第13話 鋼鉄壁村エンドライン


 二人と特訓を始めて一週間、森の中でばちばちにしごかれた後に、僕らは町に着いた。

 一番目ウーヌスも技名を考えていたのは初めだけで、途中からは体幹や構えの身体の動きを知る修行に移行した。

 魔術の核心を掴む修行は難航し、結局僕は魔術を一週間では入門にすらいけなかった。


『魔術は他の術と比べてもセンスが最も大事なの。だからそんなに落ち込まないで』


 と落ち込む僕を、カリストは慰めてくれた。

 つまりはセンスがないということだが、ここは素直に前向きにいこう。


「というかここまで、毎日魔物との戦いって……森は危険と聞きますけど、この森ちょっと多すぎない?」


 結局僕らがこの町に着くまでの間、二人は毎日戦闘しっぱなしだ。

 悪魔本体ではないとはいえ、緊張感が途切れない日々は二人の体調を崩してしまわないか心配だったが、二人はケロッとしている。


「そもそも魔殺しの子供達ベナンダティのいる場所は悪魔との戦いの最前線。第一支部ファーストが建てられた場所は、魔物の自然発生率も高かったのよぉ。強力な結界で囲っていただけで、周りにウジャウジャいたってことねぇ」


「悪魔本体は第一支部ファースト設立の際に、優秀な司教達によって倒されたからその残り滓がいるって感じね」


「あぁ……だから──」


 残り滓とは随分な言いようだった。

 それだけ彼女らの実力が高いということだが。

 とはいえ、それで全て納得がいく。


「──こんな事・・・・になっているわけか」


 眼前に広がるのは巨大な鋼鉄の壁だ。

 視界の端どころか、地平線の先までずぅっと伸びたソレは、一体どこまで続いているのか計り知れない。

 まるで僕らの住んでいた森を断絶するように、建築された屹立するソレは、外の世界を旅するのが五歳以来の僕にとっては衝撃の光景だった。


 鋼鉄の壁にちんまりとついた小さな扉。

 ソレすらも分厚い鋼鉄で作られた厳重さが、警戒の高さを教えてくれる。

 扉中央上部に取り付けられた、手のひらさえ入らないような小窓から目だけが覗く。


「誰だ」


 成人した男の声だった。

 一言ながら警戒心が伝わってくる。


魔殺しの子供達ベナンダティ第一支部ファースト一番目ウーヌスよぉ。開けてくださるかしらぁ」


 二人は特に焦った様子はなく、小慣れている様子で応対する。

 対する男は少し考えるように眉を寄せた。


「そんな報告は来ていないが」


「そこも踏まえて連絡よぉ? 司教様に連絡取ってもらっても良いわぁ」


「伝書鳩や通信機は」


「だぁかぁらぁ、そこも含めてって話よぉ。そもそも私の顔知らないって貴方、ここ着任して何日なのぉ?」


「……待て」


 すると、男は何かを確認するように一旦姿を消した。

 少しして、目だけが顔を出す。


「確認が取れた。入れ」


「ふふ、ありがとぉ♪」


 魔殺しの子供達ベナンダティ一番目ウーヌスという肩書きが、どれだけ多くの人に知られているのかは知らないが、少なくとも無名というわけはないと思う。

 魔殺しの子供達ベナンダティの子供達が依頼をしに行く際、ここを必ず通らねばならないというのであれば、一番目ウーヌスの名を知らないことの方が珍しいのだろう。


 無礼な態度をとった門番に対し、一番目ウーヌスは気にしないように笑顔で礼を返した。

 何回か鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開く。

 門番は一番目ウーヌスの正体を知っても尚しかめっ面であり、あまり僕らを快く思っていないようだった。


「さっさと行きな」


 二人は特に何も返事をせずに通ってゆく。

 僕はとりあえず軽く礼だけをしてその横を通った。


 鋼鉄の壁の入り口は分厚さを物語っており、小さなトンネルのようだった。

