第5話 助けに来たよ

 屍人グール

 それは何らかの術により、人が人を襲う魔物になった状態を指す。

 つまり、死んでいなくても屍人グールになることはあり、術中化にあり、尚且つもう生き返らない状態ということだ。


 だから現在、ドゥルキュラが生み出している屍人グールには二種類存在していることを、カリストは理解した。


「我神にこいねがう。敵を討ち滅ぼす力を授けたまえ! 第四二の祈祷“懺波ざんぱ”!」


 両腕を交差した瞬間、カリストを中心として光の波が空間に円状に広がり、周囲の屍人グールを軒並み吹き飛ばす。

 コレらの屍人グールは死んだ状態から復活させたものであり、知性もなく大した術も使用出来ない正真正銘の死人だ。

 動いているだけの肉塊と何ら変わらない。


 だから問題は、


「Aaaaaa!!!」


三番目トレース……!!」


 血を直接吸われ、生きながらに屍人グール化した仲間達だった。

 たった二人。

 だがその二人が、あまりに強敵。


 槌を振り回しながら吶喊してくる三番目トレースは、矮躯ながら脅威的な膂力でカリストを攻める。

 虚な表情で全身は青ざめ、とても生きているようには見えないが、彼女が槌を構えれば忽ち雷が武器に纏わりついて、大地を割る一撃を繰り出してくる。


 掠りでもすれば致命傷は避けられない。

 カリストは杖と術を巧みに操り、何とか攻撃の軌道を逸らして猛攻を防ぐ。

 だが、


「足が!?」


 地面より現れるは黒い蛇。

 闇魔術により形成された影の呪縛は、そう簡単に解けない拘束だ。

 ドゥルキュラの横に座る四番目クァトルが犯人など、考えるまでもなかった。


 咄嗟に手のひらに顕現させた光の剣で蛇を断ち切るが、その隙を三番目トレースは見逃さなかった。


「しま────ッァ」


 腹部に雷が纏った槌が直撃。

 腹が消失したかと思うほどの衝撃が去来きょらいし、カリストは意識を失った。

 そのまま三番目トレースの膂力のままにカリストは吹き飛んで、樹木に背を打ち付けられた。


「かはっ……」


 本来死んでいてもおかしくないほどの衝撃だ。

 実際、カリストも死を覚悟した。

 しかしながら、カリストの身体を包むような温かい光が、死を回避させたことを示していた。


「ほほぉ。それは我が無帰光ザフラを受けた際に、子らが発動させていた術だな。死をトリガーにしているのか……興味大」


「かふ……裏の祈とう、その一。“生のリイン祝福カーネーション”よ。一度だけ死に至るダメージを無効化する」


「とは言え、我が眷属の雷までは無効化出来なかったようだな。益々、興味大」


 カリストは三番目トレース、そしてドゥルキュラの横に控える四番目クァトルのコンビに勝てる未来が見えなかった。

 そもそもの序列が上なのだ。

 一対一で勝てたことはないし、実績でも負けている。


 屍人グール化は生前よりも大幅な弱体化をするとはいえ、元の差があまりにも大きすぎた。

 それにカリストは元より後衛。前衛を相手にして勝てる道理もない。


「子らの作戦は、悪くなかった」


「な、何よ急に」


「いや? ただ、何もしてないように見えた汝が一番の功労者だったのだということは、今ので大体理解した」


 ドゥルキュラは立ち上がり、悠然と歩を進める。

 四番目クァトルも追従し、再び影による拘束をカリストに施す。


「恐らく、初撃で前衛が三人いたのにも関わらず、三人同時の攻撃をしてこなかったのは、元々二人は使い捨て。残る前衛一人と後衛二人で決着をつけるつもりだったのだろう?」


