第7話 僕も頑張るから
時は少し戻り──
視界を切り裂く光の暴力。
直後、襲い掛かる身体を吹き飛ばす爆風。
それが僕の最後の記憶だった。
「うーん……」
背中と頭に走る鈍い痛みは、目を覚まそうとする僕に警告を出しているようだった。
ゆっくり目を開く。
森の中。
僕は、何をしていたんだっけか。
「思い出せない……」
おそらく頭の痛みのせいだろう。
後頭部に走る痛みは、今までシスターに受けた痛みと比較すれば、相当なものとわかる。
そして、意識の海からようやく海面に顔を出したあたりで、気絶する前の出来事を思い出した。
「きょ、教会は!?」
身体を起こし、その先の光景に目を疑う。
森に囲まれた自然豊かな情景は跡形もなく吹き飛び、教会など原型を留めず瓦礫の山に変わっている。
僕の見知っている風景は過去のものとなった。
「そんな……」
ありえない。というより、何が起きている?
記憶では突然光が発光したと思ったら気絶していた。
しかし、この惨状を考えるに、爆発のようなものが起きて、自分が吹っ飛ばされたことは想像に難くない。
だから、
「grrrr……」
この現実は嘘だと、信じたかった。
「ガル……?」
唸り声。
その先にいたのは、確かに頭蓋を石で砕かれ死んだはずのガルがいた。
自力で立ち上がり、その生命を見せつけている。
「ガル! が……る?」
生きていたと思った。
だが、駆け寄ってそれが間違いであることを──否、異常であること──知った。
確かに立っている。
だが、確かに
割れた頭蓋から血を流し、とても生き物として存在しているとは思えないその姿。
形容するならば、
悪魔により、或いは下法の黒魔術により復活させられるという、死んだ者の復活した姿だ。
死にゆく魂を無理やり現世に繋げ止めることで、身も心も腐り、知能はほぼゼロの肉塊と成り果てる。
そんな、戦場に出ない僕でさえも知っているような、御伽話に出てくる悪夢がそこにいた。
「ガル? 大丈夫、血が出てる……」
信じたくない。頭から血が出ているのは幻覚だ。
或いは夢か何かなのだろう。
でなければ、戦場に出れないこの、才能のない僕が非現実を体験するはずなどない。
そう信じて手を伸ばして、
「graaaa!!!!」
「うわぁっ!!?」
伸ばした手に噛み付くガル。
咄嗟に手を引いて躱すが、
「grrrr」
今のが本気だったことは、僕じゃなくてもわかる。
ガルのお世話係として、数年を共に過ごしてきたが、彼がこれほどの敵意を見せたことなど一度もない。
「ガル……何で、どうして……一体何が」
後ずさる。
少しずつ迫るガルから距離を取るために。
だが僕は忘れていた。
「あ」
自分が木に追突して気絶していたことを。
すぐに直立する木に逃げ道を塞がれて、立つこともままならない僕はただ怯えるしか出来ない。
そして遂に、
「グラァッ!!!」
飛びかかってくるガルに身を縮こませた。
何が起きているのか、何もわからず死んでゆくなんて。
もっと力があれば、変わったのだろうか。
そんなことを考えて、ふと気づく。
ガルが襲いかかっている相手が自分でないことに。
「グラァッ!!!」
「aaaaa!!!!」
それは
僕をよく叩いて、ガルを虐めていた子だった。
その子の首を食い千切り、むしゃむしゃと食べ始めるガル。
以前のガルの様相とは似ても似つかない野蛮な姿であり、獣らしさが伺えたが、なぜか恐怖は消えていた。
そして、そんなガル達の戦いで僕は気づかなかった。
「え?」
僕自身の腕に、蝙蝠が噛み付いていることに。
—
そうして、僕は気づけばカリストを助けていた。
感情の向くままに、衝動のままに、気の向くままに。
暗い闇の中でもがいているような感覚だった。
ただ光の先を──カリストを目指して。
—
「あら、起きた?」
「……何が、あったの?」
瞼を焼く陽光に目を覚ます。
記憶はもはや途切れ途切れで、何があったのかを理解する力もしようとする力も僕にはもうなかった。
ただ疲れ切った身体に従って、この身を地で冷やすだけ。
それがとても心地よかった。
「単純よ。悪魔に襲われて、みーんなしんで、私とあんただけ生き残ったのよ」
「そりゃあまた、簡潔な」
「別にいいでしょうよ。私、この組織嫌いだったもの」
朝日を眺めるカリストの口からとんでもない事実が飛び出す。
驚いた。彼女はてっきり気に入っているものと思っていたが。
「何で意外そうな顔してんのよ。あんたがボコボコに虐められてていい気なんてするわけないでしょ。だからと言って仕事をサボるわけにもいかないし、四六時中見てるわけにも行かないし……言い訳に聞こえるかしら」
「ううん。君に助けてもらわなきゃ何も出来ないなんて、情けないじゃないか。君がもっと助けてくれたら、なんて思ってない」
そう。と言って少しだけカリストは笑う。彼女の中では後ろめたい気持ちだったのだろうか。
ならば、
「少しでもカリストが僕のことを思っていてくれたのが、嬉しい」
僕の本心を伝えるだけだ。
心からの気持ちを。
「本当はさ、もう僕のことなんて忘れちゃったんじゃないかて思ってたんだ。数字持ちは、他のメンバーに比べても待遇が良くなるから……」
