第2話 それはまるで代弁者のように

八番目オクトーだ!? 逃げろ!!」


 そういって蜘蛛の子を散らすように、いじめっ子たちは逃げていった。

 髪を逆立てて怒るカリストはまるで鬼神のようで、可愛らしい顔の名残すらなかった。

 身体大きいガルすら少し震えるほどの気迫だ。

 二人で体を震わせていると、鬼神の面はこちらにその眼光を飛ばしてきた。


「ケン。あんたもあんたよ、なんで抵抗しないのよ!」


「い、いや、だって僕は雑用だし……才能ないなら当たり前と言うか……」


「バッカじゃないの!!」


 カリストは持ち前のツインテールを振り回して怒る。

 二連続の髪ビンタで頬が痛い。


「雑用とか才能とかどうでもいいのよ。あんたはあんたでしょ! 虐めを許容していい理由にはならないわ!」


「そんなこと言ったって……」


 その暴論は強い人間だけが行える、強者の振る舞いだ。

 とても弱い僕には真似できない。


 思えば、カリストはこの教会に来た時からとても強かった。

 周りの子供のいびりにも屈せず、ひたすら努力して……。


 あれ、そういえば。

 カリストは昔、なんで他の子供たちにいびられてたんだっけ。


 思い出せなかった。


「ガルはちゃんと自分の意思を伝えられてるのにねー」


「くぅぅん」


 ガルはカリストの撫でに対して嬉しそうに鳴いた。

 おかしいな、もっと威厳がある犬なのに。

 何故かカリストの前では、チワワみたいだ。

 カリストは膝をグッと伸ばして立ち上がる。


「それじゃあ私は鍛錬があるからいくわ。あんたもまだ仕事、終わってないんでしょ」


「う、うん。頑張ってね」


「あんたもね」


 そういってカリストは手を振って森の中へ入っていった。

 教会から少し離れた場所に、崖やら川やらがあり、そこを子供達の技の練習場としていた。


 今でも遠くからたまに大きな爆発音が聞こえる。

 これが猛獣避けにもなっているらしい。

 一石二鳥という奴だ。


 僕はガルの手入れと餌やり、部屋の掃除を終わらせた後、掃除ようにバケツに水を溜めて教会に戻る。

 扉を開けて、バケツを中へと入れた後、教会奥。

 ステンドグラスの前に立つ女神の像の前に、さっきのいじめっ子たちがいた。

 そして、その横には鞭を持つシスターが。

 悲しげな表情で何度も鞭を伸ばしては縮めてを繰り返している。


 思わず、バケツの取っ手を離して、水をぶちまけた。


「剪定……って言葉を知っているかしら」


 バチンッと、鞭が振るわれて良い音を鳴らす。

 子供達はしてやったりと笑ってどこかにいなくなった。

 その行く末を見る意味など、僕には無い。

 ただ眼前に立つ、シスターから目が離せない。


「木の健康を守るために、無駄な枝を処理することよ。何故かっていうとね、無駄な枝に栄養を持ってかれて、不健康になってしまうから」


 小さくシスターは呟く。エデ、と。

 その瞬間、鞭に電撃が迸り、バチバチと音を鳴らした。


「貴方は……八番目オクトーの栄養を吸い取る悪い葉だったのね……」


「ち、ちが」


 涙ぐんだシスターの表情は本気の顔だった。

 本気で悲しんで鳴いている。

 カリストのことを思って、本当に泣いているのだ。

 その瞳の先に僕はいても、彼女は僕をみていない。

 見ているのは才能あるカリストだけ。


 –


 誰もいない教会の中で、一人少年の叫び声が響く。

 それに気づいていたのはガルだけだった。

 遠くから聞こえる見知った少年の声に、どこか悲しげな瞳でその先を見続けるガル。

 ガルはふと、顔を上げた。

 教会の方から誰かがやってくる。

 木陰から姿を現したのは、先程石を投げていたいじめっ子たちであった。


 –


「どうして……」


 身体中が痛む。

 電撃の痛みは電熱による火傷が大半であり、一瞬のものではなく継続的なものだ。

 身体には火傷跡が何本も付き、その跡が僕を痛めつけてくるのだ。


「ガル……ガル……」


 夕刻近い。

 森は橙色に焼け始め、森の中はもう充分に暗い。

 僅かな木漏れ日を頼りに、ガルの犬小屋の方へと向かう。

 ガルはこれからが仕事だ。

 夜中目を光らせ、悪魔が寄ってこないようにその身を盾にして警報代わりになってくれているのだ。

 そんなもの魔術道具で賄えばいいと思う。

 ケチったのかは知らないが、ガルを連れて来た。


「お腹空いたよね……」


 こんな森の中に、一人でポツンと。

 かわいそうだ。

 友達と呼べるのは僕と、一応カリスト。


「カリストはほとんど来ないけど」


 それでもガルが信頼を置いてる一人ではあるだろう。

 だからガルもあれだけ心を許しているのだ。

 獣故の、服従かもしれないが。


 だから。


「ガル……」


 眼前で地面に伏すガルという、現実を受け止められなかった。

 ガル自身の血が頭部から流れ、血溜まりを作っていた。


「な、んで」


 優しく頭を膝の上に乗せる。

 まだ僅かに息があるかと思ったが、その胸からは生命の鼓動が感じられない。


「どう、して」


 禿げた頭部と転がる石を見て、頭部に石の一撃を喰らったのだとわかる。

 それが死因だった。

 苦しまなかったのは、幸いだろう。


 でも、何故。何故!!


「ガルが、死ななきゃいけないんだよ……」


 この慟哭は誰にも聞き届けられない。

 僕の声なんて誰も気にしないからだ。

 今頃みんなで豪勢な食事でも取っているのだろう。

 仲間内で、仲間外れの僕抜きで。


「悪魔なんているのかな……」


 鎖で繋がれたガルの首輪を外して抱き抱える。

 歩く先は教会だ。

 せめて、教会から見えるところに墓を作りたい。


「本当の悪魔は……人間なのかな」


 思えば悪魔と戦ったことのない僕には懐疑的だった。

 皆が皆、悪魔と戦い、戦果をあげて教会の運営資金を稼いでいる。

 本当に? 外の世界に出たことのない僕を騙しているんじゃあないのか。


 そう思えば不思議と、怒りが湧いて。


「みんな……死んじゃえばいいのに・・・・・・・・・・


 視線の先に建つ、淡い光を放つ教会に向かっていった。

 もう陽は沈んだ。

 真っ暗な世界の中で、教会の光は暖かいものだが、今の僕からすれば悪魔の巣窟と代わりない。


 強い憎しみを乗せて、唇を噛む。


 僕には力がない。

 力さえあれば、ガルをこんな目に合わせた奴らに復讐が出来るのに。

 それすら僕には出来ない。

 力が、ないから。


 力があれば。

 復讐できるのに。


 そう思った瞬間だった。


「え」


 瞳を焼く閃光が、夜の闇を切り裂いた。

 直後、光は爆風と爆音に代わり、

 教会は森から放たれた光によって、跡形もなく消し飛んだ。

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悪魔殺しは悪魔憑き〜血を飲んだら悪魔になるのにヒロイン達が催促してきて困ってます〜 UMA20 @mutosasao

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