第11話 二人の師匠

 僕が悪魔憑きと判明した、その日の夜。

 カリストは拠点作り、一番目ウーヌスは結界作り、僕は食材の調達、と、それぞれの仕事をこなした。

 夕食を食べた後に、昨日と同様のスケジュールをなぞるならば、祝詞のりとを捧げる時間だったが。


「いたたたたたた!」


「ほら、もっと、我慢しなさぁい。ふぅん、意外とがっしりしてるわねぇ、っと!」


「いたぁぁぁぁい!!!」


 僕はベッドの上で一番目ウーヌスからの触診を受けていた。

 治癒術を最も得意とする一番目ウーヌスは身体のスペシャリストとのことで、身体を触れば大体のことは分かるらしい。

 とか言いながら、ツボを押してきたり、腕をあらぬ方向に曲げようとしたり、信憑性を疑ってしま──いたたたたたっ!

 曲がらない! 股は一八〇度以上には開かないから!!!


「なんとなくわかったわぁ」


「なんとなくで僕の股をコンパスみたいに扱わないでください……」


「必要処置よぉ、とりあえず私の見解としては人の身体にしては頑丈になってるし、治癒速度も速いわ。完全に吸血鬼の権能の一部を受け継いでいるわねぇ」


「やっぱりね……具体的には分かる?」


「とりあえずさっき言った身体強化、治癒速度上昇に加えて確定してるのは……魔力上昇、くらいね。他は色々調べないと。何を受け継いだのかよく分からないし、そもそも権能になってくると触診だけじゃあさすがにねぇ」


 権能。それは悪魔が有する特殊な魔術を指す。

 吸血鬼や鬼牙オーガ等の悪魔の種族的に有する共通の権能もあれば、その者しか持ち得ない特別な物すらある。

 それが悪魔の武器であり、人類と長い間敵対してきた原因の一つだ。


 一番目ウーヌスの言葉を受け、カリストは思い出せる限りでドゥルキュラの権能を書き出していく。


「自身の身体を分身体に分ける能力、相手の血を吸う、与える事で眷属にする能力……くらいかしら。正直舐められていた感は強いわ。底がしれないもの。権能も半分くらいしか出してないと思う」


「ふーん、謎は深まるばかりね。こればかりは本人に色々探ってもらうしかないかしらねぇ」


 ドゥルキュラとの戦闘の一部始終を見ていたわけではないが、確かに彼は本気を出していなかったと思う。

 彼の力の一部を取り込んだ今だからこそ言える事だ。

 なんとなく、彼の気持ちがわかる。


 美味を追求した男であり、群れず、一人で多くの人間を倒し、食してきた。

 膨れ上がった自尊心は彼を、いつしか王の位まで押し上げる力を持ったが、魔人の域を出ることはなかった。

 それは彼が、協力することを嫌っていたから。

 彼がもし、力を惜しまず、他者の助力を厭わない悪魔であったなら。


 きっとその力は王に達していたことだろう。


 心の奥深くで感じる彼の本質に浸り、願うのは一つだ。

 今まで多くの人間を害してきたこの力で、今度は僕が多くを救って見せる。


「そしたら、師匠は私って事で良いわよねぇ?」


 そんな僕の決意を他所に、一番目ウーヌスは勝手にそんなことを言い始めていた。

 僕個人的には、最強の名を冠する一番目ウーヌスに弟子入り出来るなど願ってもない話だったが、


「は!?」


 カリストの反応は芳しくなかった。


「ケンが武術に秀でてるとはとても思えないわ! 段差がないところで転ぶようなやつよ。彼には魔術を教えるべきだわ」


「魔の力の習得は必要だと思うけどぉ、触診してハッキリとわかったわぁ。この肉体は接近戦にこそ向いていると。それに見てなかったのぉ? あのカメレオンの魔物を倒した投擲。しゃがんだ体勢だというのに完璧なフォームだったわぁ」


