第15話 愛はあった
「ヤッてない!!!!」
エンドライン到着の翌日の朝。
高額ぼったくり宿にわざわざ泊まり、ふかふかのベッドを堪能したと思いきや、僕の状況は混迷を極めていた。
まず僕が寝ていたはずの一人部屋ではなく、カリストと寝ていた。
しかも二人で。
更には彼女を抱き枕にしていて。
おかげで
「ずびばぜん」
「でもぉ、この状況はぁ、否定出来ないんじゃあなぁい?」
ニヤニヤと、嬉しそうに笑う
一体何がそんなに嬉しいのか、僕には理解できなかったが、カリストはその意味がわかっているようで、
「ほ、本当に違うのよ! これは……そう! ケンが寝ぼけて入ってきて……」
「今まで野営の時は一度もなかったのにぃ?」
「し、しょうがないでしょ。狼化の進行で心細かったのよ。男に迫られて心を痛めていたのかもしれないわね」
「ふーん、でもまぁ、確かに匂いは……しないわねぇ」
「ちょっ!! あんたデリカシーってもんが……でもお金払ってくれてるのは
「あら素直ぉ。その素直さに免じて今回は忘れておくわぁ。証拠も決定的じゃあないしねぇ」
なんて。
二人でやり取りを交わして、軽い朝食を取り、再びこの部屋に集まった。
「さて。進捗といいますか、状況の確認を二つするわぁ。まず、教会には連絡したからぁ、
「明日? 今日じゃないの?」
「その予定だったんだけどぉ、教会も立て込んでるみたいでねぇ、あんまり早く
「ふん。まぁいいんじゃない? 急がなきゃいけないわけでもないなら、ゆっくりすることに抵抗はないわ。ただお金は平気なの?」
「問題ないわぁ。貴方と違って体内でしっかり守ってるからぁ」
「それが出来るのあんただけだっての……」
僕にはそもそも貯金などないが、カリストには任務に行った際のお小遣いがシスターから貰えていた。
基本、任務に行った際の報酬の三割前後を貰っていたらしい。
とはいえ、服も金も持ち物全部悪魔に吹き飛ばされてしまったため、僕もカリストも無一文なのだ。
対して
治癒術が得意とは聞いていたけどまさかそんな特技まであるとは。
さすが
「じゃあ二つ目だけど、ワンコくんのことねぇ」
確かに。今の旅で最も重要視されるのは僕の存在だろう。
悪魔憑きの力。戦う力のなかった僕がまぐれで手に入れた強力な力だが、未だに扱えていない感が否めない。
しかも現状、突然引っ込んだ狼化の原因もわかっていないのだから厄介だ。
「とりあえず、“狼化”、“魅了”、の二つは確認出来たわね。ここから傾向を調べたいけど、吸血鬼の話って参考文献あったかしらぁ」
「有名な悪魔の種類よ。ないわけないでしょ」
「それもそうねぇ、そしたらこんな村だけど吸血鬼の情報探しとしましょうぉ。どこかに古本屋とかあるかもだしぃ」
「はぁ。基本的にエンドラインは経由地程度にしか使ってこなかったのが悔やまれるわね。全然全体構造わからないわ」
カリストは頭を抱えていた。
それもそうだ。
この村はエンドラインの壁に沿うように、横にずっと広がった特殊な繁栄の仕方をしている。
一体どこまで広がっているのか、検討もつかない。
「ま」
しかし、そんな僕らの不安を飲み込むように
「いいじゃない。それこそ休みって感じするしぃ♪」
—
数日前に遡る──
教会、
それはカリスト、ケン、
等間隔に配置された土魔術で作られた墓石。
そこには勿論、シスターワテリングの名前もあったが──その墓地から離れた茂みが唐突に動く。
茂みからぬらりと立ち上がる、異様なまでに痩せ細りボロボロの修道服を纏う女。
その者はかつてワテリングと呼ばれていた。
才能がない人間を極度に嫌う性格で、教会内ではケンをよく標的にし拷問まがいの行いをしていた。
しかしその容姿は誰が見ても鼻の下を伸ばすほどの美形であった。
スラリと伸びた手足、長くサラリとした黒髪。
理知的な瞳は神に仕える者としての聡明さを表し、白と黒の修道服がこれほど似合う人間はいないと司教に太鼓判を押されるほど。
しかし今、そんな彼女の美貌は見る影もなく。
頬は痩け、髪はボサボサに。所々肉は剥げ落ち骨が見えていた。
とても人として立ち上がったとは思えないその異形。
それは果たして。
「い……のう……の……は、な」
彼女は呟く。
脳裏に浮かぶ輝かしい日々を。
子供達と食卓を囲み、世界の悪を断罪していた正義の日々を。
しかし、今この場に子らはいない。
皆土の下に埋められ、この世を去った。
「わた……し、の……はな」
ワテリングは墓石に抱き付き、涙を流す。
彼女は愛していた。
子供達を。
才能のある子供達を愛していたのだ。
その愛は彼女を死の淵から蘇らせ、この一瞬世界に繋ぎ止めることを良しとする程に確かなものだった。
だから本当ならば、彼女はここで事切れるはずだった。
だが、そうはならない。
「はな……そっちにいるの……?」
最早目も見えない彼女の真っ暗な視界に、一つの光が灯る。
それは確かに彼女が見た才能の光。
かつて見た、自身が見つけた一輪の花だ。
名をシェリー。シェリー・ヴィクター。
またの名を──
自身が手がけた最高の花がまだ生きているのであれば、死ぬわけにはいかない。
ワテリングは強く願う。
彼女を護りたいと。
その力が欲しいと、願う。
その願いに応えたわけではないのだろうが。
ワテリングの近くには、なぜか蝙蝠が一匹落ちていた。
「……はな」
視界が見えずとも、魔力の探知は出来る。
仮にも
それなりな能力がある。
暗闇に映る、小さな光を頼りに蝙蝠を捕まえてそして。
「さいのう……の、花を」
喰らった。
むしゃむしゃと、羽も毛も一本残らず。
その瞬間。
「おお、おおおおおお!!」
身体に脈動が走る。
周囲の塵と化した元ドゥルキュラの残骸が、墓の下に埋められた元眷属達が集結して、ワテリングを包み再構築する。
肉の塊に変わり、その体を変質させていく。
その過程はまるで生き物そのものが根本から変わるようで。
「────っぁ!!」
肉の塊の中から腕が飛び出す。
白く、細長い、異様に伸びた人の手。
二メートルはあるであろうその腕が地面を掴み、またもう一本が顔を出す。
両腕で中から這い出るように本体が飛び出す。
黒髪には艶が戻り、肌は未だ痩けているがそれでも骨は見えていない。
生命体としての形は取り戻していた。
「才能の花を、摘みに行かなきゃ」
ぬるりと肉の塊から排出されたワテリングは徐々に人の姿へと戻っていく。
普通の四肢の長さへと。
そして髪の毛が伸びて変化して、修道服へと変わる。
元通りだ。
全て、元通り。
かつて存在した美貌も、全てが。
中身は多少変わったかもしれないが。
「私が育てた花を、私の花で花束を」
だがまだ足りない。
自分が育てた花が二輪、足りない。
正確には三輪、いや四輪か。
「他の誰にも、奪わせない」
視線の先。
微弱な光は……まぁ、どうでも良いか。
今は兎に角、あの二輪を。
「私の、花たち」
摘みに行かねば。
奪われないように。
自らの手で、自らの足で。
──迎えに行かねば。
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