悪魔殺しは悪魔憑き〜血を飲んだら悪魔になるのにヒロイン達が催促してきて困ってます〜

UMA20

第1話 子供達

 

 悪魔。

 それは人を食料とし生きる、三千年もの長い間、人類と敵対してきた生命体だ。


 対抗手段として、

 魔術を、

 体術を、

 気術を、

 科学を人類は極めた。


 そしてその果てに、悪魔特攻であり才能による差異がない“祈祷術”が生まれた。

 神に祈りを捧げ、その質と量で悪魔を滅する術を行使する、聖なる力だった。

 多くの人間が祈祷術を求め、教会に入門した。


 だが悪魔の苛烈さは激しさを増し、脅威が深まる一方だった。

 その事態に対し、教会はあることを提案する。

 悪魔の好物である“子供”のみで組織した、討伐団体を編成しよう、と。


 そうして、各地で捨てられ死ぬだけの孤児を拾い上げ、悪魔討伐専門の決死隊を作り上げた。


 平均寿命、僅か十二歳。

 生まれてから死ぬ最後までを、悪魔との生死をかけた戦いで過ごす、“悪魔殺しの専門家”である子供達。

 その子らを──魔殺しの子供達ベナンダティと呼んだ。


 –


 泥の味は好きじゃない。

 舌触りは悪いし、口の中に残るつぶつぶ感はな感じだ。

 それ以上に、埃や汚れを存分に含んだ、雑巾水は最早言うまでもないと言った感じだ。


「雑用風情が!」


 水が入ったバケツが飛んでくる。

 僕が一生懸命、拭きあげた教会の汚れという汚れを含んだ汚水と共に。

 冬になりかけの秋の気温は、水をかぶるだけで凍える寒さになる。

 でもそんな汚水の味も、凍るような寒さも、僕からすれば慣れっこだった。


「なぁ、ケン。ここ、まだ拭けてないなぁ?」


 自分で汚水をぶちまけた犯人が、挑発混じりに水浸しの床を指差した。

 その後ろでは、子分の子達がくすくすと笑っている。


「ごめん。今から拭くから」


「一日かけて、拭き掃除も出来ねぇのか恥知らず!!」


「ぐえ」


 お腹を勢いよく蹴り上げられて、僕は込み上げるものを吐き出した。

 お昼に食べた、僅かな食料のパンだったものと胃液を教会の床へ撒き散らす。

 自分の鼻ですらキツイ臭いと思っていた嘔吐物は、思っていた以上に綺麗だった。


 一人床を拭く。

 周囲からは嘲笑と他者を見下す腐った視線だけが飛んでくる。

 ここに僕の味方はいない。


「何してるんですか!!?」


「あっ……」


 教会に響く大声と扉を開ける音に、僕をいじめていた男が少し怯えた表情で一歩引いた。

 視線の先には息を荒げた様子のシスターが。

 彼女はワテリング。

 この教会の責任者だった。


「し、シスターワテリング……これは」


「なんてことを……! 全くあなた達は!」


 シスターは鬼気迫る様子で教会内を早歩く。

 ツカツカとなる高音が小刻みに響き、近づくにつれていじめっ子達は青ざめていく。

 そしてシスターがいじめっ子の頭角の肩を掴み、諭すように言った。


「貴方はこんなことしてる場合じゃないでしょ!!」


「ごめんなさい……シスター。だってこいつが、うざかったから」


 いじめっ子の頭角が、僕を指差す。

 その言葉に共感するようにシスターは涙を流す。


「わかる。わかるわぁ、空っぽのものを見るのはとても心苦しいからね。でもね、大きな器に半分だけ食材が盛られてるっていう状況下の方が、私的には気持ち悪いのよ。私にはない素晴らしい才能を持つ貴方達にはどんどん栄養を吸収して大成して欲しいの! 中身を詰めていって欲しいのよ!」


「シスター!!」


「あぁ、私の若葉達!」


 二人はひしっと抱き合って、お互いが泣き始める。

 その様子に感動したのか、周りの子供達も涙ぐみながら拍手が始まった。


「さ。貴方達は鍛錬に行きなさい。ここは私が受け持つわ」


「うん! よろしくな、シスター!」


 そう言って子供たちは外へと出ていった。

 ここにいるのは僕とシスターの二人きり。


「さて、と……」


「い、いた……痛いよ、シスター」


 シスターは僕の手を掴んで無理やりつれていく。

 僕の言葉に耳も貸さず、目もくれずにひたすら歩いていく。

 抵抗はしない、ただ痛みを訴えるだけだ。


 抵抗が無駄なことは、もうずいぶん昔に理解していたから。


 連れてこられるのは見慣れた部屋、シスター専用の特別室だ。

 大きな鉄女の人の銅像に、木製の三角台が部屋の隅に置かれ、特に目を引くのは手錠と無知の数々だ。

 様々な器具がある中で、辿り着いたのは水槽。


 そこに、何の前触れもなく顔を突っ込まれた。


「がばっ……がぼっ……」


「栄養が足りないのよ、ケン」


 至って真剣に。

 シスターワテリングは言う。


「貴方も、神に認められた祈祷術の使い手なの。毎日の祈りが足りない。鍛錬が足りない。食事が足りない。才能の種は貴方にあるはずなのに、なぜ芽吹かないの、可愛い可愛い私の若葉」


「ごべ……っ……なざ……」


「謝罪なんて要らないのよ!! 私が見たいのは、艶々とした瑞々しい葉なの。才能という名の、花を。これは、愛の水やりよ!!」


 なるべく抵抗しないようにするが、とはいえ水が肺に入ると苦しさが勝る。

 呼吸が出来ない苦しさはいじめっ子にされた鈍痛以上に、継続的な苦しさを与えてくる。

 きっと生きるのに必要なものだからなのだろう。

 シスターからすれば、この水やりこそ必要なものらしいが。


「貴方はここに来て、すでに十年になるわ。だと言うのに、魔術どころか祈祷術すら使えない!! 貴方と一緒にやってきたシェリーは既に八番目オクトーだと言うのに!!」


 そうして、散々毎日聞いた恨み節を聞いて、僕は解放された。

 普通に呼吸ができることは幸せだ。

 こんなに楽なことはない。


 特別室の冷たい床に力なく倒れた。

 寝てしまいたい。

 許してくれるのであれば、そのまま深い深い眠りにつきたい。


「才能がなくて、ごめんなさい」


 だが、それをシスターは許さない。

 シスターの作った料理を食べなければまた違うお仕置きが待っているからだ。


「皆は凄いな……ねぇ神様」


 既にシスターは特別室を後にして、子供達の指導に向かった。


「僕には何が足りないのでしょう。祈りですか、願いですか、努力ですか、それとも愛ですか」


 僕は特別室の散らかった床や器具を片付けて、嘔吐物を片しに向かう。

 これが、魔殺しの子供達ベナンダティ唯一の非戦闘員である、ケン・へジンの日常であった。


 —


 僕が所属する魔殺しの子供達ベナンダティ第一支部ファーストと呼ばれていて、魔殺しの子供達ベナンダティに所属する子供たちの中でも潜在的な才能が優れている者達だけが集まるエリート支部らしい。

 そんなとこになぜ僕がいるのかと言われれば、一応潜在能力は高いらしく、祈祷術の適性は何と最高値のS。

 入った当初は将来を有望されていたが、次々の入ってくる子供達に抜かされ、同期達が戦いで死んでいく中、僕だけがずっと生き残っていた。


 今年で十五歳。

 悪魔との戦闘に出ていない分、平均寿命より長く生きていた。

 もちろん、エリート集団である第一支部ファーストだけで見ても平均寿命は高い方であり、実力順のランキングでは上位十位は全員十二歳より上の年齢だった。


 第一支部ファーストで採用している制度、それは実力十位以内の人間には数字が与えられ待遇が良くなると言うものだ。

 風の噂によると他の支部ではこの試みはしていないらしく、独自のものとのこと。


 そして、今日は一番目ウーヌスと、六番目セクス八番目オクトーの混合部隊の帰還日であり、教会前には総勢五十人の子供とシスターが出迎えをしていた。


「私のお花達! おかえりなさい!!」


「「「ウーヌス、セクス、オクトー、おかえりなさい」」」


 子供達が教会までの道を作る。

 花吹雪により歓迎される三人の面々は、平均寿命を大きく上回って生き残ってきた悪魔殺しの専門家としての顔つきだった。


 先頭は一番目ウーヌス。この教会で一番の実力者だ。

 ピンク髪のショートヘア。最も大人という言葉に近い風貌の、スレンダーな少女だった。

 実際彼女の年齢は十七であり、最強であり最年長なのだ。

 洗練された肉体は究極の美とも言える扇情さを作り出していて、花柄の旗袍チーパオが肉体美をこれでもかと見せつけている。

 ただの歩き姿が色っぽい見えて、花道を作る子供達を魅了していた。


 続くのは六番目セクス

 めんどくさそうに口でくちゃくちゃと何かを食べている、とても祈祷術を使う者とは思えない悪の属性が強い少年だ。

 見た目こそ二十代だが、これでも同い年の十五だったりする。


 最後尾を飾る、八番目オクトー

 長い黒髪のツインテールで、この三人の中で唯一身の丈より大きな杖を抱えた少女だ。

 それに加えて、ローブのような服装なものだから陰では小さな魔女リトルウィッチと呼ばれていたりした。

 それこそ、僕の唯一の同期──カリストだ。


「あ」


 花道を作る子供たちの集団からは外れた、教会の端から見守る僕の視線と、カリストとの視線が交錯する。

 意思のこもった強い眼差し。

 八番目オクトーの称号は伊達じゃない。

 ただ見られただけで身体が震えてしまった。


 だが、


「──」


 僕の姿を見るや否や、ぷいっと顔を逸らす彼女を見て、僕も自然と下を見る。

 彼女にとって、僕は。


 –


「おい、一人だけ鍛錬サボって偉いよなぁ」


 今日も今日とて、飽きずにいじめに来るいじめっ子たち。

 彼らは彼らで、数字を与えてもらえないことが苦痛なのだろう。

 彼らより歳上の団員が、ランキングに入っていることを考えれば、いじめというこの行為が憂さ晴らしなことは深く考えなくてもわかることだった。


「その犬と、お前、いったい何が違うってんだ」


 教会から少し離れた場所に犬小屋がある。

 僕はその、教会が飼っている唯一の犬のペット、ガルの世話をしていた。

 ガルは身体が大きく、人に懐くことはほとんどないのだが、僕にだけは懐きはしなかったが嫌がることもなかった。


 悪魔避けの効果を持つ、“犬”を飼い始めたものはいいものの、僕以外の誰も世話ができないからやむなく僕が世話をしていた。

 嫌、というわけではなかった。


「な、何が……」


「餌を食って、走り回って、寝る。なぁ、何が違うんだよ、無駄飯食らい!!」


 犬の周りに近づけないから、彼らは少し遠くから石を投げてくる。

 せめてガルには当たらないように、ガルに抱きついた。

 ガルが喉を鳴らして、牙を剥き出しにしている。

 鎖がなければ石を投げてる子たちがどうなっているのか、想像もしたくない。


 でも今は僕が我慢するしかない。

 何せ僕はただの雑用だ。

 人類の外敵である悪魔を討伐するという使命を果たせていない、世界に何も恩恵を与えることができていない僕には相応の──


「何してるの!!」


 暗い闇に光が差し込むように。

 甲高い声は外に響いた。


 声の先に立っているのは、ツインテールをぶら下げた女の子。

 僕と十年間ここで苦楽、いや、生活を共にしたカリストだった。

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