第12話 修行始め


 夜。

 夕食を食べ、充分に体を休めたあと、一時間だけ行われる二人の美少女との特訓は、毎日交互に行なっていくことになった。

 理由はいろいろあったのだが、一番大きな要因は師匠同士が育成の方針で修行途中に喧嘩が始まってしまうからだった。

 一番目ウーヌスだろうと関係なく喧嘩を売れるカリスト、さすがにすごいと思う。


 さて。最初の修行相手は一番目ウーヌスだった。

 一番最初に修行するのは誰だ、と二人で話し合いが始まり最終的にはジャンケンで決まった。

 余裕綽々と言った様子で、ニヤけながら勝利を得ていたところを見ると、もしかしたらズルをしたのかもしれない。

 カリストは今、不貞寝している。


「さぁてと、まずは貴方の戦い方を決めたいんだけどぉ、武器とか使いたい?」


「武器は別になくても……そもそも僕が何があっているのか分からないんで」


「それもそうねぇ。触診をした感じで言わせてもらうと……単純な武術、あと短刀なんかはあってもいいかもしれないわねぇ。これから魔術も習うわけだし、幅広くやるなら武術の方向でいいと思うけどぉ」


「なるほど。ではそれで」


「決断がはや〜い。カリストちゃんとは大違いねぇ」


 パチパチと軽く手を叩いて喜ぶ一番目ウーヌス

 正直、一番目ウーヌスとはほとんど接したことがない。

 それを考えると、彼女と二人っきりという状況は、かなり緊張してしまう。


「ん〜? 身体固くない? どうしたの、修行出来ないよぉ?」


「いや、ちょっと、緊張してます」


「わー。かぅわいいねぇ」


 嬉しそうに飛び跳ねている。

 一番目ウーヌスは確か、一七歳だった筈だ。

 魔殺しの子供達ベナンダティの全支部合わせても最年長の団員であり、かつ最強の名を欲しいままにした女の子。

 その女の子に悪魔を倒せるようになるための技を一から百まで教えてもらえると、昂るものがある。


 魂が、震えているとでもいえば良いのだろうか。

 端的に、期待していた。


「それじゃあまずは技名から考えていこうかぁ」


「うーん、戦い方じゃない!」


「個人的には動物名とか、昆虫から取るのお勧めぇ」


「しかも、具体的! じゃあなくて、一番目ウーヌスさん! 僕は戦い方を教えて貰いたくて」


 と、そこまで言って。

 僕の口は彼女の人差し指で止められた。

 クスッと笑う彼女は余りにも妖艶。

 一体何人の少年をダメにしてきたのか。


「焦りすぎ」


「で、ですけど」


「貴方の身体は既に完成している。もちろん、動かし方は教えるわぁ、でも今じゃない。技名って貴方が考えてる以上に大切なのよぉ?」


 そういうと一番目ウーヌスは手のひらをおもむろに空間に翳した。


「これぇ、なんだと思う?」


「何って……なんでしょう……?」


「分からないよね。なぜなら私は今、この行動の意味を口にしてないからねぇ」


「イマイチ、要領を得ませんね……」


 そういうと、今度は構えを取る。

 いつもはねっとりとした口調で、人の心に絡みついてくるような人なのに、夜闇に浮かぶ白月に照らされた彼女の姿は、余りに美しかった。

 真剣な瞳で、静かに腕を引き、引いた拳を突き出して木に当てる。


「これは何に見える?」


「パンチ、ですかね。それも相当キレの良い」


「そうね。じゃあ──」


 そう笑った直後、


灼牙シャク・ガ


 再度突き出された拳は、赤白い光を纏っていた。

 言葉を持って実行された正拳突きは、ものの見事に人の胴より太い樹木を吹き飛ばす威力を見せた。


「ふぅ。どぅ? 分かった?」


 凄いキメ顔で一番目ウーヌスは訊いてくるが、ちっとも分からない。


「す、凄いことだけは……」


 若干めんどくさそうに溜息を吐いて、一番目ウーヌスは指を立てた。


「つまりねぇ、これは魔術にも通ずるんだけどぉ。言葉が力を有するってこと。その言の葉に力が込められたものであればあるほど、本来のもの以上の力が出るのよぉ。だから、魔術に於ける詠唱・・は重要視されてるの。破棄することも凄いことだし、ちゃんと詠唱することも威力や完成度という意味合いで素晴らしいことなのよぉ」


 と言って、一番目ウーヌスは色んな武術の構えをする。

 さんちん、やら、しんきゃく、やら呟いた時の空気の震えは凄まじい。

 その言葉を紡いだ瞬間、まるで構えに命が宿ったように大気が逆巻いていた。


 その時、ふと昔のことを思い出す。


 第一支部ファーストの教会で、掃除をしていた時のこと。

 エリートばかりが集まる第一支部ファーストであっても、落ちこぼれと呼ばれる存在はいた。

 僕みたいに極端では無かったが、数人から嫌がらせを受ける程度の教育がよく見られた。


 これもシスターワテリングがいるからこそ起きることなのだろう。

 だが、その教育の中で、一人の仲間が術を唱えて暴走したことがある。

 まるで周りの子供達を押し除けるように、言葉を荒げて魔力を乗せたその詠唱は、教会の屋根を内側から吹き飛ばすほどの暴風を巻き起こし、その日の掃除をえらく大変にさせた記憶があった。


