第3話 襲撃者
少しだけ時間は遡る──
加えて、対悪魔専用の祈祷術式の罠まで設置されている。
教会にとって
悪魔には段階があり、獣、人、王となっている。
魔獣:理性を持ち合わせておらず、人を食うことしか考えていない。縄張りを持ち、複数の魔物と共にコロニーを形成している場合が多い。
魔術を扱えるものが多いが稀に特殊な力を備えているものがいる。町一つを失う危険性がある。
魔人:理性を獲得し、人の言葉を話す。単体で特定の場所に居座らず、地域内を徘徊し、人を食らう。人を食うことを目的とするより、何かしらの欲を満たすついでに人を食らうことが多い。多くの町を危険に晒す可能性がある。
魔王:複数の魔人を従える非常に脅威的な存在。
一体誕生するだけでその大陸の安全性が失われるとされ、国を挙げて討伐隊が組まれる。場合によっては他国からの干渉も考えられる。国一つ、場合によっては複数の国が危険になる。
この獣の段階で、基本的に悪魔は討伐されるため、魔人も魔王も現代には数体しか確認されていない。
勇者と呼ばれる存在がいた時期には、夥しい数の魔人と強力な魔王が八体いたとされるが、それも昔の話だ。
結界も罠も第一級の代物であり、中途半端な実力者では突破出来ない。
少なくとも魔獣クラスでは絶対に突破出来ず、結界内に偶然入ったとしても罠にかかり死に至る。
故に、魔人の上位クラスで漸く辿り着けるのが
だからこそ、
「うーむ、グッドスメル。ええ、ええ。素晴らしいじゃあないか。我の舌を満足させるものは、この世にもうないのではないかと考えていたが、ええ。非常にこれは期待大」
これは異常事態と言えた。
「
夕刻。
赤に焼ける太陽がその役目を終えて、地へと沈んでゆく。
木漏れ日は徐々に闇へと支配され、魔に潜むものが暗躍する世界を作り出す。
闇に潜む彼もまた、童話で語り継がれた魔のそのもの。
揺らめく闇に赤い瞳、人の形をした異形がそこにいた。
「
結界は切り裂いて。
罠は意も介さず。
強大な悪魔は、そんなものはなかったというように悠然と歩を進めている。
風貌は悪魔、というには普通だった。
長身痩躯、目は赤く発達した犬歯は牙のようで、服装は黒尽くめ。
「お。アレか……?」
男の視線の先には、窓から暖かな光を放つ教会があった。
鼻腔をくすぐる濃厚な魔の匂い。
卓越した術者が密集していることは明白であり、自身の目指していた終点がそこにあることを証明していた。
「素晴らしい!! 我が慧眼に間違いはなかった!! どうしようか、魔の匂いに混ざるは夕餉の香り。食事中に扉を勢いよく開け放ち、挨拶するもよし。寝静まった夜に、一人ずつ食事をしてゆくのも乙であろうよ……」
男はこの後に行う自身の所業と、食事の味を想像して踊りながら涎を垂らしていた。
本来であれば。
彼がここに来た時点で、多くの子供達が迎え討ち、戦いが始まるはずだった。
しかしそのガルは
単なる嫌がらせのために。
「決めたぞ!!」
男は瞳を輝かせ、頭で描いた一番の登場方法に手を叩いた。
人差し指を境界へと向ける。
指先に小さな魔力が凝縮され、空間に歪みが生まれる。
光の弾が徐々にその大きさを増し、拳大に変化してゆく。
「やはりここは劇的な挨拶と行こう。唐突な攻撃。訪れる仲間の死。始まるのは復讐の宴! ええ、非常に甘美な味に熟成されるでしょう。
光の弾は一気に小石大にまで縮み、そして。
「
瞬間、世界は消えた。
巨大な光弾はその速度を持って光線に変わり、教会を消し飛ばした。
—
網膜を焼く光、続く爆音と爆風。
咄嗟に貼った結界術は、魔術と祈祷術を併用するカリストだから出来た芸当だった。
「い、一体何が……」
記憶にあるのは子供達とシスターとの食事だ。
幸せな食事の時間、唐突な光と共に周りの世界が一変した。
自身を円形に包む透明な結界は、外の様子を鮮明に映している。
瓦礫に囲まれて状況を確認出来ないが、少なくとも食事を楽しんでいた教会が吹き飛んだことだけは理解した。
平穏から戦闘へ、脳のスイッチを切り替えて、カリストは表情を険しくする。
「状況!!」
カリストは結界で瓦礫を弾き飛ばし、土煙が立ち上る破壊の跡に呼びかける。
祈祷術には術者の命を一回だけ無条件で守る、強力な術がある。
再発動に一月必要であり、習得には強い祈りと量が必要なため基本的には
ランキング圏外であっても使える人間はいる。
それを考慮しても、
「生存、七名です!」
五十人いるうちの七人しか生き残らなかったのは、痛手といえよう。
カリストは歯噛みする。
瓦礫の中から起き上がったのは数字持ち五人と重傷の子供二人だ。
その誰もが悪魔殺しの専門家といえど、相手の力量がわからず、後手に回った今あまりにも人手が足りない。
そんな焦りも束の間、
「ごきげんよう、至高の食材の子らよ。此度は美しい満月の夜に参上仕った」
月が大地から迫り上がる。
月光に照らされ、瓦礫の山の上に立つ人影が一つ。
マントを
その周囲を影の
赤い瞳が舐め回すように子供を吟味する。
一人、また一人と視線を移すたびに、男は笑みを浮かべ、その鋭利な牙を見せつけた。
「我が名、血影大公ドゥルキュラ。汝らの命、頂きに参った次第」
マントを翻し、
まるで竜巻のように、身体が押し戻される感覚は、相手の魔力の圧によって気圧されたのだ。
カリストはこめかみに汗を垂らしながら、先の敵を見て、思う。
こいつ──強い、と。
「是非に、堪能させて貰いたい。ええ、それはもう、期待大」
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