第21話:橋の守り手ホルカンとオソガル

 ソンガンという里は、人が住まうには不便な場所に居を構えている。まつろわぬ民(どこの勢力にも属さない集団)としての、独立性を選んだ集落である。

 

 攻めるに固く、守るにやすい。

 

 その里と外界をつなぐ橋の守り手はホルカンと名乗る。オソガルに舐めた態度を取られる大人である。


「ほうほう。オソガル。ここにいるってことは、お前も暇なんだな」


 暇なところに遊び相手がきた。といった様子で、ホルカンはにたにたと笑っている。


「大人扱いをされないことは恥ずかしくないの?」


 オソガルは門番として務めるホルカンをさほど尊敬していない。むしろ、侮っている。どれくらい侮っているかというと、仕事の見習いとして最後に声をかける位には侮っているのだ。

 鉱夫の鉱石は包丁や鍋になる。

 農家の野菜は住人の腹を満たす。

 酪農家のミルクは住人を病に強くした。

 狩人の肉は、住人の体を作り、皮は靴やひもを作った。


 しかし、門番は何も生まない。ただ飯らいである。


 オソガルにとっては、何もしていない大人に見える。


「別に。俺は大人だからな。恥ずかしくないぞ」


 ホルカンの飄々とした態度。

 オソガルの煽りを煽りとも受け取っていない。彼は今なお、門番としてその責務を果たしている。彼の眼光は鋭い。

 眼下に広がる森。

 森を貫く川。

 木々の間を抜けて、届く音を聞き分けている。もちろん、オソガルの質問もその一つだ。


「だけど、ホルカンおじさんは、奥さんいないじゃん」


 ホルカンは独身だ。顎に蓄えたヒゲは処理されていない。


「俺は女には人気がないからな」


「うそだ。男にも人気ないだろ」


「オソガル。世辞を覚えろ。いくら俺でも悲しむぞ――」


 ホルカンという男の面相ははなは奇異きいだ。グズグズに練った小麦粉に目鼻を付けたような醜男ぶおとこ。見るだけでも、目をそむけたくなるような男がホルカンだ。

 見ている方がみじめになる。

 出てくる声は、聞き苦しい蝙蝠のような声。


「――俺は妻が欲しくて仕方がないが、弱い男に女は見向きもしてくれないんだぞ。オソガル、お前も俺みたいにならないように強くなるんだぞ。オソガル。弱くても大人にはなれる。立派な男になれるかはわからんがな」


「僕は少なくともホルカンよりは強いよ」


「だけど、オソガルは俺ほどに耳も目も良くないだろう。それに頭も良くない。というわけで、門番が槍を構えないといけない時ってのは、よっぽどのことだから。俺は強くなくてもいいのさ」


 弱くても強くある。オソガルはこの男のことが気になって仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る