第21話 収穫の時
無機質に見下ろすカリストの風景を、一言で表すなら終末感だろうか。
巨大な鋼鉄の壁に守られたボロボロの村に、一区画だけぽっかりと空いた爆心地。
黒い煙を噴き上げる惨状を前にカリストは静かに行く末を見守っていた。
「古来より受け継がれし魂よ──」
そう呟くとカリストの周りに小さな火が出現する。
蛍の光のように揺蕩うそれは、善人には癒しを齎し、罪人には破滅を齎す破壊の焔だ。
「大地に繋がれし罪人の鎖状を今解き放つ」
炎の色が緑から赤へと変わる。
罪を裁くための火力を備えた爆弾へと生まれ変わったのだ。
徐々にその大きさは増していく。
人が抱えられるくらいの大きさになってようやく、巨大化が停止する。
黒煙を眺めながら、カリストは次に備え待機し──ふと昔のことを思い出していた。
カリストは任務の帰還の際、上空から周辺の警戒をして、最後に一人で帰還をすることが多かった。
理由はカリストは他の子供達と違って長時間の飛行が可能な点が大きかった。
他の数字持ちにも空を飛べる者がいるが、彼女らは長時間飛行はできない。
一時間以上の飛行を容易としていたのはカリストだけだった。
(今日も難敵だったわね……)
数字持ちの多くは帰還の際、教会で留守番をする子供たちによって出迎えられる。
しかしカリストの出迎えが用意される事は少なかった。
他のメンバーと帰るタイミングが違うが真っ先に思いつきそうな理由だが、真の理由は違った。
それは彼女が数字持ちになれた理由が原因だった。
(……他の子はご飯もう食べてるのかな?)
教会に着いた食堂の灯りを見て、カリストはそう判断した。
別段、皆で取り囲む食事が羨ましいとか、他の数字持ちとの待遇の違いで妬むとか、そんな考えを起こした事はない。
ただ、いつも気になることがある。
カリストは教会の玄関ではなく、回り道をしてとある場所に向かう。
そこは一見ただの壁だった。
しかし、その向こう側は────
『なぜ!! 貴方の才能の芽は芽吹かないのよ!!!』
耳を当て、中の様子を確かめるまでもない。
壁を貫通するほどの叫声がカリストの鼓膜を揺らした。
『咲きなさい!! 才能の花! 貴方にはその素質があるのに!!!』
本当なら、今この場で壁を魔術でぶち破って助けに入りたい。
だがそんなことをすれば、幼い自分達の居場所は途端に消えてしまうし、教会から指名手配されてしまうかもしれない。
教会の人間はなぜか
システムとして気に入ったのか、実際に成果が出ているからなのかは知らないが、兎も角無断で抜けようとしたら一体どんな目に遭うのか分からない。
以前、
なぜ彼らがここまで執着するのかわからない。
ケンに至っては素質はあっても才能がなかった。
祈祷術の適性がSという極めて稀な素質があったのに、その覚醒には至っていない。
ならば早々に手放して違う子の育成に取り掛かればいいのに、シスターはもう十年もケンを拷問している。
壁の向こうから聞こえるケンの痛みに喘ぎ、苦しむ声を聞いて、何も出来ない自分を恨んだ。
せめて──せめてもっと力をつけて地位が上がれば。
血が垂れるほど唇を噛んでカリストは踵を返す。
鍛錬場へと進む足乗りは自然と激しいものになっていた。
その頃を思い出し、カリストの瞳に揺らめく炎はどんどん激しさを増していく。
あの時確かにあったケンを助けたいという思い。
その力を今────魔術に乗せる。
「己が恨みを憎しみを現世に解き放て──
カリストが詠唱を終えたと同時、黒煙の中からワテリングが飛び出してくる。
人の可動域を超えた大顎で食らいつこうと、飛びかかる。
更に蛇のように宙をかける黒い髪も四方からカリストを襲う。
「──────────」
その全てを、炎の弾は撃ち落として見せた。
特に。シスターの顔面には執拗に何個も炎の弾がぶつけられる。
シスターはそのまま爆心地に墜落し、無防備な姿を晒した。
「
「aaaaaaaaaaaaa!!!!?」