「ぐ……それを言われると、痛いわね。分かったわよ。武術も併用して行うのは良しとするわ。でも! 魔術の師匠は私が担当させてもらうわ!!」


 潔く考えを改めるカリストだったが、どうしても僕に魔術を教えたいらしい。

 カリストが出来る魔術師というのは理解しているから、彼女にも教えを受けられるならば渡りに船どころか、渡りに空飛ぶ絨毯だ。

 近距離、遠距離両方を学べるならこれ以上の師匠は思いつかない。


 と、一人静かに歓喜していると、


「ふぅ〜〜〜〜ん」


 一番目ウーヌスが意味深にニヤついて、身を低くし、カリストを覗き込む。


「な、何よ」


「もぅしぃかぁしぃなくともぉ、そういうこと?」


「は、は、はぁっ!?」


 くすくすと告げた一番目ウーヌスの言葉に、顔を真っ赤にして蒸気を上げるカリスト。

 目はバタフライが如く泳ぎ、ツインテールはクロールをするようにバタついて、カクカクとぎこちない動きを見せる。


「な、ナナナ、ナンノコト、カシラン??」


「ふふっ、かぅわぃい〜!」


「ちょ! や、やめなさいよ!!」


 一番目ウーヌスは飛びついて自らの控えめな胸にカリストを埋める。

 照れながら押し返そうとするカリストだが、後衛が前衛の腕力に勝てるわけもなく、一番目ウーヌスが満足するまで揉みくちゃにされていた。


 —


 ということで、次の日。

 第二支部セカンドを目指しながら、僕の修行の日々が始まった。

 とは言っても、日中は魔物との戦闘は避けられないため、通常通り二人が倒した魔核集めを担当する。


 ただいつもと違うのは、


『見るのも修行のうちよぉ。私と、カリストちゃんの戦う姿見といてねぇ」


 見る修行が追加されたことだ。

 兎に角、見る。

 ただそれだけだが、それが意外と難しい。


 注意深く見てみれば、一番目ウーヌスの動きは奇抜が過ぎる。

 思うままに、踊るように自由自在に体を動かして戦っているのに、必ず相手の急所を外さずに一撃を与える。

 全てが一撃必殺であり、それから逃れられた者がいたとしても、その後の攻撃の布石になっていたりする。


 自身の傷を考慮せず、一発一発が自傷ありきの強大な一撃──というわけではないのがミソである。

 本人曰く、それが強敵と戦う際のスタイルとのことだが、少なくとも雑魚相手ではその様相は伺えない。

 つまりは自力あってこその自傷戦法なのだろう。

 勉強になる。


 対してカリスト。

 彼女は広範囲を一掃する殲滅系の派手さが目立ち、その他を注目できていなかったが、彼女の真骨頂は繊細な魔術技術だ。


 岩巨人ゴーレムによる守護、岩棘を生やす事で相手の行動を制限しつつ数体を始末し、集めたところで一網打尽の範囲攻撃を加える。

 更に味方のバフ魔術も使用しているというのだから万能感極まる。

 勉強になるが、カリストと同じことができる未来は正直見えない。


 どちらかというと、一番目ウーヌスの戦闘スタイルの方が性に合っているかもしれない。


「というか……あんたのその犬耳、いつ無くなるのよ」


「引っ込めたくても……引っ込め方分からなくて……」


 そう。僕はあれ以来、耳がでっぱなしなのだ。

 聴覚が鋭くなっただけで特に不便はない。

 寝る時に二人の寝息や鼓動が前よりハッキリと聞こえてしまう為、そこだけは難点といえよう。


「はむ」


「ひぇあっ!」


 と、突然耳に感じる違和感。

 ヌルヌルの何かが艶かしい音と共に蠢く感触に思わず飛び跳ねた。


「な! 何してんのよ!!」


「うぇ〜舌が毛だらけぇ」


「あったりまえでしょ!!」


 ペッペと口の中から毛を出す一番目ウーヌスを、思い切り振りかぶってポカリと一撃をお見舞いするカリスト。

 頭を摩りながら、一番目ウーヌスは舌をぺろりと出して、


「ごめごめ。感触犬と同じなのかなぁって」


「せめて一声かけてくださぃ……」


 犬でもないのに、本当に犬のように震えてしまった。

 一番目ウーヌス曰く、次の町まであと一週間ほどあるらしい。

 一週間でどれくらい強くなれるだろうか。

 楽しみだ。

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