第16話 何か、来た


「思った以上に何もないわね」


 エンドラインの通りには多くの商店があり、そのほとんどが仕入れてきた物というより盗品のような薄汚れたものが多かった。

 僕ら三人は吸血鬼について記された蔵書がないか、参考文献を探すが、そもそも書籍の類を扱っている店が見当たらない。


「結構武器を売ってる店が多いですね……あ、あそこの店とか結構綺麗ですよ。僕も何か持っておいた方がいいでしょうか」


 以前、一番目ウーヌスに持つなら短剣、或いはナイフと言われたことを思い出す。

 巨大な剣や弓などは扱えないが、小回りが効きそうな刃物であれば専門外の僕でも確かに扱えそうだ。


 だが、一番目ウーヌスは首を振った。


「ここにあるものは全部ぼったくりよぉ。貴方の筋肉量は自覚ないでしょうけど、そこらの大男よりあるのよぉ」


「え! でも全然鍛えてないし……細腕ですけど」


「見た目は変わらないけど内包された力は凄まじいものだわぁ。それに私の動きを見る修行、したでしょう? 余計なものを付け加えるより、武術の方に重きを置いた方が多分身体が自然に動くわよぉ」


 それを言われると納得する。

 僕の脳内にある動きのほとんどは一番目ウーヌスの、武術の動きだ。

 踊るように無駄のない流れで敵に拳打と脚撃を撃ち込む。

 あの魂を震わせる美しさはそうそう忘れられない。


 齢十七の少女が見せて良い動きではないのだろうか。

 ともすれば達人クラスと呼べるだろう。

 と、素人目に語ってみる。


「それで、ケン」


「ん?」


 一番目ウーヌスと並んで話していた僕を、側に寄せるように引っ張りカリストは耳打ちをしてきた。


「体調の方は、平気?」


「あー」


 犬の耳を片手で表すカリストの仕草で、狼化が解けたことに対して言っているのだと気付いた。


 結局、僕の狼化が解けた原因はわかっていない。

 起きた変化としてはベッドで寝たことだが、森の中でだって何度も寝ている。

 まさかフカフカのベッドだからなんて考えられないし、ましてや──カリストと寝た事が原因などとは考えられない。

 女性特有の包み込むような柔らかい肌、少し力を入れるだけで折れてしまいそうなか細い身体に、香る良い匂い。

 今思い出しても、アレが理由で狼化が解けるなどあり得ない。

 断言出来る。


「なんか、顔がデレデレしてない……?」


「し、してないよ!! うん。僕はいつでもキリッとしてるのさ」


「ふ。何それ」


 僕渾身のキメ顔にカリストは失笑した。


 最近は魔物との戦い詰めで、二人とも余裕がなさそうな表情をしていたから心配だったが、どうやら少しは気が安らげているようだ。

 とても嬉しい事である。


 だがすぐにカリストは真剣な面持ちに戻り、


「もしなんかあればすぐに言うのよ。今この場で頼れるのは、私と一番目ウーヌスしかいないんだから」


「分かってるよ。てかなんでこんなコソコソ話みたいなことを?」


「え! な、なんとなく……」


 隠すような内容でもないだろうに。

 不意に顔を逸らす不思議なカリストだった。


 そうして僕らはかなり長い間、壁沿いに村を歩いたが蔵書のぞの字も見当たらず、少し疲れてきていた。


「ちょっと休憩するぅ? もうすぐお昼時だしぃ、ちょうど甘味処があるわぁ」


 窃盗品ばかりの村に甘味処が……? なんて、疑わしい気持ちで一番目ウーヌスの指差す先を見ればそこには確かに甘味処があった。

 そこで購入したのはドライフルーツで小腹を満たすには丁度良かった。


 カップに入ったドライフルーツを皆で分け合いながら、再び壁沿いに歩いていく僕ら。


「そういえば、聞いて良いのか分からないけど」


「ん? どうしたの」


「エンドラインって、村長っていないの?」


 そう。ふと気になった。

 村、という割には自給自足はしてるようには見えないし、リーダー的な存在も見えない。

 集団として生活するには、あまりに皆自由奔放すぎるように見えた。


「いないわよ。ここは誰かの下につくとかじゃないからね、入る者は拒まず、出ていく者も拒まない。そういう村なのよ。ま、一応それっぽい人物は居るらしいけど、私達も会った事ないわ」


