顔を歪め、黒髪を揺らす怨霊めいたワテリングが姿を現す。
「誰ダァ、ワタシのハナに、唾つけたのはァッ!」
「何の話か、ピンとこないけれどぉ。まさかシスターが今回の元凶だったとはねぇ、教会の面目丸潰れだわぁ」
「アナタ……は、
怒りに飲まれていたワテリングの表情は
先程までの怒りはどこに消えたのか、笑顔に変わって、
「アァ、アナタは変わっていなさそうね、ワタシが摘みに来たワ。ワタシと共に、才能を羽ばたかせまショウ?」
「狂っている……悪魔憑きね。魔人の力が憑依しているのならこの強さと影響力の高さ、能力も合点がいくわね。でも……」
そも修道者が悪魔憑きになる例は非常に稀であり、
悪魔憑きは基本、魔術と同等か、人によっては魔人と同レベルの脅威になるとされている。
現状を鑑みるならば魔人と同レベルは確定だ。
それ以外の能力を見定めなければならない。
それに、あの
何か絡繰があると
なにせ──
「私の祈祷術を体内に注入されて死なないってことは、祈祷術の効きも悪いってことだもんねぇ」
ワテリングは多少髪が乱れたくらいで外傷は見当たらない。
カリストが一方的にやられた状況から見ても、魔術の効きも悪いのだろう。
それを考慮すると、
「ちょっと、相性悪いかしら」
今までの任務で計十三体の魔人を葬った経験から、この戦いの部が悪いことを悟る。
とりあえず構えて様子を見る。
シスターはその強気な姿勢に、ただ笑みを返していた。
—
「ぅ……ん」
頭の中を、鐘を鳴らすような痛みが巡っている。
ジンジンと駆け巡る痛みに、僕は漸く目を覚ました。
「ぼく、は……なに、を」
視界も明滅し、何が起きているのか理解が出来ない。
働くのを拒否する脳共に身体を無理やり起こして、記憶を遡る。
確か、カリストが僕を助けてくれて、そしてその後。
強烈な光が光ったと思ったら意識を失っていたのだ。
「そうだ! カリストは……ってなんだこれ」
僕は瓦礫に埋まっていた。
どうやら何かに吹き飛ばされて、屋根と壁を突き破り屋内で寝ていたようだった。
布団代わりの木材を退かし、外に出る。
そこで見た光景は、
「なんだこれ……」
壊滅、という言葉が相応しいだろう。
巨大な黒煙が立ち昇り、村の民家のほとんどが見るも無惨に全壊している。
僕が見た時はまだ村としての形を保っていたが、これでは廃村だ。
一体何があればこんな。
「ってそうじゃない! カリストは! シスターは!?」
僕は必死に辺りを見回す。
遠くではおそらく村の人の鼓舞する声が。近くでは激しい戦闘音が聞こえていた。
近くで起きている音こそ、カリストが戦っている音だと確信して足を向かわせる。
思えばシスターは僕の教育に凄い熱心だった。
彼女は僕が才能がないと知っても、諦めずに十年もの長い間をかけて僕を育ててくれた恩人だ。
彼女が悪魔憑きとなって、化け物に変わってしまったのだとしても、彼女らならばなんとか元の姿に戻す方法を知っているかもしれない。
そうすればまた、僕らは
その未来を想像するだけで嬉しさが込み上げてきた。
今の僕ならきっとシスターも僕のことを認めてくれるに違いない。
だから、
「え……?」
だから。
この光景は夢だと、思いたかった。
瞳に映る現実は、実はまだ痛む頭が見せている幻覚か何かなのだと思いたかった。
それでも現実は無慈悲に僕に突きつける。
柱に横たわる、カリストがいた。
「カリスト!!!」
すぐさま僕はカリストの胸に耳を当て、鼓動を確認した。
とくん、とくんと、確かに震わせる心臓の音。
だがその音はあまりにか細く、消えてしまいそうな儚さを持っていた。
「死んでない……けど」
死にそうなことに変わりはない。
苦悶の表情がカリストの危険を僕に知らせていた。
「そんな……僕は一体どうしたら!!」
癒術など僕は使えない。
回復薬も手元にはない。
僕に出来ることはなかった。
祈祷術の適性がSの人間ならば、本来、人を癒すことなど簡単に行えるほどの素質がある。
教会にいる司教の一人は死んだ人間を何の後遺症もなく甦らせた、なんて逸話さえ持っている。
その人物と同じ素質がありながら、僕にはこの場で取れる行動は何一つなかった。
「くそ!! くそ!!
希望は一つ。
彼女は癒術のエキスパートだ。
彼女がここに来てくれさえすれば、問題なくカリストの治療は────
とそこまで考えて。
横に、何かが放り投げられたような音がした。
ゆっくりと目を向ける。
なぜか嫌な予感がして、緩慢な動きになった。
その予感は見事に的中して、
そこには頭だけ
「うわぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
思わず飛び退いて腰を打つ。
こちらに視線を合わせる
死。死んでしまった。
最強の称号を持った、僕の希望が。
カリストを救える最後の希望がなくなってしまった。
「オマエ……」
身体をびくりと震える。
殺意のこもった声音に、体が反応したのだ。
声のする先、聞き覚えのある声の主はワテリングだった。
「オマエはダレだ」
深淵を映す瞳が僕を覗く。
そこにはかつてのシスターの面影はもう既にない。
分かりきっていたことを、今改めて突きつけられているような感覚だった。
「ワタシのハナを誑かすオマエは」
カリストも負けてしまった。
この場で戦えるのは僕一人。
勝てるのか? この僕が。
そもそも──
「────誰ダ」
戦いに、なるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます