第4話 不死王

 相手の力は未知数。

 結界と罠を突破し、人と話せるだけの知能を有する悪魔との対峙は、その場にいた多くの子供に恐怖心を与えた。


 魔人。

 かつて相対したことのない強者との戦いはいつだって慎重になる。

 子供であれば尚更だった。


 カリストは考える。

 この場での最善を。

 或いは次善の策を。


 最早、最悪を回避出来れば何でもいい。

 想定できる最悪とは即ち。


「ふむ、思いの外、勢いのない。我はメインディッシュは後回しにするタイプでな。まずは」


「え」


 ──魔殺しの子供達ベナンダティの全滅だ。

 そう結論付けたカリストの横を風が通った。

 ツインテールが風に従って棚引き、初めて何かが横を通ったのだとカリストは気づく。

 恐る恐る背後を見た、その先には。


「弱者からいただくとしよう」


 腕に胴を貫かれた仲間がいた。

 重傷を負った、数字持ちではない仲間ミルカだった。


「ミルカぁっ!!?」


「ぁ……かは……」


 少しずつ、少しずつ、少女の身体が痩せ細っていく。

 ドゥルキュラの腕が脈動し、少女から魔力を血を吸っているのだ。

 カラカラに干からびたミルカを放り捨て、ドゥルキュラは腕に残る血を舐める。


「驚いた……我が魔生に於いて、得たことのない快感だ。これほどか」


 瞳を開き、感慨に耽る。

 その表情は心の底から喜びに震えており、


「戦に身を置き、その生涯を賭した子らの味というのは」


 次に狙いを定めんと、眼光を飛ばす。

 その場にいた全員が、走る緊張感に身をこわばらせた。


 狩る側が狩られる側に変わったことによる恐怖は、計り知れない。

 いつも通りであれば、楽々と悪魔を刈り倒している頃だろう戦闘時間の間に四四人の仲間が死んだ。

 そも、五十人での戦闘など行ったことがない。

 だからこそ、この異常事態ででも適応出来る、臨機応変さが求められた。

 歴戦の勇士ならまだしも、十代の子供では──


「フォーメーション・ティギラ!!」


 無茶難題を突きつけているようなもの。

 だが、その無茶を超えて来た子らこそ、この場にいるエリートである第一支部ファーストの中でも実力を認められた数字持ち達だ。

 カリストの魂からの叫びに、他の数字持ち達も気を引き締めて、戦闘態勢に移る。

 その様子にただドゥルキュラは、怯えるでもなく嬉しそうに口角を上げた。


「しゃらくせぇ!!」


 瞬間、爆発音。

 足元の瓦礫を爆破する勢いで蹴り飛ばし、跳躍したのは六番目セクスだ。

 勢いはそのまま、高速で縦回転し、速度と脚力を合わせた一撃必殺の踵落とし。

 魔獣クラスであれば、頭蓋骨を粉砕できる破格の威力を持つ技だったが。


「驚愕大、バッドしかし


「おいマジか!」


 ドゥルキュラの髪が衝撃で棚引き、足が地に沈む。

 だがそれほどの技を、ドゥルキュラは片手で受け切った。

 衝撃を殺し、空中で停止した六番目セクスを狙って、左手のひらが強襲する。


「おおおおおっっ!?」


「危ない!」


 それを救ったのは脚のくるぶしに羽を生やす少女、五番目クインクエだ。

 誰よりも速く空を駆ける力で、相手を翻弄する。


「ふふ、焦らすな。だが、鳥を落とすのは──得意大」


 ドゥルキュラが手を翳した。

 言葉で表せられない悪寒が二人を襲い、六番目セクスが声を荒げた。


「まずい! またさっきのが来る! 直線上から離れろ!」


「大丈夫よ! 私の速度についてこられるわけがないわ!」


 それは教会を一瞬にして消し飛ばし、四十三人の仲間を屠った残虐なる光の滅線だ。

 先程は命を守る祈祷術で防げたが、次まともに喰らえば死は免れない。


 しかしそれも無警戒の敵だから通用した技だ。

 子供に見えても彼らは数多くの悪魔を相手取り、狩ってきた本物の強者である。

 二度同じ手が通用するわけはない。

 だが、


鮮血悪逆ブラッド・バァッド


 彼らが感じたものは全く別種の破壊だった。

 ドゥルキュラの翳した腕に走る螺旋状の黒い影。

 それが高速で回転を始め、強大に膨れ上がったその瞬間、


激流蝠牙ストリーム!!!」


 噴き出したのは黒い竜巻だ。

 超広範囲を吹き飛ばす、血と影が蝙蝠へと変化した黒の竜巻は、空を飛んでいた六番目セクス五番目クインクエを飲み込んで跡形もなく消し飛ばした。


「う……そ」


 術の準備をしていたカリストは絶望に膝を折った。

 仮にも自分より数字が上の仲間達をたったの一撃で殺したのだ。

 そんな悪魔、相対したことなどない。


「やりすぎた、か。勿体無い……しかし」


 悪魔の目が光る。

 怯える獲物カリストの様子を見て、


「今後を考えれば、必要な犠牲とも言えるか、効果大」


 嫌らしく笑った。

 怯える獲物の何と可愛らしいことか。

 惨めに震え、縮こまり、助けをこう様の何と愛らしいことか。

 ドゥルキュラは笑う。

 未来に待つ未知の味に。


 だが、


「今よ!」


 カリストの心は折れていなかった。

 言葉を合図に、ドゥルキュラの足元から蛇のような黒い影が何本も生え出し、あっという間に拘束する。