「へぇー、でもここ、任務で通ってたんですよね?」


「便宜上ね。あくまでここは経由地点。ここ自体に用がある事なんて、一度も無いのよ。私たちのいた森が、交通の便が最高だったのよ。悪い意味でね」


「森の中は魔物だらけぇ。森を囲む山々は絶壁でとても登れないしぃ、登れたとしてもその先は帝国があるっていう最悪の土地よねぇ」


 よくそんな土地に住んでたな僕ら。

 よっぽど第一支部ファーストの森が重要な拠点というか、僕らがそこにいなくてはならない存在だったのだろう。


「なら、今第一支部ファーストがなくなった状況って、結構ヤバいんじゃ……」


「ヤバいもヤバい、ゲロやばよぉ」


「でも私達にはどうしようもできないしねぇ。一番目ウーヌスが伝書鳩も飛ばしたから、後は教会がなんとかしてくれるわよ。私達は今を生きないと」


 淡々と二人は言った。

 二人とも悪魔退治の最前線で働くエリートだ。

 だからもっと悪魔に対して、強い感情を抱いていると思っていたが、そこは割とドライらしい。


 だがそれもそうか。

 言ってしまえば下っぱ構成員の僕らが何かしようと躍起になったところで、第一支部ファーストがあそこにあった意味も何も知らないのであれば、頑張る意味もないのかもしれない。

 僕らはただ、上からの指示を待つことしか出来ないのだから。


「なんだか、切ないなぁ」


 僕はもっと魔殺しの子供達ベナンダティには、強い使命と責任感があると思っていた。

 幼少期から悪魔を倒すためだけに育てられた、言うなれば兵器である。

 或いは悪魔を倒すためだけに暴れる岩巨人ゴーレムと言ったところか。


 皆が皆、悪魔を倒すために強い意義を持ち、強い意志を持ち、強い覚悟を持っていると思っていた。

 が、意外とそうでもない。

 そうでもないのに、彼女ら二人は強い。


 前を歩く二人は楽しそうに雑談をしていた。

 女子トーク、というやつだ。

 そんな二人の姿からは、森の中で無数の魔物と殺し合いを繰り広げていた仕事人としての姿はまるで浮かんでこない。

 ただの普通の女の子、と言った具合だ。


 彼女達は一体どうやって強くなったのだろう。

 強くなるために、何を目標にしたのだろう。

 ふとそんな事が気になって、


「……ん?」


 額が熱くなった。

 まるでそこから角でも生えるみたいな違和感に、思わず額を抑えるが全く意味をなさない。

 じんじんと、じんじんと痛むその額に集中して、クラついて、そしてなんとか頭を振って歩き出すと。


 屋根の上に一人、怪しげに待ち伏せる男を確認。

 二人行く先の奥の通路で、待ち伏せてる人影が壁越し・・・に見えた。


「────」


「な!」


 気付いてからは早かった。

 落ちていた小石を指で弾いて屋根の上の狙撃手を一人撃ち落とす。

 それに驚いて出てきた一人の男の顎を、横から裏拳で吹き飛ばし気絶させる。


「てめぇ!!」


 最後の一人。

 大通りの通行人に扮装していた男が、背負った斧を振り上げた。

 男の体躯は僕の二回りも大きい。

 斧もそのまま振り下ろせば、僕は縦に真っ二つに斬られてしまうだろう。

 だから、それを防ごうと──


「な、なにぃ!?」


 片手を額の前に出して、斧を頭の上で止めた。

 別に油断していたわけでも、過信していたわけでもない。

 なぜか、この時僕は──出来る・・・と思ったんだ。


 振り払おうと男は力を入れるがびくともしない。

 力の差は歴然だ。

 そんな男を無視して、僕は斧を掴む手のひらに力を入れる。

 すると斧は微細に振動を始めて、一人でに砕き割れた。


「ぐぁっ!?」


 その破片が男の顔に突き刺さり、怯んだ隙に腹に回し蹴りを一発。

 壁に打ち付けられた男はそのままぐったり倒れ込んだ。


「ちょ、ケン!? 大丈夫??」


「え、あぁ」


 カリストは明らかに負傷している相手より僕に駆け寄ってくれた。

 それは嬉しいが、今の感覚は一体……。


「今、ワンコ君が相手より先に動いたように見えたけど、分かっていたの?」


「は、はい。なんか……額が熱くなって、熱くなったと思ったら、壁が透けて見えて……」


「透けて……それに今の斧……」


 一番目ウーヌスは僕の言葉を聞くと静かに考え始めた。

 それを置いて、カリストはズンズンと倒れた男に近づいて胸ぐらを掴む。


「あんた達! 一体なんのつもりよ!」


「て、テメェらみてぇなガキが、高い宿に泊まってるからよ、良いとこの出の訳ありかと思ったんだ……許してくれ……命だけは」


「誰が! イラつくわね、全く」


 そのまま男を投げ捨てて、カリストは怒りを露わにする。

 彼女は後衛で、腕力はあんまりないはずなのに、見た目以上に腕力があるらしい。

 新しい発見だった。


「うっ……また……」


「ケン!? 大丈夫!?」


 再び発熱する僕の額。

 掻きむしりたくなる痒さを伴い、僕は思わず膝をつきそうになる。

 だが、その頭に入り込んできた変な違和感は──唐突に。


「何か──来た」


 僕にその言葉を言わせた。

 理解はしていない。

 ただ、直感で感じ取った。

 何か来てはいけない者が来たのだと。


 その言葉を発して、刹那の後。


 エンドラインの門近くで爆発が起こった。

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