 アレが言の葉の力なのだろうか。

 或いは気持ちが言葉に乗った、ということなのだろうか。


 知識として、理解することはできなかったが、妙な納得感があった。


 その日の夜は体術の訓練をすることはなく、ひたすら一番目ウーヌスとの技名開発に勤しんだ。



 —



「魔術っていうのはね、言葉が大事なのよ! 詠唱破棄っていうのは凄い技術なんだけど、それ以上に詠唱っていうのは大事で──」


「あ、もうそれ習った! やっぱり大事なんだなぁ」


「あが」


 次の日の夜はカリストが師匠に代わり、魔術の修行の開始だ。

 教わったばかりのピチピチの知識をまさか違う師匠から聞くことになるとは思わなかったが、やはり一番目ウーヌスの言っていたことは非常に重要度が高いのだろう。

 技名を軽視していたが、真面目に考えなければならない。


 と、一人で感心していると、横でカリストが頬を膨らませていた。


「どうしたの?」


「女の子といる時に他の女の話題を出しちゃいけないのよ! そんなことも知らないの!」


「え! いやぁ、だって修行だし、共有しといた方がいいかなって」


一番目ウーヌスの! ことなんて! 別に! 気にしてない! のよ!!」


「いたた!!」


 流れるようなツインテールの往復ビンタ。

 魔術を極めれば髪の毛さえも操れるのだろうか……。


「はぁ、なら良いわ。私は理論というより実践で行く方が良さそうね」


「実践?」


 そういうとカリストは懐から小さな布袋を取り出す。

 中には透明な砂が入っていた。


「簡単な魔術で作れる、適性判定の砂よ。あんたの魔術適性値を測らせてもらうわ」


「へぇー、砂ね。コレでどうするの?」


「口に含んで、吐きなさい」


 気のせいだろうか。

 今恐ろしいことを言われた気がするが。


「えっと、もっかい言ってもらってもいい?」


「口に、砂を、含んで、吐きなさい」


「そんなことしたらパッサパサにばさぁぁぁっっ!!?」


 抗議をするより先にカリストはジト目で詠唱破棄。

 地中より現れた小さな岩巨人ゴーレムに四肢を拘束されて、身動きが取れない。


「ほらほら、さっさと飲む飲む」


「口に含むだけじゃばばばば」


 無理やり押し込められた砂はやはり砂。

 気を紛らわそうとしても口内にある水分を奪ってくる砂の存在感は尋常じゃない。

 一秒とたたずに口から吐き出して、思わずえづいてしまう。


「おお。面白いわね」


「な゙に゙が……ゲホッゲホッ……面白いんだ……」


 無理やり押し込むから喉奥にも砂が入ってしまった。

 今僕の体内水分量は半減した気分である。

 今すぐに水を口に入れたいところ。


 そんな苦しむ僕を置いて、カリストは地面に散った砂を指差し、


「まず透明の割合が非常に多いことから無属性が最も扱いやすいことがわかるわ。そこに少量の茶色と緑色。土と風にも適性がある。そこにうーん、赤も混じってるわね。なんか黒っぽい赤だから、闇も一応あるのかしら? ま、水と光属性以外は一応使えるんじゃない? 多分無属性が一番扱いやすくて、次に……炎?かしらね」


 カリストの言う通り、砂の色は透明から色鮮やかに変化していた。

 白が大半を占めているから、無属性ということなのだろうか。

 画期的な方法だとは思うが、この不快感だけは改善した方が良いと思う。


「そしたら魔力の核心を掴む修行よ。はい」


 そう言ってカリストは手を出した。

 お手をするように手のひらを乗せる。

 その様子を見て、カリストはふふ、と笑う。


「犬耳があるからまるで本当のワンちゃんみたい。ガルも言われる前にお手を覚えたの……ぁ」


 カリストは悲しそうな表情になった。

 その意味に気づくのに、僕は少しだけ時間を要した。


「あ、ごめん……そんなつもりじゃ」


「ううん。僕の方こそ。まだ、引き摺ってるみたいだ」


 ガル。

 教会での、二人しかいない親友の一人。

 彼は無愛想で、僕とカリスト以外に懐くことはほとんどなかった。

 カリストには絶対服従といった感じで、不機嫌そうな顔を見せたことは一度もない。

 逆に僕には表情豊かで、喜怒哀楽をたくさん見せてくれた。


 餌が美味しくないときは不満そうに顔を歪め、嬉しそうな時は息を荒げて、僕が不安そうな時は寄り添ってくれた。


 彼の最後は魔人に喰らい付いたまま、地面で事切れていたらしい。

 僕はその動かなくなった後のガルの姿を見て、また涙を流した。

 ガルがいなければ、僕は今こうしていないかもしれない。

 その自信がある。

 だから、だからこそ僕は。


「前に進まなきゃいけない。僕に魔術を教えてくれ、カリスト」


「うん。それでこそ・・・・・、ケンね」


 こうして魔術の核心を掴む特訓が始まった。

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