「……」


「少女は攻撃。この少年は拘束。そして汝は強化だ。ここにいる者達、全ての能力値を底上げしていた。末恐ろしい子である。非常に興味が尽きない」


 カリストは歯噛みする。

 ドゥルキュラの言う通りだった。

 フォーメーション・ティギラとは、前衛を一人に絞り、その他は特攻をして少しでも力を削ぐという犠牲ありきの作戦だ。

 他の数字持ち達は瞬時に自身の役割を理解して、数字の低い順から飛び出していった。


 運が悪かったのは、相手が強すぎたこと。

 結界と罠を突破してきた魔人、ということを考えれば全員の捨て身の方が作戦としては良かったのかもしれない。


 ──生存欲が足を引っ張ったか。


 カリストは天を仰いだ。

 神に使える身としては、十分に従事した彼女ではあったが、その結末がこれとは笑えない。


 もう少し生きたかった。

 そんな彼女の言葉を汲み取るように、


「汝、我が眷属にならないか?」


「────は?」


 ドゥルキュラは恐ろしい提案をした。


「何。汝のサポート能力が欲しくなっただけのことよ。ここで死なすにはあまりに惜しい才能である」


「馬鹿な……」


「汝の才能はこの瓦礫に埋もれた子らや今この場に立つこの二人よりも遥かに高い。だが肉体がダメだ。才能に肉体が追いついていない」


 悪魔の提案を続けるドゥルキュラの言葉には熱がこもっており、とても嘘を言っているようには見えなかった。

 徐に手のひらを切り裂き、地面に向けて血を垂らすドゥルキュラ。

 その血に反応して、三番目トレース四番目クァトルは物凄い速度で反応して、落ちる前に血を、二人で仕切りに舐め合っていた。


 その悍ましい光景にカリストは青ざめる。


「我の血を飲めば、眷属になれる。この子らは我が血を抜き取り、そこに血を補充した故、半眷属状態の為、力が大分削がれているが、自ら飲んだ場合は別だ。完全な眷属となり、強靭な肉体を得ることができる!」


 瓦礫を一掴みし、握り潰して見せるドゥルキュラ。

 術を使わずに、岩を握り砕ける膂力が手に入るならば、それは術使いとしては魅力的な提案だろう。

 肉弾戦が不利故の後衛なのだ。

 接近戦に持ち込まれても、戦えるようになる。


「代わりに我に絶対服従ではあるがな……更に我の力の一部を授けよう。どうだ? 良い提案では──」


 人によっては頷きかねないその提案。

 カリストは唾を顔に吐きかけることで返礼とした。

 先程まで愉快そうに笑っていたドゥルキュラの表情が、笑顔で固まる。


「願い下げよ」


 絶体絶命のピンチにおいて未だに笑うカリストの胆力は恐ろしいものだ。

 子供とはとても思えない。

 ドゥルキュラとしては喉から手が出るほど欲しい逸材ではあったが、


「ふむ。我の眷属にしては品が無さすぎる、か。失望大」


 そういって指を鳴らした。


 瓦礫から次々に現れる残りの屍人グールたち。

 ゾロゾロと、彼女を嬲ろうと近くに集まってくる。


 打開策を考える中、その屍人グールの顔ぶれの中に、信じたくない現実を見た。


「ケン……?」


 特徴的な白髪に、他の子供達と比べて貧相な身体は見間違えるはずもない。

 更に傍らには屍人グールのガルも寄り添っていた。

 白目に言葉を失い、ヨロヨロと歩くその様子は正に、屍人グール化した証拠であり、


「そんな……」


 僅かに残っていた彼女の戦意を折るには充分な現実であった。


「おや。この子は汝の想い人であったか。ならば、彼に処刑を任せよう」


 指示を出せば、ケンはヨロヨロとその足を少しずつカリストへと進めていく。


「やめて……目を覚まして!!」


 カリストの声も虚しく、ケンはしゃがみ込んだ。

 手を伸ばせば掴める距離。

 その様子を真後ろでドゥルキュラは楽しげに眺めていた。


「せめて死んだ後くらい、一緒になりたいものだ。慈悲、大」


 ふふふ、と愉悦に浸るドゥルキュラ。

 ゆっくりと手を構えて、そして。


「やれ」


 指を鳴らした。

 だが、ケンは動かない。


「……ケン?」


「なんだ。何をしている!」


 何度も確認するように指を鳴らすが、一向にケンは動かなかった。

 その様子に腹を立ててドゥルキュラが動こうとしたその瞬間。

 下を向いていたケンの目に、光が宿る。


「助けに来たよ、カリスト」

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