数字持ち、成績上位者は
一人で多くの悪魔を討ち取る彼らはその分、各支部シスター達からとても手厚くもてなされているとか。
そんな功績を上げる彼女の待遇は、最下層の僕と比べようもなく、贅沢な暮らしをしていた。
羨ましいと、思うことは一度もなかったと誓える。
その代わりに、
「カリストが僕のことを覚えててくれている自信が、なかったんだ。僕が弱いから」
目にするのはいつも、数字持ち達との歩く姿だ。
仲良さそうに、或いは真剣に話す彼女の姿を見て、遠い世界に行ってしまったと。
そう、思っていた。
「だからカリストが僕のことをわすれ──」
「ざっけんじゃないわよ!!!」
と、僕の言葉を遮って、カリストは怒鳴った。
朝日を後ろから浴びる彼女の姿は光って見えて、可愛さも相まって天使のよう。
そんな天使のような君が、涙を流しているなんて。
僕は気づけなかった。
「私が、ケンを忘れてる? 一度だってないわよ!! 少しでも強くならなきゃ生きていけないこの世界で、私たちの価値は成果なのよ! 強さなの!! 私はそれがないと生きていけないの!!」
「でもそれは……僕だって」
「あんたは祈祷適性Sでしょうが!!」
「あ……」
忘れていた。
周りからの態度と対応で僕は真実を忘れていた。
そうだ。僕は確かに、この教会にやってきた理由があったんだ。
エリートしか集まれないと言われる、この
「いつかは、才能が覚醒するかもしれない。魔術が使えなくとも、祈祷が使えなくとも、気術が使えなくとも、適性値がSってのはそれだけすごいの。
彼女が評価されたのは魔術と祈祷の両方を併用し、更にはその術の融合を果たした多彩な攻撃手段だ。
魔術による属性攻撃は破壊力はあれど、魔物や悪魔にはあまり効果がなく、すぐ再生されてしまう。
逆に祈祷術は悪魔に特攻の術はあれど、破壊力は皆無と言って良い。人に対する殺傷能力はゼロだ。
その二つを融合させ、広範囲の悪魔を薙ぎ払う、下級悪魔に特化した戦力としてカリストは重宝されていた。
活躍の裏にあった彼女の苦悩と不安を、僕は今まで気づかなかった。
──いや、目を逸らしていた。
「頑張らないと、生きていけない。この場所にいられない。あの寒い場所はもう嫌なの……だから、ずっと頑張ってたの……」
震えている。
自分自身を抱きしめて、ひたすらに。
彷彿とするのは二人の生まれ故郷。
名も知らぬ雪の国。
ただ一面が真白で、行き交う人々は死にゆく子供に興味を示さない。
雪に塗れながら、二人で身を寄せ合っていたあの日々を、唐突に思い出す。
「一人は嫌なの……」
思わず僕は抱きしめていた。
悪いのは僕なのに。
そうしないといけないと思った。
「ごめん。ごめんよ。これからはもっと頑張るから……カリストだけを一人にしないから」
気休めにもなりはしない。
今まで一度も悪魔と戦ってこなかった雑用の分際で何を言っているのか。
実力者から見れば正気の沙汰ではないだろう。
だが、僕の言葉で少しでも彼女の曇りが晴れるのであれば、
「僕も強くなるから」
僕はいくらでも虚勢を張ろう。
たとえそれが、今出来ない嘘だとしても。
いつか出来る本当にするために。
これは契約だ。
僕が僕を、高めるための。
彼女を守るための。
これからは二人で生きていかねばならないのだから──
「いや〜お熱のとこ悪いんだけどぉ、私もいるのよねぇ」
「「誰!?」」
突如、少女の声が呼び掛けられる。
二人で周囲を警戒するが、辺りに敵らしき存在は感じられないし、見られない。
それを笑うように、
「ここよ、ここぉ」
「「わぁっ!!?」」
瓦礫の中から腕が飛び出した。
少しずつ瓦礫の中から身体が出てくる。
まずは頭、次にもう片方の腕、胸、尻に足と次々に飛び出す体のパーツ。
それらは人間の形を模しておらず、形容するなら人の体をぐちゃぐちゃにして団子にしたような異形の怪物で、
「うわぁ!! まだ
「いや! 待って!」
手元にあった石で殴りかかろうとした僕を、カリストが静止する。
ジッと観察したカリストは目を開いた。
「まさか……
「そうよぉ。私よ、
ぐにゃぐにゃと、肉団子の状態で身体を動かす様は正しく化け物のそれだ。
二人で一緒に思わず後退り。
「あんた、再生に失敗して人の形してないわよ……」
「あら、本当ねぇ。そしたらこうして……ああして、ほい」
ぐちゃぐちゃと身体の繋ぎ目を動かして、少しずつ体は人の形を成してゆく。
そうして完成したピンク髪の少女は、得意げな笑みでY字立ち。
その姿は霰もない生まれたままの姿で、
「うわぁぁぁ!! は、裸ぁぁあ!!」
僕は飛んで顔を伏せた。
だって、陽の光が隠すところなく瞳に映すんだもの。
それに、
「ん? 何で彼が恥ずかしがってるのかしらぁ。ここ、私が恥ずかしがるところじゃない?」
一人うずくまる僕を置いて、くすくす笑うシェリー。
「知らないわよ……」
呆れたようなカリストの呟きは、どこか安堵を含んだように聞こえた。
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