 視界の先で陽光が差し込んでいる。


 正直僕はワクワクしていた。

 鋼鉄の壁を越えた先に、一体何があるのかと。

 これだけの壁を作り出せる技術、或いは魔術がある都市だったりするのだろうか。

 異国では機械というものが発展していて、魔力なしで岩巨人ゴーレムを動かす事ができるらしい。

 そういった技術が発展した街並みを想像するだけで胸が躍る。


 そしてトンネルが抜けた先、そこは、


「え?」


 驚くほどにボロい村の街並みだった。

 とても建築家が作ったとは思えない、雑な木の板を貼り付けただけの安普請やすぶしんな家の数々。

 そこに暮らす人々もどこか粗暴な雰囲気を漂わせる者ばかりだった。

 タトゥーは当たり前に彫られており、武器を背負い、酒を昼間っから片手に飲み歩いている。


 なんというか、そう。

 例えるならば、山賊の街──のような。


「多分、あんたの想像は案外的を得ているかもね」


 そんな僕の狼狽する様子を見て、心境を察したのか。

 カリストは淡々と言った。


「この村の名は鋼鉄壁村“エンドライン”。諸事情で表舞台には立てなくなった人達が来る、最後の逃げ場所よ」


 —


 エンドラインの集落風景は、山賊の大集会場、という表現が一番近いだろう。

 ならず者に無法者、小悪党に、軽犯罪者。更には娼婦までいる。

 酒場や武器屋、人が住めるとは思えないボロ宿屋など、一応村として経済は回っていそうだった。


 中でも、一番の賑わいを見せていた“御袋亭おふくろてい”に、僕らは昼食を取りに来ていた。

 僕らはカウンターに座り、注文を待つが既に二十分くらい経っている。

 二階建てで人が敷き詰められた店内を、若い娘の店員が忙しそうに走り回っている。

 随分と繁盛しているようだ。


 僕らもここ数日は調味料なしの、素材の味を楽しむ食事しか取ってこなかった。

 お品書きにあるハンバーグやステーキと言った文字に、思わず僕は喉を鳴らした。


「案外良いもの置いてるじゃなぁい」


「こら。お店の人に聞こえるでしょ」


「誰も気にしないわよぉ、このどんちゃん騒ぎじゃあ」


 実際、荒くれ者らのガヤは昼間だというのにお祭り騒ぎだ。

 集団で酒を浴びるように飲んで、肩を組んで笑い合っている。

 対する僕らは静かに店員の到着を待つ。

 温度差が激しい。


「悪かったね、待たせちまって」


 と、漸くカウンターに店員がやってきた。

 体格の良いお姉さんだった。

 見た目からして店長だろう。


「用心棒のマキラだ。料理は練習中、配膳するとお客様を吹っ飛ばしちまうから、オーダーしか取れねぇんだ。身体がデカくてここまで来るのにも時間がかかっちまった。あっはっは!!」


 まさかの用心棒だった。

 だが確かに。客層を思えば、働いているのは皆若い女性だった。

 僕らくらいの少女も一人いる。

 彼女達だけで、お店を守るのは難しいかもしれない。


「というかあんたら、随分若いじゃねぇの。苦労してんだなぁ」


「まぁねぇ」


 一番目ウーヌスは受け流すように返事して、三人分の注文を手渡す。

 その内容を見て、マキラは鼻を鳴らした。


「待ってな。うちは注文を取りに来るのは遅くとも、素早い提供で通ってるんだ。すぐ持ってくるぜぇ!」


「普通逆じゃないかしら……?」


「確かに……」


 二人で失笑。

 一番目ウーヌスは一人静かに店内のランプを見つめていた。


「それでこれから僕はどうするんですか?」


「んぅ? とりあえず、門番さんに夜お話をする約束をしたから最低でも明日までは滞在することになるわねぇ。んで門番さん経由で教会に連絡して、第二支部セカンドに向かう。と言ったところかしらぁ。ま、ここまで来れたなら第二支部セカンドまでは一瞬よぉ」


