第14話:ヴァジナの拒絶と指導


 尋常ではない事態になっている。オソガルは今までの経験から察した。

 武神の加護を得るヴァジナとの稽古は、人並み外れたものだ。

 オソガルが死なない水準でオソガルを鍛え抜いてきた。

 足腰が立たなくなれば、足腰を添え木で立たせた。

 骨が折れたら、無理やり接いだ。脱臼したなら、自分の力で嵌めさせた。人と人が争う戦場において、生き残るためのすべての術をオソガルに叩き込んでいる。この五年の密度が、オソガルの感度を高めている。


 動きが緩慢となった師匠の隙を見て、オソガルは師匠の顔色を伺った。


 きゅうりの輪切りもここまで青くならない。師匠の顔つきは真っ青だった。


「師匠! お顔が真っ青です。飯が足らんのじゃないですか!? スープを飲んでください」


 オソガルとしては、ヴァジナが体調を崩していることなど見たことがない。オソガルの脳裏によぎるは、幼い頃に亡くした両親の姿だ。オソガルはあくせくと、スープを取り出し、師匠の前に差し出す。熱いものを飲めば、体が温まると思うのは道理である。唇にさじを付けても、反応が薄い。ほうけた顔の師匠は、やがて意識を取り戻したと思えば。ポロッとこぼした。


「駄目じゃ」


 いつも理屈を付けて、あれこれと説明をしてくれる師匠はわがままを言う少女のような声音で拒否した。


 オソガルは師匠の膝の上で立ち上がる。立ち上がったとしても、目線が合う。ヴァジナの上背があるのか。オソガルがまだ伸び盛りか。あるいはその両方だろうか。


 オソガルはヴァジナのこの剣呑な顔つきを知っている。それは厳しい稽古の際に見せるヴァジナの顔の一つだ。オソガルを見ているようでいて、見ていない。ヴァジナの視線はどこか遠くを見ている。そして、その目は泳いでいて、汗が吹き出している。ヴァジナがなにかに恐怖していた。あの師匠が恐怖する。


「お気分が優れないので――」


 優れないのでは? というオソガルの慮りの言葉を。ヴァジナは遮る。


「お前を迎えて五年……男は、いつもそうだ。わしの婿にしようと、色々な男を育てた。育てたが、大体が他所から女を捕まえてくるのだ。おい、オソガル。お前に女の選び方は教えただろう? 言ってみなさい」


 今にも倒れそうな顔色で、オソガルは指導を預かる。

 ヴァジナは武の師匠だけではない。オソガルの保護者でもある。

 知も武も彼女から習った。


「乳のデカい女が情の厚い女であると教わりました」


 ヴァジナはオソガルが純朴で無垢な少年であるということを利用して、やりたい放題である。

 

 やしい女だ。

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