第17話 首をもたげる黒い髪
──数分前。
エンドラインの門番は、この大陸の王国首都から配属されている正式な兵隊だ。
その証拠に着用する鎧や制服には皆、王国を象徴とする金の天使のバッジがついている。
門には必ず一人が立会い、それ以外は皆、壁の上で巨大な魔物等の襲来がないか、昼夜問わずに見張をしている。
とはいえ、エンドラインの先の魔物の森には魔物の専門家である子供達。
そのため魔物による異常事態など滅多にないし、
だからか配属される兵士は皆、不真面目な者が多くが誰にもバレない壁の上で遊戯に勤しんだり、酒を飲む者すらいる。
そんな中、門前に配属された門番はハズレ枠とされていた。
門前の狭い通路の中で、交代が来るまで扉の外を見張らなければならない。
遊戯盤を置く場所もなければ、酒の肴すら用意しづらい。
壁の上であれば景色と仲間達のバカ話で酒も進んだというのに、殺風景な鉄の通路では寧ろ酒が不味くなる。
そんな理由からハズレ枠とされた門前当番が、居眠りをしていた時だ。
コンコン、と。
普段来客がないはずの森側の扉がノックされた。
門番兵は咄嗟に身構えた。
であれば、この先の森から人がやってくるなんてことは──
(待てよ。生き残りか?)
ピンクのショート髪の子の発言によると、この村に来た三人以外は全滅とのことだった。
だが教会派閥の人間が扱う、祈祷術には命を護るものが複数存在するという。
その力で死ななかった者が、命からがら辿り着いたのかもしれない。
恐る恐るドアに近寄り、小窓から来訪者を確認する。
そこにいたのは見目麗しいシスターだった。
「シスター……? 貴方は、
「ええ」
ここの門番をする者であれば、一度は聞いたことがあるシスターのその美貌。
割とサイズ的に余裕のある修道服であっても出るとこは出ている身体でありながら、手足は細く、その肌は陶磁器のように白く美しい。
その心根も神に仕える者として、お手本のような聖母の如き優しさを持つシスターと噂だった。
「ここを、開けてくださる?」
そのシスターの名はワテリング。
彼女の鈴の音のような声音に、思わず男は身震いした。
まさか、声を聞くだけで心地よくなれる女性がいるとは。
男は特に疑いもせず、ゆっくりと扉の施錠を開けていく。
「お待たせしました! シスターワテリング」
「ふふ」
「シスター?」
扉を開け、招いているのになぜかこちらにやってこない。
ただお淑やかに笑うのみだ。
その様子を不思議に思った門番兵が身を乗り出したその時、シスターの腕が伸びる。
「し、シスター!? これは」
両肩をガッチリと腕で抑えられた門番兵は抵抗するが、その細腕のどこに力があるのか。
一気に引き寄せられ、シスターは兵に微笑む。
「し、シス──」
そこで初めて門番兵は知る。
目の前にいたシスターの
「うわぁぁぁぁぁっっ!!?」
叫んで、もがき、何とか拘束から逃れようとするが、無駄な足掻きだ。
人智を超えた力である悪魔の力を手に入れたシスターの力に、ただの人が叶うはずもなく。
そのまま門番兵は静かに首筋を噛まれた。
—
──同時刻。
「ん? 何か声がしなかったか?」
エンドライン壁上で、チェス真っ最中の兵士のうちの一人が違和感を感じ取る。
「気のせいだろ。魔物の鳥かなんかだよ」
対戦相手が笑いながらコマを移動させる。
しかし、違和感を感じた兵士はその不安が拭えず、顔を
「うーん、でも確かに」
真下から、と言って、壁下を覗いた。
そのまま吸い込まれるようにして兵士は下に落ちた。
「ははっ。何もないさ。俺はここに配属されて十年経つが、異常なんて……一度も……」
気楽にコマを指す兵士は笑っていたが、徐々にその顔から笑みが消える。
目の前にいたはずの対戦者が消えていたからだ。
「おい? は? どこに行って」
その異常事態にようやく兵士も腰を上げた。
壁の上は遮蔽物などない。
隠れる場所がないのであれば、自ずと。
そうして兵士は下を見ようと壁の淵側に寄ろうとして、
「────」
絶句した。
ゆっくりゆっくりと、落ちたはずの壁下から上昇する自分の同僚。
先程までチェスを指していた対戦相手の兵士が、漆黒の闇の蛇に首を食い付かれ、ゆっくり持ち上げられている。
「はは、はははは!」
目の前で起こる非現実に、兵士は酒を飲みすぎたかと笑いが止まらなくなった。
もはや懇願である。
お願いします、目の前の全てが夢か妄想でありますように、と。
しかしその願いは叶わない。
更に下から現れた漆黒の蛇に兵士は食いつかれ、二人ともその場から姿を消した。
壁上にいる兵士六人が姿を消したのは、ほぼ同時だった。
—
──時は戻る。
「今の爆発は!?」
エンドラインの唯一無二の門近くから爆発音。
天高く噴き上がる爆煙は、かなり離れた僕らの位置からでも確認が出来るほどの大きさであった。
爆発によるパニックは免れない。
その場にいた住人達は皆それぞれ立ち止まり、物珍しそうに見るものもいれば、不安そうに身を寄せ合う者もいた。
人によっては反対側に走り逃げ出す者も。
「きな臭いわね」
「爆発が起きる程の住民同士のいざこざ、にしては規模が大きすぎるかしら」
カリストは胸元からバッジを取り出すと頭上で振り回す。
魔術で圧縮収納されたマントと魔女ハット、そして彼女のトレードマークである杖が飛び出して、一気に
彼女の二つ名は魔術の練度由来ではあったが、数字持ちになってからし出したこの姿こそ、彼女を象徴とする戦闘服だった。
「
短く呪文を唱え、カリストは宙へと舞い上がる。
同様に、
ぐっと体を伸ばして準備を整えると、
「ワンコ君はここで待ってるのよ」
「え! そんな僕も行きます!」
「何言ってるのよ!」
僕もついていこうとすると、空を飛ぶカリストに静止された。
彼女が杖を振ると、僕の足元から大人くらいの小柄な
「まだしっかりと戦闘指南も出来てないのに実戦に出すわけないでしょ。その子、つけといてあげるから。それに」
遠く、爆発した地点を見据えるようにして、カリストは呟く。
「なんか悪い予感がするわ」
その言葉に込められた想いは嘘ではなく、僕を思っての言葉というよりは、不安の気持ちが色濃く現れていた。
しかし、そこはプロ故か。スイッチを切り替えて、
「おとなしく待ってなさいよ!!」
ビシッと指差して、カリストは先に飛んでいく。
続いて、
「まぁ、何かあっても、助けに来るわよぉ♪」
そうして僕は
背をポンポンと叩いてくれる。
随分と気遣い出来る
魔術の練度が上がると創造物にも意思が宿るのか。
なんて、呑気な事を考えながら二人を見送った。
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