 ドゥルキュラは魔力の痕跡を視線で辿る。

 その先にいたのは髪で顔を隠すほど前髪が長い少年四番目クァトル

 カリストの次に魔術師っぽいと言われる、魔術の使い手だ。


 地面に座り込み、持ち前の杖から伸びた影が瓦礫の中へと侵入。

 前衛二人が気を引いているうちに、準備を着々と進めていたのだった。


 それだけではない。


「どっこいしょぉー!!」


 身の丈ほどもある巨大な槌を振り回して、ドゥルキュラに飛びかかる少女は三番目トレースだ。

 子供達の中でも一際身長の低い彼女に備わっているとは思えない怪力を持って、ドゥルキュラを殺すべく跳躍する。


 ドゥルキュラはその時、理解した。

 フォーメーション・ティギラの内容を。


「悪くない……だが、相性が悪い・・・・・


「え!?」


 ドゥルキュラは黒蛇の拘束下でありながら、その身を数百の蝙蝠へと変える。

 雷を纏って振りかぶった槌は見事にからぶって、三番目トレースは体勢を崩した。


「勝負には運も必要」


「ぁぁっっ!!」


 蝙蝠が三番目トレースの背後に集まって、ドゥルキュラがその姿を表す。

 そのまま鋭利な牙を首元に差し込んで一気に吸血する。


三番目トレース!!」


 カリストの叫びも虚しく、三番目トレースはそのまま気絶し、地に伏した。

 その様子に慄く四番目クァトルの背後にまた蝙蝠が集まって、


「いただきます」


「ぁあ!?」


 首元にくらいつき、その血を啜っていく。

 顔色はみるみるうちに青ざめて、その場に四番目クァトルも倒れ込む。


 二人続けての食事にドゥルキュラは、口から滴る血を拭い、天に向け吠えた。


「圧倒的美味!!! 舌が肥える肥える!! 歓喜大だ!!! ははは!!!」


 喜び、喝采するドゥルキュラに、カリストは本当の意味で絶望した。

 一瞬のうちに仲間は殺され、重傷の最後の仲間はいつの間にか逃げていた。

 残された一人。

 そして相手は自分より強い数字持ちを瞬殺している。


 この盤面で、どうやって勝利を得れば良いのか。

 カリストには分からなかった。


 だが、てっきり襲ってくると思ったドゥルキュラは、その場に腰を下ろした。


「な、何で……」


「む? いや、腹が満たされたのでな。腹部大。であるから、少し余興でも、とな」


「よ、余興?」


 確かに、カリストはドゥルキュラから殺意どころか敵意すら感じられないことに気付く。

 先程まで頭に氷水をぶっかけたみたいに、冷えていた血が正常に流れているのを感じていた。

 だからこそ不可解だ。

 彼がこれから何をしようとしているのか──その真意がわからないから。


「君は、吸血鬼、についてどこまで知識がある?」


 パチンと指を鳴らして、ドゥルキュラは問うた。


「な、何を……」


「良いから解答せよ。どの程度知識を有する?」


「血を主食とし、蝙蝠を従え、悪魔の中でも上位に位置する存在……特に簡単に攻略できない不死身性を有すると」


「ふはは! 良いな。全くその通りだ。とはいえ、不死身というのは悪魔全般に言えることであるから、中でも死にづらいというのはある」


 ドゥルキュラが愉快そうに笑っている。

 特に何をするでもなく、ひたすら愉快そうにニヤニヤと。

 その様子に不自然さを覚え、カリストはふと、第六感に任せて後ろを振り向いた。

 そこには、


「Aaaa……」


「な、なに!?」


 ゆっくりと近づき噛みつこうとする屍人グールがいた。

 咄嗟に杖で振り払い、屍人グールは背後に倒れ込む。

 余興とはこのことだったのか、と、カリストはとどめを刺そうとして、


「……ミルカ?」


 その顔を見て、目を開く。

 そこにいたのは先程胸を貫かれて死んだはずの仲間の一人。

 笑顔が素敵なミルカだった。


「血を……血ぃ!!」


「っ────!」


 油断した瞬間、身体を勢いよく起こし、噛みつこうとしたミルカの首目掛けてナイフで反撃する。

 祈祷術により悪魔特攻の力を持つナイフは、突き刺さるだけでも効果を発揮し、


「ギャァァァァッッ!!!」


 屍人グールと化したミルカを絶命に至らしめた。


 悍ましい。

 それがカリストの抱いた感情だった。

 胸に直径十センチほどの穴が空いているというのに、まるで生きているように動かす外法の技。

 命の冒涜としか思えないこの術の、主人など考える意味もなかった。


「こんな言葉を聞いたことはないか? 曰く、吸血鬼は」


 ドゥルキュラの魔力が高まる。

 自然とカリストは身構えた。

 だが、信じられない──信じたくない光景に、思わず力が抜ける。


「眷属を持つ、不死王ノーライフ・キングだと」


 瓦礫の中から立ち上がる亡者の群れ。

 槌を振り回す少女も、前髪の長い少年も、ズタボロになった仲間たちも皆等しく立ち上がる。

 その瞳を赤に変えて。


「我が殺した者は皆、我が眷属である。──さぁ、饗宴だ。上手く踊れよ? 期待、大」

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