冷えていた感情は、もう既に温まった。
カリストは身の丈程もある杖を振り回しては炎の弾を執拗にシスターに飛ばしていく。
着弾と共に爆発を起こす炎の弾は、シスターに仰向けの状態から体勢を起こさせない。
これほど一方的。これが数字持ち、
カリストの真骨頂は、遠距離から一方的に敵を広範囲で薙ぎ払う大火力にこそあり、その力を発揮できるのであれば、一対一であっても魔人を倒すポテンシャルを備えている。
既に爆発は村に引火して、火災が起きている。
村のことを考慮してる暇はない。異形と化したワテリングには、それほどの覚悟で挑まなければ太刀打ち出来ない。
魔力の半分を使い、息を荒げながら呆然と見下ろすカリストは、目を開いた。
「aaaaaaa……」
炎の中に立つシスターワテリングの姿。
それは最早魔人が如きしぶとさだった。
(火力でダメなら、物理で押す)
杖を構え、シスターが仕掛けてくる前に一手先んじる。
「
カリストが持ちいる第二の得意技だ。
ワテリングの周りから、胴体から上だけの
足を生やす必要はない。
移動に貴重な魔力と時間を費やす必要はない。
圧倒的な質量の暴力で叩き潰せば────
「aaaaaaa!!!」
「な────っ」
その一つを素手で受け止め、カウンターで
慢心したわけではない。
ケンの元に残してきた
カリストが同時に盤面を俯瞰しながら
だというのに──この光景はなんだ。
腕を壊された
だがわかったことがある。
「物理は効く!」
カリスト自慢の炎魔術は一切防御の姿勢を取らなかったのに対して、
この事実が証明するのは物理攻撃こそシスターを殺せる唯一の方法だということで──
「ワタシの──ハナ」
それを知った敵を逃す程、シスターは馬鹿ではなかった。
地上から空中百メートルにいるカリストのところまで、一瞬の跳躍。
カリストは正面に来るまで反応出来なかった。
「───きゃぁぁぁぁぁあっっ!!?」
跳躍した勢いを乗せて回転蹴り。
腕を前で交差し結界を張るが、とても踏ん張れずに地上に墜落する。
家を何軒か破壊して、漸くその勢いは止まった。
町を一本線に割った破壊跡を残し、カリストは考える。
(マズイ……今の結界で魔力が)
カリストは自身の肉体を戦闘中に再生させたり、回復する方法がない。
同時に気術による身体強化なども使えないので、完全に遠距離からの魔術で戦う以外の方法がないのだ。
故に、ワテリングからの蹴りを防ぐために魔力の放出を躊躇わなかった結果、魔力は大きく消耗していた。
ワテリングがやってくる。
街の破壊跡をゆっくりとなぞって、歩いてくる。
その瞳には変わらず深淵が宿っていて、
「そこにいたのね、ワタシのハナ」
言動に見合わない殺意を感じた。
「
ワテリングが姿を消す。
残像が残るほどの超速跳躍。
既に一度見たカリストならば事前に防ぐことは難しいことではない──
「
ワテリングが通過するポイントを見切り、岩の手のひらがワテリングを挟む。
バァン! と小気味良い音が鳴り、ワテリングを静止する。
(決まった!)
感触はあった。
手応えもあった。
今度こそにっくきシスターを倒せたと笑みをこぼしたその時。
「さすがの才能ネェ……ワタシのハナ」
ギギギギ、と手のひらを押し返して中からワテリングが現れる。
潰されることなく、すんでで耐えていたのだ。
目視した瞬間、カリストは杖を構え──
「aaaaaaaaaa!!!!!」
シスターは絶叫した。
千切れんばかりに開かれた口から放たれた空間を震わせる咆哮は衝撃波を生み、直線上にいたカリストを襲う。
「────かはっ」
鼓膜が破れ、内臓が破壊されて吐血する。
周囲の建物は粉々に吹き飛んだことから、結界が多少なりとも生命を維持したのだ。
だがもう魔術を使う魔力は失った──
「今摘むワ。ワタシのハナ……」
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