第6話 無に帰る
「助けに来たよ、カリスト」
その言葉の衝撃は、カリストが短い人生において受けたことのないものだった。
身体は青ざめ、既に人ならざるものになったのは明らかな彼が、ただ一言確かに放ったその言葉。
カリストの目尻に涙を浮かべるに足る力を持っていた。
「ケン……」
「aaaa……血ぃ……」
「ケン!??」
「aご、ごめん……完全にaaa正気にaもどaっaたわけじゃaaaa」
目に光が宿ったと思えば、再び白目を剥いてを繰り返すケン。
何かの力で抵抗は出来ているようだが、完全に回避できたというわけではないらしい。
「一体何が起きておるのだ……!」
その困惑はドゥルキュラも同様であり、現状への理解は出来ていない様子であった。
狼狽えようは演技には見えない。
だからこそ、この奇襲は功を奏した。
「ガル!!!」
ケンの呼び声に呼応して、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
それに続くようにケンもドゥルキュラに飛びかかり、その首元目掛けて歯を立てた。
本来なら術も使えず、力もないケンでは噛み跡が付く程度の力しかない。
だが
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!??」
ドゥルキュラの首元から、ガルが喰らい付いた胴から血が溢れ出す。
暴れ出すドゥルキュラの腕を押さえこむ怪力を発揮している姿は、以前のケンにはとても思えない。
カリストはただ現状の混乱に巻き込まれるのみで、
「ぶ、
ドゥルキュラが手をケンに翳した瞬間、カリストの意識は現実に帰還した。
咄嗟に杖を構え、その先から炎の弾をドゥルキュラの手のひら目掛けて放つ。
「っな! 詠唱破棄……!」
「
続く詠唱。
術式を顕現させるのに必要な魔力抽出の儀式だ。
詠唱を省くには特別な技術が必要であり、その成功として魔術発動までの速さの代わりに威力減退を受ける。
逆説的に、完全詠唱した魔術は威力減退の影響を受けず、発動者の魔力によりその威力を変える。
「第七階位術式・
カリストの横に顕現する炎龍から吐き出される炎の息。
それは大地を抉り溶かすだけの熱量を誇っており、子供が扱う術とは思えない完成度と威力だった。
ドゥルキュラもケンへの攻撃をやめて、防御に移るほどに。
「ぬぅぅっっ!?」
腕を無数の蝙蝠に変換させ、高速で回転させることで盾を形成。
地面さえ溶かしてしまうカリストの術を完全に防いでいた。
だが、
(わ、我の力が眷属の此奴に吸収されている!? あ、ありえない、主人たる我がなぜ)
ドクンドクン、と、首筋に噛みついたケンに力が吸われているのを自覚する。
それを引き剥がそうにも片方の腕には犬が、もう片方は術を防ぐのに精一杯だった。
(腕の力を抜けば術にやられ、このまま放っておけば我の力が吸われてしまう! マズイ!! マズイぞ、この状況は!!)
どちらか一方を優先しても、どっちにしても自分が死ぬ未来は変わらない。
ならば少しでも延命できる可能性を探してドゥルキュラは叫ぶ。
「良いのか! 我が少しでも力を抜けば、この想い人と共に消し飛ぶぞ!!」
「構わないわよ! 私もケンもそんな生ぬるい覚悟でここに来てないわ!!!」
「ぐぅぅぅっっ!!」
火力は益々増していく。
力を削がれた状態で直撃すれば不死身性を有するドゥルキュラでさえ危うい。
何せ相手にしているのは、子供とはいえ悪魔専門家なのだ。
不死身の悪魔を倒す術など幾らでも持っている。
「うおおおおおおおおお!!!! 誰でも良い!! 我を助けよ!!! 眷属共ォォ!!!」
言葉にせずとも、意識下で指示を出してはいた。
だが動かない彼らに痺れを切らし、言霊を持って命令する。
口に出すのと出さないのとでは、詠唱と同じく効力が違う。
だが、
「aaaa……」
カリストが並列発動している祈祷術による悪魔よけの光が、
強力な祈祷術は光だけでも下級の悪魔を滅ぼす力を持つ。
数字持ちのカリストならば、知能も力もない魔の生物を近づけさせないことくらい朝飯前なのだ。
「我がぁぁぁぁぁっっ!!! このわれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
力をケンに吸収されて、元から細い痩躯がみるみる痩けていく。
そうして、カリストの技を防ぐ力すらなくなった時、ドゥルキュラの身体は塵になって消えた。
その場に巨大な魔核を残して。
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