 門番は壁の補強作業で日中は忙しいらしく、会話の時間すらないらしい。

 それくらい、魔物大量発生の森と接しているこの村の警備は厳重に管理しないといけないのだろう。


「ねぇねぇ、カリスト」


 荒くれ者のガヤの中でも聞こえるよう、内緒話をするようにカリストの耳に口を近づける。


「なによ」


「凄い今更なんだけど、獣人って世間的にどうなの?」


 僕は未だに獣耳が生えている。

 とりあえず村に入る前にフードをかぶって隠しているが、これからの立ち回りのためにも獣人の評価を聞いておきたかった。

 コレで凄い差別されてるとか、見つけただけで報酬十万とかだと笑い話にもならない。


 僕の不安を感じ取ったのか、カリストは手で僕の顔を突き放しながらも、“心配要らないわ”と前置きした。


「獣人が差別する地域もあるとは思うけど、世間一般的には問題ないわ。ただ、人によっては因縁を持っていたりするから、隠しておくに越したことないわね」


「なるほど……」


 余計な諍いは避けたい。

 元々見てくれが怖い人たちばかりなのだ。

 気性も荒そうだし、難癖一つでも避けれるなら避けたいところ──


「なぁ姉ちゃん達、あんたら三人だけかい」


 と、そう考えていた時。

 背後から酔っ払いが一人、一番目ウーヌスに絡んでいた。


「そうよぉ。ちょっと所用でここを経由しないといけなくてぇ、明日には出立するわぁ」


「なに! そりゃあまた急だな! じゃあ今のうちに楽しまないとなぁ!」


 なぁ! お前ら! と言って、周囲の荒くれ者達が同意する。

 乾杯! とジョッキを掲げて、一気に酒を飲む。

 豪快で気持ち良い飲みっぷりだが、一番目ウーヌスが心配だ。


 彼女の容姿はとても良い。

 年下の僕が見てもドギマギするような美しさだ。

 更に言えばカリストも可愛い。

 性格こそアレだが、顔は一番目ウーヌスに負けず劣らずの整いっぷり。

 身体つきに至っては、一番目ウーヌスを凌駕している部位もある。そう、例えば胸とか……。


「あんた、今いやらしいこと考えてたでしょ」


「な、な、なななにゃにを!」


「さっきまで耳立ってたのに、今ペシャンコよ。あと顔」


「くそ!! こんなところで獣人化の被害が!」


 いやらしいことを考えていたわけではない!

 断じてである。

 健全な男子ならば誰もが考えることだろう。

 少しくらい鼻の下が伸びたって仕方ない。


 なぜなら僕はこの美少女二人と毎日を過ごしているのだ。

 悶々とした気持ちにもなる。

 そう例えば──────あの首筋。

 あの首筋なんかはとても美味しそうだ・・・・・・・


 ツルツルで、張りのある肌は贅肉がなく、とても牙がたてやすそうだ。

 膨れ上がった風船のように、刃を突き立ててこぼれんとあふれ出す血液を、一滴足りとも余さず飲み干すのだ。


 その光景を想像するだけで、興奮してそそり立つ。

 あぁ。無防備な白い肌。

 カリストならば、少しくらい味見しても許してくれるだろう。

 何せ彼女は幼い頃からずっと僕と過ごしていた幼馴染なのだから──


「どうしたの?」


「え?」


「いや、顔が近いって……」


「─────ッ!?」


 僕は咄嗟に飛び退いた。

 口を押さえて。


「そ、そんなに引かなくても良いじゃない」


「い、いやごめん……可愛すぎて……」


「ふぁっ!? あ、あんたいきなり何を」


 静かに座る。

 手を口に当てて分かった。

 僕の犬歯が異常に発達している。

 まるであの、吸血鬼・・・みたいに。


「コレは一体……どういう」


 どういうも何も、犬の耳が生えた時点でおかしかったのだ。

 僕の悪魔憑きとしての能力が徐々に覚醒してきた、ということなのだろうか。

 だとしてもあの衝動……、血を吸いたいだなんて。

 そんなのあまりにも。


「え、ちょっ待ってぇ」


「いや! 待たん! 男は行動あるのみだ!」


 そんな僕を置いて、どうやら荒くれ者は一番目ウーヌスを口説いていたらしい。

 カリストの首筋に夢中になっていたせいで、全くことの成り行きを見ていなかった。


 二人は強いとは言え可憐な少女である。

 ここは男の僕がズバッと一言断りを入れて──


「な、なぁ、にいちゃん。あんた可愛いなぁ」


「…………はぇ?」


 と、立ち上がったところで。

 先ほどまで一番目ウーヌスを口説いていた酔っ払いが、凄いニヤケ面で目の前に立っていた。


「肌も綺麗だ……一体どんな手入れしてるんだ? 髪もサラッサラだ……目はクリクリで可愛いじゃねぇの……」


「ひ、ひぃっ!? 一体どうしたんですか!」


「一体どうしたんですかじゃねぇ! お前こそどうかしてるぜ! 狼の群れに羊が飛び込むとはなぁ……ひひ」


 そう言って舌舐めずりをする男。

 顔をがっしり掴まれ、唇を近づけてくる。

 徐々に徐々に、酒臭い息と何とも言えない視界の悍ましさに、血の気が引いていく。


 うそ、だよね? 冗談だよね? 

 初キスが男だなんてそんなのいやだぁっー!!!

 と、覚悟を決めたその時、傍から男が酔っ払いを突き飛ばす。


「おい! まちやがれ! この子を狙っていたのは俺だぞ! な、なぁ、どこ住み? 趣味は何? 伝書鳩やってる?」


「馬鹿野郎! この子はさっきから俺のことをずっと見ていたんだ!! 外野はすっこんでろ!!」


 アレよアレよという間に、僕の周りには酔っ払いの人だかりが出来てしまった。

 もみくちゃにされる僕は抵抗出来ず、というかこの状況がわけ分からず。


「な、なにこれぇー!?」


 男達になすがまま、おもちゃのようにされていた。

 結局、注文を運んできたマキラが助けてくれるまで、二人は助けに来てくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る